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August 28, 2004

韓国宗教施設訪問

今、「日韓宗教研究フォーラム」という学会の会議で韓国を訪問しているが、主な会議は昨日までで、今日は韓国側の先生のご案内で2つの宗教施設を見学した。

一つめは「大韓仏教涅槃宗」という宗派の総本山「臥牛精舎」(京畿道龍仁市)というお寺。まず、バスを降りた我々を迎えてくれたのが、巨大な仏頭。その有無を言わせぬ迫力に衝撃を受ける。

buttou02.jpg
(駐車場から見える最初の風景がこれ)

buttou01.jpg
(パースが狂っているように見えるかも知れませんが)

お寺側の説明や、いただいた資料をざっと見ると、「現世利益に走る他の宗派と違い、ちゃんとした苦行が仏教の根本なのだ、という考えに基づき、釈迦牟尼の苦行像を安置したりしている」そうだ。あと、このお寺は実は70年代にある和尚が「再興」させたもので、いわば「仏教系新宗教」と呼んでも良いような宗派であるとのこと。時代相を反映して、南北統一を祈念する塔なども設立していた。

touitsutou01.jpg
(これが統一の塔で一番大きなもの)

kugyouzou.jpg
(ガンダーラ仏を模倣したと思われる苦行像)

このお寺のあとの昼食は、ちょっとしたリゾート施設での韓定食。でも、実はここはリゾート施設と言うよりは「合宿所」という方がふさわしく、礼儀作法を合宿で子供にたたき込む「林間学校」などを売りにしているところだということが判明。

二つめの宗教施設は「ミリネ(韓国語で「天の川」という意味だそう)」というカトリックの有名な聖地(京畿道安城郡)。19世紀の朝鮮時代、何度かカトリックの大弾圧が起こったが、このミリネは朝鮮人初の神父である殉教者金大建(キム・デゴン、1822-46)とその仲間たちにちなんで聖地とされたところ。ここは広大な敷地の中に、103名の殉教者を記念した巨大な聖堂と、様々な宗教的オブジェや像などが存在する。カトリックだからマリア像などももちろんだが(同行したK先生によると、ここのマリア像の様式は、ルルドのマリアと同じなのだそう)、現代芸術っぽいものやら、殉教時代の拷問の様子を描いた人形まで盛りだくさんの内容である。

seidou01.jpg
(巨大な聖堂)

maria01.jpg
(マリア様が見ている←違います)

goumon01.jpg
(聖堂内の拷問人形)

objet01.jpg
(現代芸術っぽい碑)

sekihi01.jpg

kaiga01.jpg
(聖堂までの道すがら、こういう石碑や絵画が並べてあり、それぞれ立ち止まって祈ったり、イエスの生涯がざっと判る仕掛けになっている)

なかなか見所が多く面白かった。偶然だが、新しい神父の任命式が行われている最中にお邪魔することができ、その見学もできてラッキーだった(残念ながらその写真は撮れなかったが)。
案内してくださった韓国側の先生方に感謝。

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旅行・地域」カテゴリの記事

Comments

どの写真も興味ぶかいというか、おもしろいです。
うちの母方の親戚は、みなクリスチャン(たぶん長老派)なんですが、そのなかでも熱心な祖母の妹は、伝統的なチェサなどを行うことを拒否して、曾祖母が悲しませているということです。こういう例は多いのでしょうか。日本みたいに、葬式はお寺、初詣は神社、結婚式は教会で、とはいかないんだろうか。

そうですねえ、韓国の人の方が大体信仰熱心で、日本人の多数のような「融通無碍さ(というか、いいかげんさ)」は持っていないと思います。逆に言えば、韓国のキリスト教といっても千差万別で、やたら厳しいものからかなりユルユルのものまで、幅広いのだと思います。プロテスタントだと言いながら、べらぼうに焼酎を飲む韓国の先生を見ていると判ります(笑)。

19世紀のカトリックの大弾圧も、位牌を焼いたりしたのが引き金になったりしていますね、そういえば。

家族内での「宗教対立」というのも結構あるようですね。
よろしければ、昔に僕が書いたレポートをざっとお読みください。

http://homepage1.nifty.com/tkawase/osigoto/kaken01.htm

『日韓学生宗教意識調査報告』、拝見しました。
やはり、というところと意外なところとがありますね。

私の場合、生まれたときに『利香』という名前をつけられたのですが、5歳のころ、どこかの姓名判断の先生に父方の祖母がお伺いをたてたところ、「この名前だと病弱な子になる」といわれたとかで、いまの名前『智三』に変えられてしまいました。効果があったかどうかはわかりません。ちなみに、韓国の役所に改名届けを出す際、担当者が「なんでこんな男みたいな名前にするんだ、こっち(利香)のほうがいい」と言ったそうで、それは韓国らしい話だと思いました。
あと叔父の大学受験の際も、第一志望は方角が悪いと易者が言ったというので大喧嘩になり、結局第二志望を受け、そこに通ったんですが、いまだに、第一志望のほうでも合格できたと言っています。
母などは、クリスチャンのくせに・・・なんていうのですが、
その宗教を信じていないものが、その教義をもとに相手を批判するのもどこかおかしい気がします。
だけどこの調査結果を見ると、韓国ではこういう傾向はっすっかり薄らいでいるのですね。やはり在日は、こういうものを色濃く残しているのだなとあらためて感じました。

chisamさま、コメントありがとうございます。
なるほど、このハンドルネームはご本名に基づいたものだったのですね。
日本も姓名判断は依然と根強い力を持っていると思いますが、韓国の場合は「行列字(五行に基づいた漢字を名前に入れること。例えば「水」のジェネレーションとされれば、三水の入った漢字が当てられるとか)」の習慣もありますからね。世論調査ではそれほど気にしない人の割合が確実に増えてるのですが。

方角が悪い・・・とか言うのも、受験にまで干渉するって言うのは凄いなあ。

>だけどこの調査結果を見ると、韓国ではこういう傾向はっすっかり薄らいでいるのですね。やはり在日は、こういうものを色濃く残しているのだなとあらためて感じました。

社会学用語では「遠隔地ナショナリズム」という言葉を使ったりしますが、要するに移民社会など、本国から離れたところに昔からの習慣が頑強に残るような傾向が見られるときがあるんですよね。こういう占いとか、結婚などの冠婚葬祭の儀式、儀礼など。主に生活に密着した分野では「血肉」となっていて、なかなか否定できないんだと思います。

「遠隔地ナショナリズム」というのですね。
日系人の社会などにも、自分たちと似たところがあるように感じて、興味を持っていました。

先日、NHKで田月仙さんという在日の歌手の方の番組が放送されていました。
番組は韓国でのオペラ公演、そして植民地時代の歌を聞き取りで掘り起こそうとする試みを追っていくのですが、そのなかで
彼女が韓国滞在中に私は在日だけど韓国人とは違う、と泣くシーンがありました。

私には、これが習慣の違いに対するとまどいではなく、自分の心のなかにある故郷としての韓国(そしてそれはおそらく一世の方が持つ祖国の記憶とつながっているのでしょう)と、いま自分がいる韓国との違いを思い知らされたことによる涙なのだろうと思えました。

このあたり、一世がいなくなったあとどうなっていくのかと考えています。やっぱり自分で獲得するしかないのかな。

とりとめのない書き込みにていねいに答えていただいて、ありがとうございました。

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と、送信したつもりができてませんでした・・・あわてないようにしなきゃ。

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