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August 31, 2004

新書知識人

いつも拝見している同志社大学の小原先生のブログで知ったのだが、「新書マップ」という面白い検索ページがある。これはフリーキーワードを入れて、それに関する新書が様々な方向から集積されるというもの。
一度試しに入れてみたら、こりゃ楽しい。画面構成も美しいし。

僕は自分で「新書知識人」を自認しているほど、新書のお世話になっている人間だが(電車の中の読書も8割は新書だと思う)、学生にも「このページで関係ありそうな新書を探して読んでご覧」と薦めることができそうだ。

というわけで、今日〆切の宿題を抱えた川瀬ゼミの皆さん(〆切を31日に設定したのは、君たちに小学生の時の気持ちを思いだしてもらおうという親心、というのはウソですが、まだ焦っている人も何人かいるでしょう)、このページに飛んでみてください。
そして僕と一緒に「新書知識人」になりましょう。その先は、また追い追い進んでいきましょう。

August 30, 2004

友、遠方より来たる

帰国第1日目。
5日ぶりに職場に向かい、溜まっていたメールの返事やら色々していると、あっという間に夕方。
台風の接近のせいで、風はどんどん強さを増していく。しかし、僕は出掛けなければいけなかった。というのも、大学時代の同級生で、現在新聞記者の(福)くんが、取材で京都に来ていて「夜に逢おうぜ」と言ってくれたからだ。

彼は取材仲間と少し食事をしているというので、夜9時頃からの逢瀬となった。場所は木屋町の、僕のお気に入りの店「前豊」。この店は今まで何度か利用しているが、みんな違う人との利用(妻に、研究者仲間のKさん、Oさん、そして(福)君)。
そもそも僕と彼は、入学時に決められる語学クラスで一緒になったのだが、趣味嗜好がよく似ていて(笑)、高校時代そういう話をする相手に飢えていた僕たちは意気投合、そして今日に至る友情を保っている。
てなわけで、昨日話した内容も、昔のマンガやアニメ(雑誌)、現在のその辺りの動向などについてのディープな話が中心(僕は彼に教えてもらう一方なのだが)。ついでに、彼も韓国が好きなので、行ったばかりの韓国ネタなども。だが、内容は残念ながらお酒の酔いが覚めるのと同時に消滅(酒席の話題なんて、そんなもので良いと思っているが)。

でも、一つ憶えているのが、最近の若い人(と愚痴を言う年齢になったのだ、僕らも)の「保守化」について。先週の『AERA』で「ぷちナショ」ならぬ「ガチナショナリズム」の特集をしていたが、(福)くんもそれを感じているとのこと。先日、香山リカさんの本をちょっと書評したが、香山さんの心配が杞憂で終わりそうもない、という残念な見通しは確実にある。
そこから少し脱線して、ちょっと牽強付会気味に、僕は「もしかして若い連中、特にオタクといわれる層のセクシュアリティすらも保守化しているんじゃないか」と思いつきを喋る。これは、いわゆるエロティックなマンガやゲームなどで-もちろん「多形倒錯」と言いたいようなものも多数を占めるのだが-メガヒットを飛ばすような作品に意外と保守的なユーザーのセクシュアリティが透けて見えないか、という僕の感触を言ってみただけなのだが。もう少し補足すれば、良くマンガやゲームの「過激」な性描写とかが、「事件」が起きるたびにニュースで取り上げられ非難されたりするが、実情はそうでもないのではないか、というだけのことなのだが。

僕の結論としては「オタク趣味も不倫とかと一緒で、日陰者だからこその快楽があるのだがら、あまり陽の当たるところに出てきちゃまずいよね」と言うこと(笑)。まあ、「日陰者」と言ったって、その人口が最早無視できるレヴェルにはない、というのが今現在なのわけで、そこでそれなりの「理論武装」(笑)が要請されているのだろう。

何歳になっても、色んなことを言える友人はありがたい。しかも遠方より来て、わざわざ酒を酌み交わせるなんて、益々もって有り難い。楽しい夜でしたが、帰りは京都も暴風圏に入り、傘が折れそうな風で、びしょ濡れになって帰りました。

また呑もうね。

歴史教科書について

昨日まで出張で韓国に行っておりましたが、僕が日本にいない間に何か大きなニュースはなかったかな、と思ったら、東京都の中高一貫校において「教科書を作る会」の歴史教科書が採択されたというのが目に入ってきました。

もちろん、僕はこの教科書の採択に反対の立場ですし、それは僕のサイトやこのブログをご覧の皆さんには良くお判りのことと思います。日本に都合の悪いところは隠し、都合の良いところは拡大して美化して伝えているこの教科書の個々の部分に関しての批判書はいくらでも出ていますので、改めてその論点を繰り返すことは避け、簡単に僕の反対する理由を以下に箇条書きにして、自分の考えをまとめておきたいと思います。

1)夜郎自大なナショナリズムは自国民も損ねるし、決して国際的な尊敬は受けることが出来ないということ。
ナショナリズムを否定したり、完全になくすことなどというのはできないと思いますが、その質が問題になります。良く「自分の国を愛してからはじめて、他の国へも尊敬の念を抱くことができる」という説を聞きますが、そんなことは果たして本当なのでしょうか。誰が実証したのか、等という意地悪な質問は脇に置くとしても、そんなあやふやなことを言われても困りますし、この教科書の中味「だけ」しか知らないような「無知」な人間は、決して国際的な威信などは獲得することはできません。

2)「国際的協調」という時代の趨勢に背を向けるものであること。
「国際化」というような言葉は手あかにまみれているので使いたくはありませんが、良くも悪くも他国との関係を考慮して振る舞う、というのが国のレベルにおいては避けられない時代であることは言をまちません。
自国に都合の良いことばかり書いているような歴史教科書は、当然特に被害を受けた近隣諸国から批判を浴びます。情報は外にどんどん伝わる時代だからです。もしかして「作る会」やその教科書を支持する人は、「各国には勝手気ままに自国の都合の良い歴史を書く権利があり、それを国民に教える権利があり、他国からの批判には耳を貸さない世界が理想的」と思っているのかも知れませんが、そうは問屋が卸しません。確か「作る会」を支持する人からは「中国や韓国だって、自国に都合の良い歴史を教えて、反日教育をして、我々をことのほか貶めているじゃないか」という気持ちがあったように思いますが、こんな教科書を作って学校教育の場で教えることを推し進めれば、少なくとも中国や韓国を批判する資格は失うでしょう。

簡単ですが、以上で。

August 29, 2004

なんとか無事帰国

本日までの4日間、韓国へ出張して、今帰ってきた。
本日はただ帰るだけなのだが、空港へは出発2時間前くらいには行かなければいけないし、帰国した空港から自宅までがこれまた遠いし、結局一番近い外国の韓国といえども、帰国は一日がかりになってしまう。やれやれ。

今日はまず朝ご飯を食べる。最後だからか、朝っぱらから「カムジャタン」という骨ごとの豚肉とジャガイモと一緒に辛く煮込んだ鍋を振る舞われる。朝から濃すぎ。韓国の先生は「酔い覚ましの効能がある」と言うが、酒が飲みたくなって酔い覚ましにならない(笑)。しかし、この数日間、実に旨いご飯にいつも連れていってもらっていたので、暴飲暴食を重ねて、胃腸が悲鳴を上げてしまい、結局完食できず。
韓国の先生方とお別れして、僕は飛行機の時間までまだ大分あったので、一緒に会議に出ていたK先生と、韓国宗教研究者のS先生とご一緒して、会議会場近くの駅(ソウル郊外だった)からソウル市内に戻った。

K先生はそのまま韓国南部でのフィールドワークのため、ソウルの「高速バスターミナル」へ向かい(ソウル江南にある全国の地方都市行きの直行バスの集積ターミナル)、S先生と僕もそれにご一緒した。僕はそこからインチョン国際空港行きの直行バスに乗るためだ。
バスターミナルで昼食(水冷麺)を取った後ブラブラしていたら、DVDとヴィデオCDの売店を発見。韓国ドラマ&映画にはまっているK先生は喜び勇んで突撃。僕もその勢いに釣られて同行。僕は安売りしていたヴィデオCDを5枚買う。何と5枚でW10000!!(約\1000)安すぎる。韓国はCDやDVDの全国統一の値段が無く、場所によって違うので(こういうところでW3000くらいのが、空港の売店でW6000というのもよくある話)、ちょっと場末っぽいところが穴場なのは確かなのだ(ソウルや釜山市内なら、地下鉄駅の地下通路にあるお店とかも狙い目)。
僕が買ったのは、崇拝する李英愛(イ・ヨンエ)様主演の「贈り物(邦題は「ラスト・プレゼント」)」を始めとするもの。まだ見ていないのだが、多分パソコンか、DVDプレイヤーで見られると思う(リージョンコードが無いと思うので)。まあ、見られなくてもこの値段だからそれほどの痛手ではない。

K先生を見送った後、僕とS先生はインチョン空港リムジンバス乗場へ向かった。場所は、新しく作り替えられた湖南方面(全羅道)のターミナルの一角。湖南方面は、昔開発などの面で差別を受けていたとされ、そこへ向かうバスターミナルの以前はうら寂しいものだったが、そのあまりの変わりぶりに僕もS先生もビックリ。S先生は「これも民主化だねえ」と呟いていたが、同感。僕は詳しいことを知らないのだが、やはり金大中政権が誕生してから作り替えられたんだろうな、と思う。

インチョン空港までの道はいつも空いていて(空港へ向かう車しか通らないから)、あっという間に到着。その道すがら眺めたソウルの街並みは、ますます高層ビルが林立して、発展しているのが判る。
よく日本人は几帳面で韓国人は大雑把、なんて言い方をする人がいるが(それは一面ホントだと僕も思うが)、大雑把な韓国人が成し遂げたこの繁栄を見るにつけ、エネルギーの使い方は、実は韓国人が日本人よりよっぽど「上手」なんじゃないかと感じた。日本人は何を「節約」して、何にエネルギーを「振り向けている」のだろうか。

アンニョン、韓国。また来ます(10月に学会もあるし)。

yonsama01.jpg
(免税店前で微笑むヨン様。さすがに一緒に写真を撮る勇気はなかった)

August 28, 2004

韓国宗教施設訪問

今、「日韓宗教研究フォーラム」という学会の会議で韓国を訪問しているが、主な会議は昨日までで、今日は韓国側の先生のご案内で2つの宗教施設を見学した。

一つめは「大韓仏教涅槃宗」という宗派の総本山「臥牛精舎」(京畿道龍仁市)というお寺。まず、バスを降りた我々を迎えてくれたのが、巨大な仏頭。その有無を言わせぬ迫力に衝撃を受ける。

buttou02.jpg
(駐車場から見える最初の風景がこれ)

buttou01.jpg
(パースが狂っているように見えるかも知れませんが)

お寺側の説明や、いただいた資料をざっと見ると、「現世利益に走る他の宗派と違い、ちゃんとした苦行が仏教の根本なのだ、という考えに基づき、釈迦牟尼の苦行像を安置したりしている」そうだ。あと、このお寺は実は70年代にある和尚が「再興」させたもので、いわば「仏教系新宗教」と呼んでも良いような宗派であるとのこと。時代相を反映して、南北統一を祈念する塔なども設立していた。

touitsutou01.jpg
(これが統一の塔で一番大きなもの)

kugyouzou.jpg
(ガンダーラ仏を模倣したと思われる苦行像)

このお寺のあとの昼食は、ちょっとしたリゾート施設での韓定食。でも、実はここはリゾート施設と言うよりは「合宿所」という方がふさわしく、礼儀作法を合宿で子供にたたき込む「林間学校」などを売りにしているところだということが判明。

二つめの宗教施設は「ミリネ(韓国語で「天の川」という意味だそう)」というカトリックの有名な聖地(京畿道安城郡)。19世紀の朝鮮時代、何度かカトリックの大弾圧が起こったが、このミリネは朝鮮人初の神父である殉教者金大建(キム・デゴン、1822-46)とその仲間たちにちなんで聖地とされたところ。ここは広大な敷地の中に、103名の殉教者を記念した巨大な聖堂と、様々な宗教的オブジェや像などが存在する。カトリックだからマリア像などももちろんだが(同行したK先生によると、ここのマリア像の様式は、ルルドのマリアと同じなのだそう)、現代芸術っぽいものやら、殉教時代の拷問の様子を描いた人形まで盛りだくさんの内容である。

seidou01.jpg
(巨大な聖堂)

maria01.jpg
(マリア様が見ている←違います)

goumon01.jpg
(聖堂内の拷問人形)

objet01.jpg
(現代芸術っぽい碑)

sekihi01.jpg

kaiga01.jpg
(聖堂までの道すがら、こういう石碑や絵画が並べてあり、それぞれ立ち止まって祈ったり、イエスの生涯がざっと判る仕掛けになっている)

なかなか見所が多く面白かった。偶然だが、新しい神父の任命式が行われている最中にお邪魔することができ、その見学もできてラッキーだった(残念ながらその写真は撮れなかったが)。
案内してくださった韓国側の先生方に感謝。

August 23, 2004

なんだかんだでオリンピック三昧

この一週間ほど、このブログの更新もとどこおりがちですが、その大きな理由はオリンピック観戦しかしていないような休暇の日々をすごしているからです。
自分でも、こんなにオリンピックのさまざまな競技を見るとは思いませんでした。このごろは明け方近くまで起きて、昼まで寝るだらけた生活。そろそろ業務も始まるので、リズムを直さなくちゃいけないんですが・・・。
でも昨日も女子マラソンは最後まで見ちゃったし、その後の体操まで・・・。
男女ともサッカーが早々に負けて、見るものがないなあ、なんてうそぶいていたのに、この始末。
昨日なんか昼には甲子園の決勝を見て感動しちゃうし・・・(妻が札幌出身なので、肩入れしていた駒大苫小牧が勝ってよかったです)。

僕はスポーツ音痴な方で、自分で積極的に競技をしたことは余りありませんが(中高はテニス部でしたが、地区予選で一度も勝てないまま現役を終えました)、そういう僕が、なぜかくもいろんな競技を見てしまうのか・・・。それはおそらく、ありきたりな答えですが、特にオリンピックでは「人間の限界」とまで言っていいような技を見て感動したいからだと思います。特に、体操なんて、「何でこんなことができるのか?」と言いたくなるような技がありますし、それもどんどん進化しているわけで、人間のポテンシャルのすごさにマジで感動してしまいます。
それと、やはり「日本選手」を応援してしまう自分がいるわけです。「ぷちナショ」爆発中です(笑)。

そういえば、僕の妻は最近バレエ鑑賞にはまっているのですが、多分彼女もバレリーナたちの「人間の限界」と言いたくなるような舞踊に魅せられているのだと思います。
というわけで、バレエの魅力はまだ良くわからない僕ですが、山岸凉子先生の『テレプシコーラ』の最新刊(第6巻)を今から読みます。楽しみ。
そして、その後はまたテレビ見ちゃうだろうな・・・。

August 22, 2004

「華氏911」を早速見に行く

マイケル・ムーア監督の最新作「華氏911(FAHRENHEIT 9/11)」を公開直後に、新京極に見に行った。さすがに話題作だけあって、僕たち夫婦を含めたミーハーな皆さんが長蛇の列(客層は色々。年齢層は若者中心だったが、お年寄りもそこそこいた。何故が外人と日本人のカップル、というのが目に付いた)。折角なので簡単な感想を書き留めておきたい(注意:多少のネタばれを含みますので、予備知識無く見に行きたい方は以下を読まないでください)。


まず、見終わったときの感想としては「面白かった。しかし予想通りだった」というものだった。予告編や様々な人の事前の評論を見聞きしていたせいもあるが、ほとんどの映像が「想定内」だったし、ムーアの主張も「思っていた通り」のものだった。前作の「Bowling for Columbine」を見たときのようなサプライズは無かった、というのが正直なところだ。
だが、それだからといって、この映画を腐すつもりはない。というのもこの映画は、何か秘蔵映像によって人を驚かせることを目的としたものというより(「ええっ、ブッシュがそんな人だったなんて全く知らなかった」と言って驚く人も中にはいるだろうが)、明確な一つの目的に向かってみんな(具体的にはアメリカの有権者)を動員しようとするものなのだから。だから何人かの評論家が「この映画は驚きがない」とか「すべて判っていることだけ」というようなことを言っているが、これはこの映画に対するいわば過剰な期待の裏返しだと思う(例えば宮台真司さんや「A」の森達也監督などがそのようなことを言っていたように記憶している)。

映画の構成は、今までブッシュやその周りのアメリカ政府の幹部連がどんなことをしてきたか(イラクへ肩入れしたり、逆に悪魔のように扱ったり、ビンラディン家の人に特権を与えていたり、兵士の給料を削減したり)ということを並べた部分と、主に兵士やその遺族を中心に「使われる側」の声をいくつか拾うという二つの部分に分けられるだろう。
前者の方は、これまでのニュース映像や、ブッシュ政権の幹部が関わっている大企業の「お仕事ぶり」が皮肉とともに示される。ムーアが主張している、ブッシュ寄りのコングロマリットにテコ入れするために様々な工作(テロの危険を以前から報告されていたのにそれを無視したりしたことも含めて)をしたという一種の「陰謀史観」をそのまますべて受け入れることは、僕は今のところ材料不足でできないが、そう説得されると「整合性」があるだけに、本当にロクでもない戦争に駆り出されているアメリカの兵隊と「同盟軍」のことを思い「うんざり」する。
後者の部分は、実際のイラクでの戦闘シーンや、負傷した市民、アメリカ兵を映して、何人かにはインタビューによってその本音を引きずり出している。イラク市民への無慈悲な扱いの告発は勿論だが、ここで注目されるのは、実はイラクに派遣されているアメリカ兵達も、アメリカの中の「弱者」がほとんどだ、ということだ。要するに貧困層を中心に「飯が食える」「奨学金が貰える」という餌でリクルートしている実態もこの映画で暴かれている。アメリカの中の「弱者」が外国では「加害者」になっている現実。「やりきれない」の一言だ。より無力な方向へ暴力が連鎖しているのだ。

さて、平和運動のきっかけの多くは「被害者」になることだろうが(この映画でも息子の戦死から平和運動をする母親が出てくる)、それを継続させる論理としては「加害者にならないため」のほうを優先するべきだと、個人的には思う。思うに、日本の平和運動はこの部分が弱かったと思うし、戦前のことを悪く言うな、という「自由主義史観」の皆さんには「軍隊に引っ張られた被害者たるあなたの祖父は、外国ではれっきとした加害者だった。そういうのが戦争の悲惨さなのだ」と言いたい。ちょっと余談でした。

あと、この映画で僕として「おおっ」と思った点をいくつか挙げておきたい。
・例の9/11テロの直後、フロリダの小学校の授業参観をしていたブッシュが事件のショックのあまり(?)呆然として為す術をすらないといった様子を見せるのだが、その彼の後ろに掛かっていた教室の標語が面白かった。曰く「Reading makes a country great(読書はお国のため←超意訳)」。「失読症」と噂される大統領の後ろの標語としては、上出来だと思った。
・イラクで人質となった日本人3人の「首切り脅迫映像」もしっかり使用されていた。実はこの映像を見るの、僕は初めて。
・装甲車や戦車のメーカーの幹部が、セレブの集まるパーティーで「(イラク戦争は)会社的には良いんだけど、人には優しくないよね(good for business, bad for people)」と言っていたこと(正確には違うかも知れませんが、こう聞こえました)。自分の会社の仕事をちゃんと判ってらっしゃる(反省の色はないけど)。
・アメリカの「愛国者法 Patriot Act」という法案の凄さ。しかも、それを制定したときの議員のほとんどが条文に目を通していないという驚愕の事実が明らかに。アメリカの国会議員も、ひどいもんだ。上院議員も、腰抜け揃いのようだし(この辺りは映画をご覧ください)。

ともかく、「今現在」の世界を確認するために見て損のない映画だと思います。

August 16, 2004

今日は五山送り火

今日の今日は五山の送り火の日。夜の8時頃から次々と火が点る。
勤務校のグラウンドから、「大文字」を撮影してみる。学生もサークルか何かでグループを作って遊びに来ていた(何人か教え子とも遭遇)。

daimonji_001.jpg
(夜景モードで手ぶれして失敗)

学生から「こういうの見ると、やっぱ京都の大学来て良かったなって思う」というような声が聞こえたが、僕も同感。

昨日のサッカー(対イタリア戦)で消耗したので、今日からは夜更かししないつもり(笑)。

August 15, 2004

香山リカ『〈私〉の愛国心』を読む

今日は「終戦」記念日。
しかし、昨日「柔道」「女子サッカー」「冬のソナタ」(笑)とまるで受信料を取り戻すかのようにNHKを深夜まで見たおかげで完全に昼夜逆転生活。正午の黙祷のサイレンのあたりで目が覚める体たらく。戦死者の皆さん、こんな子孫で済みません(そういえば、ねこぢるのマンガで、戦死した「英霊」が日本の現状を見て「ああ、犬死にだった」というのがあったな)。

僕の後輩Tさんは靖国神社に見学に行く予定という携帯メールをくれた。宗教学者としてある意味真っ当な終戦記念日の過ごし方と言えよう。僕の妻も某集会(高橋哲哉先生や小森陽一先生が主催されている集会)に参加だと伝えてきた(夫婦揃って「反時代的」だなあ。確信犯だけど)。
僕は昨日買った香山リカさんの新刊『〈私〉の愛国心』(ちくま新書)を読んだ。今日のような日に、こういう本を読むのも、まあまあな過ごし方かも知れない。その内容と感想をメモしたいと思う。

香山さんは前著『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)などでも、当今の若者を中心とした「ナショナリスティックな雰囲気」に注意を払ってきた(昨日の北田暁大さんのブログでも、この問題が取り上げられていた。若い連中の「保守化」は想像以上だ。大学で講義するのが恐ろしくなってくる)。つい最近だと、僕もついつい議論してしまったアジアカップなど、何等かのきっかけでナショナリズムが暴発してしまいかねない状況があると思う。そういうものを精神分析の専門家である香山さんが文明批評的に分析してくれている本だということで購入したのだ。

まず香山さんは昨今日本にはびこる(と言っていいだろう)「現実主義」「リアリズム」という言葉と、そう口にする人たちの主張に疑問符を突きつける。僕も何度かこのブログなどで言及しているつもりだが、「現実主義」というのが大抵の場合は「現状追認」でしかなく、彼らが「現実的な処方箋」と思っているもの(例えば改憲、教育基本法改正、少年法の厳罰化など)は実際には何等現実的な効果をもたらすものではなく、香山氏が言うように個人的な不安を大きな「物語」(典型的には国に関わることだ)に投影しているに過ぎないと、僕も思う。小熊英二さんが「癒しのナショナリズム」と名付けたのはむべなるかな、である。
香山氏の本の第2章は「自分以外はみんな「バカ」」というタイトルだが、昨今のいわゆる「バカ」本(有名人をあげつらって「あいつはバカだ」と溜飲を下げさせるような類の本)の隆盛を分析して曰く、

「私は負け組ではない」「私はバカではない」と確認するために、先に相手に対して「負け組」「バカ」というわけだ。ということは逆に、自分もいつ「負け組」「バカ」と言われるか、言われたらどうしよう、という不安が多くの人の中にあるのだろう。だから、企業の苦情係やサポートセンターのちょっとした対応に、「バカにしてんのか」と“逆ギレ”するのだ。(p.73)

と述べているが、その通りだと思う。その「バカ」本の最大のベストセラー『バカの壁』は、「バカ」本の中である意味唯一溜飲を下げさせることを目的としていない本なのだが、果たして読者がどこまで判っていただろうか。養老孟司先生は「相手を「バカだ」と断定して壁を作っちゃっているのはあなたですよ」と非常に挑発的に言っている凄く嫌味な本と僕には読めたのだが。
あと、この章ではいわゆる「クレーマー」についても書かれているのだが、僕自身、ちょっとした店員などの対応にキレそうになる自分を自覚するときがある(実際にキレたことはほとんど無いと思いますが)。僕の「内なるクレーマー」というのは確実に存在していて、その過剰な「被害者意識(妄想、に近いかも)」、裏返せば「自分は正しく間違っているのは相手」という思いこみは、対話を成り立たせず、不毛な罵り合いに終わらせてしまうだろう。精神医学用語では「病識」と言うが、自分は少しおかしいかも、と言う自意識だけは最後まで持っていたいものだと思った。「クレーマー」は病識のない「僕」なのだ。

さて、香山氏の「精神科医」としての今の世の中に対する見立ては、境界線人格障害(ボーラーライン)と呼ばれる症例が社会全体としても増えてきており、それがアメリカ、日本という「国レベル」でも観察できるというもの。この性格は、自我が脆弱で情緒が安定しておらず、「好き・嫌い」という感情で全ての関係を解釈しようとするのが特徴といわれる。別の言い方をすると「感情が事実にそぐわない場合、事実を感情に合わせて修正してしまう」(p.75)と言うことだ。例えば、香山氏も経験したと言うことだが、僕自身もありえるシチュエーションとしては、ある学生のレポートに対して、余りよい評価を与えなかったとする。するとある学生は「いい加減に書いたレポートだったからなあ」とか「川瀬先生は評判通り厳しい人なんだな」というような納得の仕方をせず、「僕が川瀬先生に嫌われているから、こういう評価になったのだ」と解釈してしまう、ということだ。こうなると「僕は可哀想な被害者」と言うところまであと一歩であろう。これは上記のクレーマーとも共通したメンタリティである。
このような境界線人格障害のような「感情の暴発」は、実は社会の至る所で見られると僕も思う。香山氏が挙げている一例は、ファミニズムに対するバックラッシュだが(最近も東京都教育委員会が「男女混合名簿」にクレームを付けた。そんなに「ジェンダーフリー」が恐ろしいのか)、僕が実際に体験したものとしては、いわゆる「自由主義史観」とか、歴史修正主義者からの「クレーム」である。最近では、あれはもう「感情」のレベルなのだから、何を言ってもなあ、という徒労感が前に出てしまうのだが、香山氏が言うように、

しかしアウトプットの形は違っても、これらはすべて「内なる不安を打ち消して、自分はだいじょうぶ、負けていない、と安心したい」という思いが分節化したものだと言えるのではないだろうか。(pp.91-2)

ということだと思う。

もう一つ、香山氏が挙げている精神医学的なキーワードは「解離」である。解離とは、その字面から判るように、心がバラバラになってしまうことで、例えば災害や犯罪に巻き込まれた人が、一時的にその衝撃を和らげるためにわざと自分に降り掛かったことを「他人事のように感じたり現実感を喪失する」防衛手段なのだが、これはあくまで一時的な「方便」であって、常にこのような「解離」状態が続けば、それは「病的」となり「解離性障害」となる。この状態が恒常的なら、その人の「人格の統合」が保たれていないのだから。
香山氏は自分の中の矛盾を矛盾と自覚できず、しかもそのことになんの疑問も問題も感じない人の実例として、人道主義者を自任しながら、下手をすれば怪しいと思われる精神障害者を半永久的に予防拘禁することを認めた「心神喪失者等医療観察法案」(香山氏はこの書の中でこの法律に対する反対を表明している)に賛成した国会議員や、憲法前文でたまたま目に入った「国際貢献」という言葉だけを全体の文脈から切り離して、イラク派兵の言い訳として恥じない小泉首相などを挙げている。こんなのは「新しいリアリズムの衣裳をまとった場当たり主義」(p.115)と香山氏は評するが、同感である。

さて、香山氏は続いての章でアメリカや日本を「精神分析」する。でも、精神分析するほどの複雑さは、残念ながら両国にはないのだ。特にアメリカはイエスかノーかの二者択一を迫る、あまりの陰影の無さが際だっており、「好きか嫌いか」「敵か味方か」の二分法はまさに「境界線人格障害」と呼ぶに相応しかろう、と述べる。
日本だって、えらそうなことは言えない。そしていわば先の見えない状況に「逆ギレ」した状態で渇望している「国の誇り」やら「日本のアイデンティティ」が果たしてまともなものかどうか。

さて、ボーダーライン的な特徴を持った人に対しては、「心から尽くしていれば相手も今に判ってくれるはず」という態度は御法度だそうだ(p.174)。優しくすればするほど相手は「じゃあ、ここまでやってくれるだろうか」と要求をどんどん上げていき、申し訳なさや後ろめたさを感じることが無く、しかも「こんなに尽くしてくれる人も、いつかは自分を見捨てるかも」という「見捨てられ不安」が逆に増大して、益々理不尽な要求を突きつけてくるそうだ。だから「いつも私、彼氏に結構無茶なこと要求して、それを聞いてくれるかどうかで本当の愛かどうか確認しているんですよね」とか、「恋のから騒ぎ」あたりでいっぱしの恋愛論をぶっているつもりの人は、実は立派なボーダーラインである。まあそれはともかく、ではどのようにそのような人には振る舞うべきか。「ここまでは聞くけど、これ以上は絶対に受け付けない」という限界を設定したつきあい(リミットセッティング)をするしかない。日本がそれをできるかどうかは香山氏もだいぶん疑問に思っているが、僕も即効性は期待できないにせよ、これが「現実的」な処方箋だと思う。

歴史をふり返っても、世界を見わたしても、日本がいま軍事力を備えた“普通の国”になるのは自然の流れだ、愛国心は日本人として自明の生理的感覚だ、などと歴史や社会を代表したかのような、主語なしの発言をするときには、ちょっと注意をする必要がある。(p.210)

というまとめあたりにある言葉は説得的だ。そういえば僕と「政治的」な問題で反対意見を言う人って、大半が「主語なし」の発言だったよな、と思い出す。「僕はこう思う」というのと「世間ではこうなんですよ」という会話では、そりゃかみ合わなかったはずだ、と反省。
ともかく、この本はなかなか考えさせてくれる本でした。おすすめ。

August 13, 2004

サッカー敗戦とナベツネ辞任

昨晩はほぼ徹夜をして、オリンピック代表のサッカー「日本対パラグアイ」戦を見てしまった。
結果は4-3で負け。日本の得点のうち2点はPKだったので、内容的には完敗、という感じだと思う。特に、パラグアイに先制された一点目が大きかった。あの時の日本選手は動きが硬く、僕のような素人目から見ても「棒立ち」に見えた。でも、滑る選手も多かったので、ピッチ状態もあまり良くはなかったのだろう。でも、それは相手も同じ条件だしな・・・。ブラジルを破ったパラグアイ代表は、やはり前評判通り強かった、というだけか。
徹夜で頑張って見たのにこんな結果となって、新聞配達の音を聞く頃に床につき、昼前に起きる。

そして研究室に超重役出勤をして、パラパラ本を読んだりしていたら、ネットで驚くべきニュースが!!
なんとナベツネこと渡辺恒雄オーナーが、スカウトでの違反行為があったせいで辞任するとのこと
一体何なのだろうか、この辞任劇は。「スカウトでの違反行為」って。他のネットニュースでは、あまりこの「違反行為」については触れずただ「辞任」とだけしか言っていないのが気にかかる(お膝元の報知新聞とかは仕方ないか)。これからどうなるのか、注目。(注:僕がこのニュースを見てこのブログを書いた夕方頃にはほとんどの新聞が詳細を述べていませんでしたが、現在夜になってからは讀賣新聞も報知新聞も詳細を報じています)

少なくとも僕自身は、古田はじめ選手会がストを決行しても支持したいと思っています。

August 12, 2004

ちょっぴりスタイル変化

何となく、気まぐれで今日からこのブログのデザインをちょっぴり変えてみました(ニフティが用意してくれている中から選ぶだけなんですけど)。
青が好きなので、青色がメインというのは前のデザインと変わらないのですが、各日記のタイトルが前のより大きな文字で表されていると思います。
なんか、それぞれのデザインで微妙に設定が違うんですよね。変にセンタリングを強要するデザインとか、日記のタイトルが文字囲になっているのとか。

飽きたらまた変えるかもしれませんが、しばらくはこの配色でやってみます。
上級者向けになると、多分色々バリエーションも増えてくるんでしょうけど、僕はニフティ会員なら誰でもただで作れる「ベーシック」というコースなので、選択の幅がそんなに無いのです。

August 11, 2004

地球交響曲Ⅴを見る

今日は早めに大学を出て、現在烏丸御池の新風館で行われている「地球交響曲ガイアシンフォニー」第5番の先行上映会に行ってきた。主催者の話によると、ここが全国で最初の上映らしいので(そのせいで、残念ながらパンフレットが入手できなかった)、あまりネタばれするとやばいだろうが、まあこの映画はネタばれを恐れるような内容ではないし、どちらかというと、己の中の思想を再確認しに行く類の映画だと思うので、あまり書き過ぎない程度に印象をメモしたいと思います(でも、まっさらな状態でご覧になりたい方は、以下読むのを止めてください)。

まずは会場に着いてみて、スタッフの様子や、見に来ている「それ系」(笑)の人々に懐かしさを覚え、ついつい観察してしまう。「ここは西荻窪(高円寺でも可)か」と思ってしまうような東京中央線テイストをかもし出す人々が集結(全国どこでもそういう人はいるでしょうが、京都には僕の知る限り、街自体がニューエージっぽいところは知りません。ご存知の方、ご一報を!)。学者の悪い癖で、この手の映画では、映画を純粋に楽しむよりは、それを見に来ている人を観察して色々分析してしまうのだ。客層は、僕のような若い層と、草木染めの不思議な服を身にまとっているような中年の女性が中心。と思ったら、映画の中で西表島の染織作家の方が出てきて「ああ、やっぱり」とうなってしまう。

今回のテーマは(といってもいつもこの映画は同じテーマなのだが)、「命の連鎖・連関」といったところか。死と誕生を交互に取り上げる構成だった。「死」の方は、今までの「ガイアシンフォニー」出演者でなくなった人たちの供養。「グラン・ブルー」ジャック・マイヨールとか、アラスカの野生動物を撮っていた写真家の星野道夫さんとか。彼らの供養をしたのは、なんと吉野の天河弁才天!!この神社はその名前を、例えば細野春臣経由とかで聞いたことがある人も多いでしょう。ピンと来ない方は『ガラスの仮面』の「紅天女」の舞台だと思ってください。あそこです。「うわあ、天河かあ」とここでも僕は一人悦に浸っていましたが、たぶん会場の何人かも同じ思いだったと思います。
「生」の方は、自然出産を勧めている杉並の産院が舞台。偶然ですが、僕もこのブログでその話題を取り上げたことがありましたが、龍村監督も僕同様、自然出産にスピリチュアリティを感じていらしたようです。

あとのシーンでは、ここ数年で来日したかつての出演者たちを撮影した場面が多かったのですが、やはり感動させてくれるのはダライ・ラマ14世ですね。僕は別に親チベットとか、そういうものはないのですが、一人の宗教家として、本当に偉大だなあ、と僕のような不信心者にも解る人だと思います。こんな暗い世相なのに明るく、ポジティヴに言葉をつむぐ法王に感動してしまいました。こういう人を本当の意味で「現実的」な人というのだと思います。

あらあら、ついつい書きすぎちゃいました。
本当はもっと言いたいことがあるのですが、ネタばれしすぎるのもなんなので、今日はここまで。
僕自身はまあまあ面白かったです。半分「研究対象」としてみてしまっているので、まっとうな見方とはいえないと思いますが・・・。

August 10, 2004

戦争がらみの本を

8月といえば、原爆の日(6日、9日)、そして終戦記念日(「敗戦」の日を「終戦」と言い直して色々なことをうやむやにした知能犯は誰だろうか。気になる)。
そこで、今日は昼過ぎに本屋に行って、戦争がらみの本をいくつかまとめ買い。主に雑誌と軽いブックレットだが。

『世界』9月号(特集はズバリ「靖国問題とは何か」。僕の師匠の島薗進先生も、高橋哲哉先生と対談をしておられるので)

『ダカーポ』(この雑誌も今回は「靖国神社」を特集で取り上げている。昔から僕は結構この雑誌の融通無碍さが好きだ。高校時代から時々買って読んでいる)

今年もまたぞろ閣僚が靖国に参拝するそうだ。やれやれ。『世界』掲載の梅原猛先生の「靖国は神道の伝統から逸脱した存在」というのに共感。もし「新しい追悼施設」を建設するなら、アジアを中心とした死者を一緒に祀らなければどうしようもないと個人的には思う(この追悼施設に諸手を挙げて賛成というわけではない、。靖国よりはマシだというsecondary choiceだ)。

ほかには

・直野章子『「原爆の絵」と出会う』岩波ブックレット(朝日新聞の記事で取り上げられていて気になったので)
・田島泰彦『この国に言論の自由はあるのか』岩波ブックレット(イラク報道問題や、出版差し止めなど僕の興味ある話題が載っていたので)
・土井敏邦『米軍はイラクで何をしたのか』岩波ブックレット(タイトルに惹かれて。僕の知り合いの綿井君も頑張っているし)

岩波ブックレットをまとめ買い。

・池明観『T・K生の時代と「いま」』一葉社(日本に「亡命」しつつT・K生として『韓国からの通信』を書いた池先生の講演を中心にまとめた本)

・崎山政毅『資本』岩波(思考のフロンティア)(マルクスの「マ」の字も判らぬ経済学音痴の僕がどこまで理解できるかチャレンジ)

・加藤秀一『<恋愛結婚>は何をもたらしたか』ちくま新書(「このところ「結婚」について色々考えることが多いので、そのヒントになればと購入。今月の『婦人公論』で先輩の武藤香織さんが書いた記事を読んだり、週末に旧友にあったりしてその話題で盛り上がったからなのだが・・・)

August 09, 2004

いちゃもん

リンクを張っているガメ様のブログで今朝知ったのだが、8月7日付の讀賣の社説は、これまたひどい代物だ。最初読んだときはその意味が良く取れず、二度目にようやく意味が判ったのだが、判ったところで、開いた口はふさがらない。

広島原爆忌の平和宣言で、秋葉忠利市長は「政府は、世界に誇るべき平和憲法を擁護し、国内外で顕著になりつつある戦争並びに核兵器容認の風潮をただすべきだ」と述べた。
 平和宣言で、憲法改正問題に踏み込むのは異例のことだ。護憲を反戦や反核と結びつける主張は、冷戦時代の左翼勢力の思考だ。これでは、世界に誤ったメッセージを伝えてしまう。

何でも市長が平和宣言で政治的主張を原爆の日に言ってはいけないんだそうだ。護憲と反核運動を絡めるのも、どうもこの社説によると好ましくはないようである。でも、何がいけないのかが全然判らない。どんな誤解を招くというのだろうか。
讀賣新聞は広島市長を「政治家」と見なしていないのだろうか。アジアカップの開会式とか、オリンピックの開会式で「反核・護憲」を唱えたわけではないのである。原爆に思いを致す式典の挨拶で「政治的な表明」を述べているのである。これ以上の相応しい舞台があろうか。

社民党衆院議員から転じた秋葉市長には憲法改正の流れに歯止めをかける狙いがあったのかもしれない。だが、自らの政治的な思惑に基づいた主張は、被爆地の心とかけ離れ、反核運動から国民を遠ざけるだけだ。

被爆地の心とどうかけ離れているのか、納得する説明を聞かせてもらいたいところだ。ただ、情緒的に訴えようとレトリックを使っただけなのだろうから、ハナから無駄なお願いだろうけど。
護憲を唱え、改憲の雰囲気に水を差すようなものは全て悪者に仕立て上げようとするこの社説、論理的に破綻しているのは明らかで論評する気にもならないが、一言だけ。
こういう言い回しを日本語では「いちゃもん」と呼ぶのだ。

August 07, 2004

旧友との再会

今日京都はひどい土砂降り。
しかし僕は出掛けなければならない。というのも、3年ぶりに日本に帰国した大学時代の友人と会うためだ。
彼は先月帰国し、わざわざ京都にいる僕に会いに来てくれたのだ。
待ち合わせをして、木屋町に向かい、そこの和風居酒屋(彼はヨーロッパ暮らしが長かったので和風が良いだろうと僕が勝手に忖度したのだ)で久闊を序する。話はお互いの仕事のことがほとんどだったが、彼が言うには「若い子に囲まれている川瀬の環境は羨ましい」という一言に尽きるようだ(笑)。土屋賢二先生の言葉を借りれば「女子大の教授を羨ましがるのは銀行員に対して「毎日お金に埋もれていて羨ましい」というようなもの」ということになると思うが(僕は女子大の教員ではないが、学生の過半を女子が占める大学に勤めています)。
楽しい再会はあっという間に時間が過ぎ、終電近くになったので、東京での再会を約束して握手して別れた。
大学時代の友人とまだこうして酒を酌み交わせるとは良いことだ。わざわざ来てくれてありがとう。

帰宅後は、録画していたアジアカップの決勝戦、中国対日本の試合を見る。
結果はご存じの通り、日本が勝ち優勝。
勝ったものの余裕というか、場合によっては傲慢と取られかねないが、今までの中国側からのブーイングも別にどうでもいいや、という気持ちになってしまった(笑)。インタビューで、玉田選手も「逆にやってやるぞという気分にさせてくれたので、そういう意味では良い雰囲気だった」という非常にポジティヴな発言をしていたし。

August 06, 2004

三国志

今日はゆっくり大学の研究室に赴き、頼まれている書評原稿に手を付け始める。
研究室で書き出しを悩んでいたらノックの音がした。誰かと思ったら、1年前に卒業したWさんだった。何でも今は会社の夏休みで、京都のご実家に帰省中とのこと。そこで久々に母校を訪ねてきてくれたのだ。
彼女の職場での話や東京での暮らしぶりなどをひとしきり聞いて、何故か話題は『三国志』(吉川英治や横山光輝の)とか『銀河英雄伝説』(田中芳樹)の話へスライド(笑)。Wさんは最近横山三国志を全部集めて読みふけっているそうな。二人とも凝り性(というかマニアか?)ということを図らずもカミングアウトするハメになりお互い苦笑い。僕もついつい彼女の話に刺激を受けて、横山三国志を一気に「大人買い」したい衝動に駆られてしまった(読んだことはもちろんあるのだが、それは知り合いから借りて読んだので)。

そして、今googleで「三国志」と検索したら、こんなサイトが・・・(笑)。やってみると、ものすごくマイナーな人物にされてしまって、途方に暮れました。荀諶(じゅんしん)ですって。曹操の軍師荀彧(じゅんいく)の兄なんですって。知らなかった・・・。占いの一節にあった「自分の知力を武器に乱世の闊歩するが如く、知力で勝負する有名大卒一家の末っ子 だぜ!」という部分、中途半端に当たっていて嫌でした。でも、専門のグッズショップとか、三国志を扱っているサイトって多いですね。それだけ人気なんでしょう。改めて三国志の偉大さを思い知りました。

話は飛びますが、もしかしたら、僕が現実の政治に常に不信感を持ってしまうのは、中学生の時に植え付けられた三国志的英雄史観が原因かも知れない、などとも考えたりしました。ああ、コーエーの「三国志」、やりたくなって来ちゃった(あれは無限に時間を食います)。

August 05, 2004

国際日本文化研究センターへ行く

今日は、京都に資料を探しに来た大学院の後輩T村さん(日中近代宗教史専攻)と、京都の西の外れに位置する「国際日本文化研究センター」の図書館に赴きました。ここは、その名の通り日本文化研究の中心となるべく作られた研究所で、実は僕、ここへ行くのは初めてでした。
阪急桂駅からバスでがたごと揺られて「どこに連れて行かれるのか」と不安になりながら住宅街を越えるとありました。その道程の途中には、最近できた京都大学の桂キャンパスが出来たての建物の寒々しさをたたえながら屹立していました。

僕は国際日文研に対して「中曽根内閣の時作られた文化ナショナリズム機関だしなあ」(関係者の皆様、悪気はないのです・・・)などとハスに構えていたのですが(ちなみに韓国にも「韓国精神文化研究院」という類似した機関があります)、今日認識を改めました。ちょっぴり悔しいけど、設備は非常に立派だし、利用しやすい図書館でした。
まず、図書館のデザインがかっこいい!!エントランスは円形の建物で、吹き抜けになっており、天井にはステンドグラス。本が三階まで円形に囲んでいるのは圧巻です。ほとんどの図書が開架で、自分で確認できるのも嬉しいところです。
それに、研究者に親切。僕はドタバタして紹介状を持っていなかったのですが「大学院生以上の研究者の方なら、特別な紹介状はなくても良いですよ」との嬉しいお言葉(身分証くらいは要るでしょうけど)。こんなにオープンだとは思わなかった。つくづく京都のはずれにあることが惜しまれます。左京区あたりにあれば、僕は週一で通いそうな気が・・・。

で、T村さんと一緒に戦前の雑誌のコピーに勤しむストイックな午後でした(影印復刻をコピーしたわけですが)。結構の量になりぐったり。

帰りはうまく京都駅直行のバスをつかまえることができて、そのまま京都駅へ(でも、バス路線とは思えない狭い道をうねうね行きます)。そこでT村さんを送って、コピーした束をおくために研究室に戻り、今このブログを書いています。今日は久々に集中してコピー労働をしたので、何か勉強した気になりましたが、実際の所、1ページも読んでいないわけで、これから茨の道が待っています。やれやれ。

August 01, 2004

ビール工場見学

この週末は東京に所用で戻っていたのだが、クーラーから来る夏風邪の抜けが悪く一進一退を続け、土曜日の予定をキャンセル(関係者の皆様、済みません)、一日家でゴロゴロ過ごしてしまった。夜に見たアジアカップの劇的な結末で(サントスが失敗した段階で10中8、9、負けを覚悟した)、ようやく活力が出てきたかも知れない(笑)。

そして日曜日になってようやく調子が上向いてきたので、近所に散歩に行こうということになり、府中の多摩川沿いにあるサントリー武蔵野ビール工場の見学に赴いた。なんでも妻の知り合いが面白いと言っていたらしく、それで妻も興味を持っていたのだ。

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(入り口です)

ここは気軽に見学に来れる工場で、夏休みということもあって、子供連れのご夫婦や、子供会と思しき団体などで、それはもう賑やか、というか喧しい。僕自身も工場見学なんて、小学生以来だろう(たしか新日鐵堺の製鉄現場だったかな?)。結構わくわくしてしまった。

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(案内のお姉さんに引っ張られて工場内を進む)

ちょうど小一時間くらいでビールができる流れが学習できるツアーだ。小学生の見学にもちょうど良いし、大人もなかなか楽しめるものだった。

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(日曜日は生産ラインが止まっていてシーンとしていた。ちょっと残念)

しかし、「大人のお楽しみ」は、ツアーが終わった直後にある。工場を抜けると、そこは生ビールの試飲会場なのだ。太っ腹にも、ここは一人3杯までOKとのこと。日中の暑い中を工場まで歩いてきたので、ぐいぐい呑んで、すぐ回ってしまった。お子様にはちゃんとジュースが用意されているのでご安心を。
さすが、出来たては柔らかく、うまい!!僕は別にサントリービールのファンでも何でもないのだが(普段はサッポロ派)、雑味のないビールは本当にうまいものだと実感。

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(できたての生ビールを喜色満面で飲み干す僕)

ここまでのツアーが全くの無料!!宣伝を兼ねているとは言え、えらいと思いました。さすがに只酒だけを呑んで帰るには、良心の呵責があったので、「ファクトリーショップ」という売店でお買い物をして帰った(買ったのはビール酵母が入っているとか、そういうふれこみのうどんとマドレーヌ)。
夏休みに子供をどこに連れて行こうかと悩んでいる方、こういうところもいいですよ。

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