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July 16, 2004

最終講義

今日で僕の勤務校の正規の授業はとりあえず終了で、明日から夏休みだ。偶然だが、今日は京都では祇園祭のクライマックス「宵山」。授業から解放された学生は、そそくさと四条方面に向かったことだろう。京都出身の同僚の先生によると、京都の大学生にとっては「宵山」の日に誰といるか、というのはクリスマス以上に大きな問題なのだそうだ(笑)。さすがは京都。
もちろん、我々教員も夏休みにはいるわけだが、夏休みは普段出来ないこと(論文書いたり書評を書いたり本を読んだりすること)をまとめてやる期間、という趣が強い。

まあ、それはともかく、今日は特別の「最終講義」があった。
それは、僕の勤務校の学長、井口和起先生(日本近代史専攻)の最終講義だ。井口先生は、もうすぐ学長を退任されるのと同時に、大学も退職なさる。その最後の謦咳に触れるべく、200人以上が大教室に詰めかけた(そのまま祇園祭に行くのだろう、浴衣姿の女子学生もちらほらいた)。特に僕などは、研究する時代や対象が近いので(井口先生は日露戦争研究の権威)、名残惜しさもひとしおだ。

最終講義のタイトルは「満州義兵-もうひとつの『敵中横断三百里』」というもの。これは日露戦争時にロシア軍の実情を探る斥候活動をしたり、「馬賊」を名乗ってゲリラ活動をしたと思しき部隊の虚実を考察しようというテーマのご発表だった(司馬遼太郎の『坂の上の雲』にもエピソードとして入っているそうだ。彼等の活動の詳細は正史には入れられていないとのこと)。
井口先生は歴史家らしく、丹念に資料を博捜してこれは事実かそうではないか、というのを実証していくわけだが、もう一つの切り口として、そういう軍人達の活動がいわば「物語」として一般に浸透していくという次元についても問題提起をされていた(と思う)。満州(大陸)を舞台に、日本男児が八面六臂の大活躍、というのは昭和初期の少年小説で良く取り上げられたモチーフであろう。事実、当時の人気少年小説家山中峯太郎は『敵中横断三百里』という冒険活劇で、日露戦争時の「裏で活躍した」軍人達(今回の発表で井口先生が検討した対象)を英雄として描き、これが大ヒットした。そして同時期には黒龍会(玄洋社)系の人間が集まって書いた『東亜先覚志士記伝』など、どちらかというと「裏で活動した」というか、ダークサイドの「日本の英雄」を顕彰する書籍も発刊されていることにも注目しなければならないだろう(余談だが、『東亜先覚志士記伝』は僕の修論でよく利用した)。これはその時代、日本人はどのような「物語」を必要としていたのだろうか、という問題でもあるだろう(こういう僕の意見は、ちょっとカルチュラル・スタディーズ寄りの感覚かな)。

今回のご発表(最終講義)はあくまでも「中間報告」で、これからもっと事実関係などを詰めていくと井口先生はおっしゃっていた。これは6年ほど学長という激職で、心ならずも学問の世界から遠ざかるを得なかった先生の「復帰宣言」であろう(10月の朝鮮史研究会の年次大会でも講演をなさるみたいだし)。これからも益々お元気で、後進の我々をお導きくださいますよう。

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Comments

『敵中横断三百里』というと山中峰太郎。山中峰太郎というと『亜細亜の曙』。そして『亜細亜の曙』というと、その主人公で日本版007ともいえる本郷義昭。本郷義昭といえば、森川久美のマンガ『蘇州夜曲』と『南京路に花吹雪』……というふうに連想が進んでしまうわたしとしては、とても興味深い講義です。ぜひ、何かの形でまとめてほしいものです。

思うに、日本のみならず世界中の「英雄談」には、もともとはこういう生臭い時代の要請のようなものがあって、現代におけるフィクションのヒーローというものは、そういう要請から抜け出して普遍性を獲得していく過程を経て、初めて誰もが共感できるキャラクターとなっていくんじゃないでしょうか。
たとえば、冷戦時代の非情な諜報部員としてスタートした007が、あらゆる悪から世界の平和を守るスーパースパイになったりしたように。
おっと、これは、わたしのライターとしての専門分野のほうに脱線しすぎました。すいません。(^_^;;

Posted by: 堺三保 | July 16, 2004 at 10:29 PM

堺様
コメントありがとうございます。

>思うに、日本のみならず世界中の「英雄談」には、もともとはこういう生臭い時代の要請のようなものがあって、現代におけるフィクションのヒーローというものは、そういう要請から抜け出して普遍性を獲得していく過程を経て、初めて誰もが共感できるキャラクターとなっていくんじゃないでしょうか。

との部分は、大変うなずかされました。僕もそうだと思います。
逆にいうと、げんざいはヒーロー像を形成するのが本当に困難な時代なのかもしれません(ハリウッド映画で敵役は「東側」から「テロリスト」に変わってしまいましたが)。

最近は司馬遼太郎の描いた「英雄」も、別の側面を見るべきだ、との意見が多いですね(いわゆる「司馬史観」への批判)。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | July 17, 2004 at 09:32 PM

 わたしは、「司馬史観」そのものは、第二次大戦の責任を「統帥権」を振りかざした「昭和の日本陸軍軍人」たちだけに押しつけすぎているところ以外は、あまり問題視する気になりません。特に幕末・明治もの以外の中世期を描いた作品は、やはりなんといっても「小説家」が事実を元に書いた「フィクション」として楽しむべきだと思うので。

 それよりも問題は、司馬作品を自分の好きなように誤読しておきながら、過大に評価して祭り上げてしまう読者(こういう決めつけは良くないとは承知の上で書いてしまいますが、つまりは、戦国武将の生き様にビジネスの神髄を見たりしちゃう誇大妄想的なビジネス誌を喜んで読んでるようなオヤジ連中のことです)があまりにも多すぎることだと考えます。

 また、映像化されるとき、その過程で、作者本人が自身の思いを差し挟むという司馬作品独特の語り口と、そこにあった「問いかけ」や「ためらい」が消失して、もっと断定的で視聴者受けしやすい物語に変わってしまうことが往々にしてあるところにも問題があるでしょう。

 先日、悲劇的な話題を振りまくことになってしまった『坂の上の雲』の映像化など、司馬遼太郎本人が「戦争賛美と誤解されやすい」として、生前かなり強硬に映像化に反対していたはずなのに、日露戦争100年記念として企画されたというのですから、まったく呆れてしまいます。

 まあ、「作品」なんて、作家の手を離れたとたん、好きなように誤読されていくのはしかたのないことではあるのですが。

Posted by: 堺三保 | July 20, 2004 at 05:57 AM

あー、でも、司馬作品に強いナショナリズムを求める人たちが大勢いるのも、そういう時代的な要請がどこかにあるからなのかもしれませんね。いやだなーー。

Posted by: 堺三保 | July 20, 2004 at 05:58 AM

さらに追記;

あー、実はあんまり「司馬史観」騒動のことを知らずに、自分の考えだけを書いてしまってたんで、ネットをググってみたんですが、要は批判の中心的人物である中村政則の主張も、「司馬史観」そのものの問題点に対する批判よりも、それを曲解して声高に主張している人たちへの批判がメインなんですね。

しかも、その人たちって、例の「自由主義史観」という名の「歴史修正主義」の連中だとは。
とほほすぎて、言葉もありません。
司馬遼太郎も災難だよなあ。

Posted by: 堺三保 | July 20, 2004 at 06:17 AM

堺様、コメントありがとうございます。

司馬さんが「幕末・明治初期の健全なナショナリズム」と「日清・日露後の夜郎自大な日本」と二分法で話す傾向のうち、前者だけがいわゆる「歴史修正主義者(日本の誇りを教えよ、と主張する人)」に歪んで利用されていて、そこが問題なのだと僕も思います(これは堺さんもおっしゃっていますよね)。
このような二分法には、司馬さんの戦争体験(ノモンハンという愚かしい作戦で死にかけたこと)が深く影を落としているであろうことは、今までも指摘されてきましたし、事実その通りでしょう。歴史家から見ると「明治初期もそれほど「健全なナショナリズム」の時代ではなかったよ」という感じなのでしょうが、司馬さんの見解は、それほど僕も的はずれではないという感触を持っています(細かい瑕疵はたくさんあるでしょうが)。
堺さんもおっしゃる通り、司馬さんの歴史意識が作中で出過ぎる部分があることと、それを自分の都合良いように解釈する側の問題だと僕も思います。

一時の『プレジデ○ト』誌のように「戦国時代に学ぶリーダーの条件」とか、そういうしょーもない利用については、もう言わずもがなで、言及する気にもなれませんが(笑)。

ホント、司馬遼太郎こそ災難ですよね。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | July 20, 2004 at 06:33 PM

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