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June 03, 2004

「萌え」なのか?

昨日、いつもお世話になっている大○書店で、あるマンガを一気に全部「大人買い」(よく考えれば、「大人買い」ほど大人げない行為も少ないなあ、などと思いつつ)。その際、大学まで良く注文を取りに来てくれる外回りの方にその姿を見られ、恥ずかしさ倍増(笑)。

そのマンガは、僕の友人が「凄くお奨め」とプッシュしてくれた森薫さんの「エマ」というメイドさんマンガです(現在4巻まで)。

僕はいわゆる「萌え」要素として、「メイドさん」属性やら「眼鏡っ子」属性はないと思うのですが(笑)、前々から何となく気になっていたので買ってしまったのでした。
ストーリーは、ある意味非常に古典的。舞台はヴィクトリア朝のイギリス。メイドのエマと、上流階級のウィリアムの身分を越えた恋愛劇です。森さんの上品な絵がその古典的な物語にマッチしており、ぐいぐい読んでしまいました。こんな古典的な話に夢中になってしまったとは、「冬のソナタ」に夢中になっている人をバカにできなくなりました(笑)。

僕は東浩紀君(大学の同期生だから、ついつい君付けで呼んじゃう。会ったのは一回だけだが)の言うような、キャラクターのある属性に対して「動物的」に萌える、というオタクのあり方とはちょっと違うと自分では思っていますし(「お前はそういう奴だよ」と断定されれば、仕方ないかも知れませんが)、このマンガ以外のメイドやら眼鏡っ子に反射的に心が動く、ということはこれからも恐らくないでしょうけど、作者の森さんは自ら「そういう趣味」であると大っぴらにカミングアウトしているわけで、そういう物語に反応してしまうレセプター(受け皿)が、僕の内部にあったというのは単純な驚きでした。その驚きをこうして書き留めておきたいと思います。

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Comments

どうも~。はまって頂いたようで何よりです(笑)。

森さんのメイド描写は、単なる「萌え」の記号にとどまらず、きちんと物語上の必然性を伴っているところが魅力なのだと思うのですよ。自分の趣味をここまで昇華してしまうエネルギーと力量はすごいなあ、と感心します。

Posted by: (福) | June 04, 2004 at 12:56 AM

前作の『シャーリー』に関しては、カナリ「萌え」成分が高めになっているのですがね~ってのは前にお話しましたか。
ほかの漫画やアニメでは、ほとんど無時間的(=サザエ時空)にメイドさんが(「さん」付けてもた…)登場しているのに対して、現実的な時空間でメイドが登場してお話が展開しているところが、『エマ』のポイントとして大きいのではないでしょうか。
年老いたキャラクターが死んでいけそうな…という感覚です。
この「現実的な時空間」(時系列的な展開と内も外も感じられる世界観)というのが、例の「大きな物語」の正体なのかもしれません?

Posted by: 梅天@赤色エレジー | June 04, 2004 at 04:33 PM

(福)君へ
早速のお返事どうも。君の言うように、森さんの力量はすごいと思うよ。僕自身、例えばトマス・ハーディの『テス』とか、オスカー・ワイルドとか、19世紀末のイギリス文学は好きだったけど、そんな僕を満足させてくれるくらい(まあ、微妙に時代設定を曖昧にしている点はありますが、それはさておき)、凝った作りになっていますね。趣味もここまで来れば上出来でしょう。

梅天君も言っていますが、メイドという設定を単に「萌え」要素として使っているのなら、僕もそんなにこの漫画には興味を持たなかったと思うのです。『花右京なんちゃらかんちゃら』とかね(笑)。『エマ』は必然性があっての物語ですから、僕も読めるのだと思います。それを「大きな物語」と呼ぶかどうかは別の問題ですが。「大きな物語」は、その名の通り、その時代を代表する、というか、その時代の支配的な物語そのものを指す、という単純な定義のほうがいいのでは?

Posted by: 川瀬貴也 | June 04, 2004 at 10:01 PM

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