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October 24, 2004

サブカル三昧(?)

この土日は、ネットに繋がず家でおとなしく過ごす(珍しいことだ)。せいぜい自転車でラーメン屋に行ったり、ブック○フまでマンガを「狩り」(笑)しに行ってしまったくらいだ(その成果は後述)。

で、家で何をしていたかというと、枕元に積ん読状態になっていたサブカル、もしくは軽めのエッセイ集などをまとめて読んでいた。ネットに繋がないと、本は読めるものですね。反省。ネットに繋ぐと、主にこの頃は人のブログを巡回してしまい、「活字中毒」の症状がそれによって抑えられて(要するに疲れ果ててしまって)、本自体を読む測度が落ちてしまっているのが、自分でも判る。それでは読んだ本とその感想を簡単に羅列してみたいと思う。

・野平俊水・大北章二『韓国の中のトンデモ日本人』双葉社、2004。
このお二人は以前には韓国の「トンデモ本」を紹介する本を書いていたコンビだが(『日韓戦争勃発!?』文藝春秋、2001)、今度のは韓国の映画やドラマ、そしてアダルトビデオにでてくる「ちょっとそれはあんまりだろう」といいたくなるような日本人像にツッコミを入れまくる本。論旨は明快(過ぎ)。一連のと学会の「トンデモ本」同様、笑いながら、ちょっぴり真剣になるきっかけを与えてくれる。

・北原みのり『ブスの開き直り』新水社、2004。
ラブ・ピース・クラブの北原さんのエッセイ集。僕にとっては「友人の友人」にあたる人だ。このグループの活動は共感を覚えることも多いので、このエッセイ集も購入していた(ほとんどウェブで読んでいたが、加筆もされていたようだ)。で、全体の感想だが・・・うーん。難しい。というのは、彼女の「格闘」は、結論を出すためのものではないからだ。今回のエッセイは「風俗」体験などを中心に「女の欲望のありか(あり方)」を巡る葛藤だと僕は(勝手に)解釈したが、例えば「女からセックスを求める」という主体的なあり方が、社会的なコードでは「ヤリマン」というように読み替えられてしまう、ということは考えられることだ。そのようなコードに抗うにはどうすれば良いのだろうか、というのを北原さんなりに格闘しているように見受けられた。
彼女のエッセイは、読んでいる我々も「じゃあ自分はどうだろうか」という問いを否応なく引き受けざるを得なくなるので、まず読んで「すっきり感」は得られない。もし、彼女が格闘している対象が単純明快なものなら、フェミニズムの問題なんて、10年そこらで片が付いているはずだ。しかも、これを読む僕などは「フェミに一定の理解があるように見せかけているかも知れないヘテロの男」というポジションだ(そういう男としての苦悩も僕としてはいいたいときもあるのだが、「そういうことはなるべくいわない」という男の美学により、ここでは割愛)。めんどくさいもんだ。
北原さんの苦悩が、僕などに判られたり同情されたりというのが、どういう意味を持つかは、わからない(知ったこっちゃない、という意地悪な言い方だって可能だろう)。でも僕などは、「いつの間にかフェミニストの周りにうろうろしていた男」という中途半端な「当事者」となってしまっているので、これからも迷惑かも知れないが、北原さんの苦悩の軌跡は追いかけさせてもらう所存(ストーカーではないけど)。

・大塚英志編集『comic新現実』
ついつい買っちゃってましたよ。一番の目当ては「安彦良和vs大塚英志」という対談だったのだが。あとは、みなもと太郎先生のインタビューや(僕も好きなあすなひろしの復権運動のトップを切っている方だし、『挑戦者たち』という新刊も手に入れていた)、特集の「かがみあきら」も気になっていた(かがみあきらは、早世した美少女マンガ家。永野のりこなんかもオマージュを捧げていたなあ)。
で、一番の目当ての対談なのだが・・・。結論から言うと、大塚さんが安彦さんにからんでいる(甘えている)ようにしか見えなかった。特に、僕が「これはちょっと」と思ったのは、いわゆる大塚さん得意の「世代論」からの物言いである。典型的には「あんたたち全共闘世代が云々」というようなものだが、自分の先行する世代に、今我々がかぶっている「負の遺産」の責任を全て帰するというのは、少なくともフェアじゃないと思う(大塚さんはそこまで言っていないかも知れないが、活字からはそういう印象を受けてしまった)。前の世代の犯した「愚行」があったとしても、それを断ち切ったり、改善したりする権利と自由と主体性は後続の我々にあるはずだと、僕は単純に思っている。「いつの間にか背負わされている」負の遺産、例えば「戦争責任」などにしたって、「じいさんがやったことで俺はしらねえよ」とは言えないのと同様、過去からの繋がりを否定することは事実上できないと僕も思う。でも、上の世代を非難しているだけでは事態は一歩も進まないであろう。
全共闘世代からの負の遺産がなんだか僕は知らないが、「安彦さんはこの国のために何かやっているんですか」とナショナリストとしてからむ大塚氏に、ちょっと違和感を抱いてしまった。安彦さんが言うように、「僕はマンガ家(作家)だから作品を書くだけ(それこそが僕の「運動」なのである)」という主張は、正しいと思う。特に安彦さんは僕も愛読する『王道の狗』(近日白泉社から増補されて出版)など、優れた作品をものしている。この作品から僕の心意を読み込めという言い方は作家としては「あり」だと思う。

さて、ブックオ○で「狩った」本だが、上記の『新現実』に合わせるべく、というのではないのだが、安彦先生の本を大量にゲット。まず、友人に貸して(恐らく北○君や健○さんに貸したまま)返却の目処が立たなくなった『虹色のトロツキー』全8巻が、一冊あたり105円で野ざらしになっていたので、迷わず購入。ついでに、高校時代、確か亀○君に借りたと思うのだが、『クルドの星』全3巻(徳間キャプテンコミックス)、もゲット。あの時代にクルドに着目していた安彦先生の慧眼には恐れ入る(残念ながら物語としてはいまいちなのだが)。
あとは水樹和佳(子)の『エリオットひとり遊び』とか、諸々の少女マンガを数冊。

という感じで、柔らかめの本ばかり読んで鋭気(?)を養った週末でした。

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Comments

そのうちBSマンガ夜話で虹トロを取り上げるようですが
安彦作品をまとめ買いしたのはそのための布石でしょうか

Posted by: ヲタクな者 | October 26, 2004 at 12:08 PM

「ヲタクな者」さま、はじめまして(でしょうか?)。

BSマンガ夜話で『虹色のトロツキー』やるんですか、知りませんでした。実は僕、衛星に加入していないので、見られないんですよ。というわけで、「布石」ではありません。
昔は知り合いに録画してもらって結構あの番組をチェックしていたのですが、最近はどうも・・・。まあ、昔から大月隆寛氏が嫌い(笑)という理由も大きいのですが(僕が大塚英志シンパだから、というのではありません。大月氏の「俺は現場も判っているぜ」というマチズモが嫌いなだけです。最近だと小熊英二氏への難癖も「なんなのかなあ」と思いますし・・・。「エイジ(もしかしたらageも?)」繋がりですね。今気付いた)。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | October 26, 2004 at 02:44 PM

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