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November 04, 2004

楽天とブッシュ再選

表題に掲げた事態で脱力しちゃってます。どちらも、はあ、やっぱりね・・・という失望感と倦怠感。

楽天の方はともかく(どんな選手が集まるのか、他人事ながら心配してしまいますが)、ブッシュがもう一度選ばれるとはなあ。
ニュース番組のアメリカの地図を見ると(両候補の陣取り合戦の地図)、まさに二つに分断されている様子が分かって(要するに東・西海岸と、それ以外の地域だ)、世界の運命は、こういう事で決まってしまうのかとちょっぴり憂鬱にもなります。ABB(ブッシュ以外なら誰でも)運動は実らなかった。

でも、「アメリカ人はみんな田舎者で(以下略)」というようなことは言いたくありません。本当は言いたいところですが、アジアの国から見れば「小泉政権を長期化させている日本の民度は(以下略)」と言われるでしょうし。大体、僕が食べているものの何割かは、聖書を敬虔に信じるアメリカ中西部の人の良い農家のおっちゃんが作っている可能性もあるしな。「善意の帝国主義」というのが、アメリカの最もたちの悪いところだ。ブッシュに入れた農家のおっちゃんも、本当に善意からブッシュに入れているんだろうな。この「善意」がますます僕を憂鬱にさせるのだけど。

さて、このところ毎日拝見していた町山智浩さんのブログの一節で、

上の地図で、赤い州がブッシュ支持、青い州がケリー支持で、赤い州の住民は州法でもゲイ結婚禁止を選んだ。

青い州はニューヨーク、ワシントンDC、シカゴのあるイリノイ、カリフォルニア、それにハワイ。日本人観光客が行くアメリカ、テレビや映画で見るアメリカ、自由で最先端で、いろんな人種が暮らす、日本人が見上げる経済と文化の先進国アメリカだ。

筆者もそんなアメリカが好きで住み始めた。

しかし、政治的にアメリカは日本人があまり訪れない赤い州、白人中心で、頑迷で、狭量で、聖書を妄信する田舎の人々にコントロールされている(日本も東京や大阪ではなく、群馬や島根の政治家に国を牛耳られてきた)。

ということが書いてあって、そういえば日本も・・・と虚をつかれた感じがした。人の振り見て我が身を直せ、か。

それに、言わずもがなだと思うが「田舎者」という罵倒語は非常に危険だ。宮台真司氏がこの頃よく使う「田吾作」も同様。もちろん、こういう文脈で使われるのは比喩としての「田舎者」なわけだが、「都会」はそんなに偉いのか、ということを、原点に戻って考えてみるべきだろう。日本では、投票率は基本的に母集団の多さを考慮しても田舎の方が圧倒的に高いわけだが、これは政治が日常生活に密着しているゆえと説明される(議員と癒着した土建業などに象徴されるような)。しかし、逆に言えば、「田舎はこれだから・・・」などと都会でシニカルなことを言っていられるという「特権」それ自体に無自覚なひ弱なインテリ、それが、僕を含めた都会の人間の真の姿ではないのか。そんなシニカルな台詞は、田舎ではまさに「犬も食わない」代物だろう。
アメリカは、東海岸や西海岸の知識人はみんな反ブッシュなのに(書籍などもほとんどが反ブッシュらしい)、結局はブッシュが勝ってしまうことの重要さをもう一度考えるべきだろう。
TB送付先に、いわゆる「都会」の傲慢さを戒めている文章があった。深く同意するので引用する(「お前はインテリなのかよ」という声もあるかも知れませんが、一応大学教員までやっている人間が自分をインテリじゃないというのは自己韜晦が過ぎますし、知識人としての役割を果たしていないと思いますので、ここでは開き直らさせて頂きます)。。

少なくともそのような階級感覚に居直って自由であり客観的であると思うことがおかしいことには、いやしくも知識人たるのであれば自覚的であるべきだ。そこからいうと、旧制高校生流のまた官学アカデミズム内のリベラルというものは、いい気なものであり、それが恥ずかしいと思うぐらいの感覚はもつべきだ。そうでないと、21世紀になっても、ブッシュが勝ち、右翼が勝っていくだろう。つまり、問題の背後には、政治的主張というだけでなく、階級/ヘゲモニー問題があるのであり、それを解かねばならない。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

いままで自分なりにアメリカ(とブッシュ)にNOと意志表示をするために、スタバ、タリーズ、ナイキ、マック、コカコーラ、ペプシなどアメリカ資本の多国籍企業の商品は買わないようにしていました。

今日あたり、晴れてスタバのラテを飲んでいるはずだったのに・・・と思う一方、今日のブログにあるように、ブッシュが当選してしまうことの意味を考えなくてはなりませんね。

今朝の朝日の朝刊(東京版)くらし欄に記事が出ていましたが、憲法9条どころか、両性の平等をうたった24条もあぶないです。9条のかげに隠れている感がありますが、こちらもそうとうキケンです。たんに憲法を守れ、というだけではなく、「赤い州」の住人たちにもわかってもらえる論理をつくらなくてはならない・・・。

カタログハウスの社長も、『世界』10月号でだったかな、そんなことを書いておられました。

スタバに行くか、行かないかは、これから熟考します。

tsumaさまへ

>いままで自分なりにアメリカ(とブッシュ)にNOと意志表示をするために、スタバ、タリーズ、ナイキ、マック、コカコーラ、ペプシなどアメリカ資本の多国籍企業の商品は買わないようにしていました。

僕は幸いこれらの企業に対する「依存度」が高くないので助かっていますが、スタバは使っちゃったなあ。あ、ペプシは夏に結構飲んでしまったかも。

>今朝の朝日の朝刊(東京版)くらし欄に記事が出ていましたが、憲法9条どころか、両性の平等をうたった24条もあぶないです。

僕も密かに気になっていました。僕の入っているメーリングリストで流れてきましたから。「差別ではなくて区別だ」、何度この言葉を聞いたことでしょう、全く。

この件に関しては、男の側の鈍感さももちろん重要ですが「私、女に生まれて全く損したと思ってないし、そういう目にあったこともない」と言い切る女性も問題でしょうね。僕なんか、大学の同級生の女性に、ある意味「フェミ嫌い」の友人がいたりしますし(彼女は自分の力で道を切り開いてきたという自負心があるのでしょう)。

トラバ元記事で引用されてた、ハーバード大の人々の反応の話面白かったね。そう、ほんと、ある世界にいると、自民党やブッシュに投票する人なんてどこにいるの? って思っちゃうよね。世界というモノは、ハーバードや本郷三丁目だけに居るのではワカラナイんだろうね。

M1ん時もぐってみた駒場の一部の政治系の授業も、ある意味「ずいぶんそりゃ逆方向に偏向してまっせ」と違和感を感じたことがあった。

なんつっても東京都なんて石原慎太郎都知事ですからね~。
田舎と都会の二分論じゃ語れないのは確かですわ。

でも、あと知恵かもしれないけど、やっぱり民主党は人選をあやまったと思うですよ。民衆は賢しらな人を嫌うもので、そういう意味ではどれだけテレビ討論で勝っても、ケリーという人の印象は良くならなかったってことではないかと。所詮、選挙で一番大事なのは公約じゃなくて本人のイメージなんだ、なんてことは百も承知してたはずなのになあ。

というより、党大会でケリーを選んだあたりの「頭の良さ」が民主党員および支持者たちの「インテリ」的な問題点なのかもしれません。そういうのって「正しい」かもしれないけど、実益が伴わないんだから、実社会においては「賢い」わけじゃないんですよねえ。とほほ。

実はここのところ2度ほど続けてロスに行ってきたんですが、そのときに選挙運動中の両候補の支持者たちがそれぞれサンタモニカのプロムナードに机を出してるのに出くわしたんですよ。

共和党支持者たちも別にこれといって人種偏見に凝り固まった白人だらけって感じじゃなくて、いろんな人がいたし、目があった私にパッと声をかけてきたのも共和党側の人たちだったし。「旅行者なんだよ」つったら、「あらそう。じゃあステッカーだけでもおみやげにどう? 中国? 日本? いいわねえ、観光なんて」なんて感じで。

まあ、そんなことだけで判断しても仕方ないんですが、そういう一見気のよさそうなおっちゃんおばちゃんたちを取り込めなかったのがケリーの敗因だったのではないかと。
「正論」より「感情論」で世界が動いてるってことに憤ったって、こればっかりは変えようがないと思うんですよねえ。

こいけくん、堺様、コメントありがとうございます。

ホント、都会且つインテリの閉じた世界だけ覗いても、世界の趨勢は判らないものですね。ついでに言えば、インターネットを生活の必需品にしている人は、世界ではどれだけのパーセンテージでしょうか。こういうブログも、そのことを考えると、ちょっと哀しくなりますが、今更都会人(これは単に大都市に住んでいるというだけで、洗練された、という意味ではありません)且つインテリの立場を辞めるわけにもいかないですし・・・。

>民衆は賢しらな人を嫌うもので、そういう意味ではどれだけテレビ討論で勝っても、ケリーという人の印象は良くならなかったってことではないかと。所詮、選挙で一番大事なのは公約じゃなくて本人のイメージなんだ、なんてことは百も承知してたはずなのになあ。

うーん、確かにおっしゃる通りなのですが、これじゃあ、「アメリカが世界に布教しようとしている民主主義」って一体・・・という気持ちになってしまいますよね。「反知性主義」(@ホーフスタッター)の伝統、ここに極まれりって感じがします。

そういえば、最近「保守的」な論客は良く「ノーブレス・オブリージュ(高貴な身分には義務が伴う)」ということをいいますよね。もっとちゃんとエリート教育をしろと。一瞬「そうだよな」と思ってしまうんですが、何か引っかかります。
でも、既に「階層社会」化が進行しつつある今、実態がそうであれ、「建前」としてどんな人間にも門戸が開かれている、というのが重要だと思います。ということで、義務教育にお金をけちったり、義務教育段階で成績順に振り分けたり落第させたりというような文部科学省とかが進めようとしている一連の改革には反対です。
何か選挙の話と外れちゃいましたが、まあお許しを。

 川瀬さんがそういうつもりはないのは承知しているつもりなのですが、わたしは三流私大理系出身のアンチ・インテリ派なんで、どうしても文系的エリート志向には反発してしまいます。
 たとえば、『知の欺瞞』の著者たちが何に苛立ちああいう行動に出たのか、理解できてないし、しようともしない日本のポスト・モダニストな人々は大学内で生き腐れてしまえ、とか思う方でして。

 保守派というか、自分がエリートだと思いこんでいるオヤジどもが唱えるノーブレス・オブリージュなんてクソでもくらえです。そんなところから、何かが生まれた試しは歴史上あんまりないんじゃないでしょうか。
 教育が広く行きわたっていない国で、高い教育を受けた一握りの人間が政治を掌握しようとしたら、結果的にどういうことが起こってしまうかは、まさに中東諸国の現状が証明しているような気がします。

 ただ、教育の程度と、個々人の感情論というのは、全然別のものだってこともあるんじゃないでしょうか?
 今回の選挙でブッシュに投票した人の中にも、極端な金持ちでも貧乏人でもなく、また熱狂的な福音派教徒でもなく、それなりに教育をきちんと受けた中産階級の人々だって大勢いたはずで、そういう浮動層を取り込めなかったのがケリーの敗因だと思うからです。
 今回のケリーは、浮動層を取り込もうとして、序盤で自分の立場を鮮明にしそこねたのもなかなかイメージアップしなかった一因なんじゃないでしょうか。
 それを「反知性主義」と言って一言で退けるのは、やはり「インテリの怠慢」なのではないでしょうか。

 また、たぶんエリート教育云々を言いすぎる人は官僚にはなれても政治家としちゃ大成しないと思うんですよ。逆に、たとえその人が二流大学以下の出身の非エリートでも、大衆受けさえできて根回し上手なら政治家としてかなりのところまでいくんじゃないでしょうか。要は、政治家というのは我々に対してアピールすることで当選する職業なんだから、「何を言うか」も大事だけど、それを「どう表現するのか」も大事なんだと思います。そこを外して政治家という仕事を語っても仕方ないんじゃないかと。

 実は、確かに私も反ブッシュ、反福音派なんですが、だからといって民主党びいきというわけではないのです。
 ベトナム戦争の時だって開戦に踏み切ったのはケネディだし、中東でしょうもない人質奪還作戦やらかして失敗したのはカーターで、ソマリアの『ブラックホーク・ダウン』事件時の大統領はクリントンと、みーんな民主党。また、インターネットの使用に制限を加えようとして上院で共和党の議長に「表現の自由を損なう」と止められたのも民主党。
 自民党の政治家たちが今回口をそろえて言っているように、日本に対して貿易とかで一貫して冷たいのもクリントン時代の民主党。
 そんなわけで、民主党左派はブッシュに代表される共和党右派と同じくらいたちが悪いような気がしているのでした。
 わたしが一番好ましいと思っているのは共和党穏健派なんですが、党内は今ブッシュ配下の右派が牛耳られてます。だから、ぜひとも今回はケリーに負けて、ブッシュ一派が一掃されて穏健派に勢力を盛り返して欲しかったのですが。とほほ。

 つまりまあ、民主政治と衆愚政治は常に表裏一体なのは、ローマ時代から何も変わっていないわけで、それに嫌気がさしてエリート主義に走ることこそ、カエサルやヒトラーといった独裁者たちの台頭を許す最大の愚行なんであって、なあなあな気持ちで間接民主制とつきあっていく気持ちをみんなが持つことが一番大事なんじゃないかという、まあ、平凡かつしょうもない意見なのでした。

 とにかく私はこの数年、共和制末期のローマ、ワイマール時代のドイツ、昭和初期の日本などで、いわゆる「知識人」がいかに発言し、いかに行動したのか、ついつい考えてしまうのでした。世相に迎合するのも沈黙するのも論外、かといって他人が耳を貸さない文句を言い続けるのも無益、だからといって暴力に訴えるのはただのテロ。まあ、最悪の場合は国外逃亡しかないわけですが、今の世界でアメリカや日本からどこに逃げるのって感もあり……。心配しすぎでしょうかねえ?(-_-)

堺様、耳が痛いというか、一々納得のコメントです。

>たとえば、『知の欺瞞』の著者たちが何に苛立ちああいう行動に出たのか、理解できてないし、しようともしない日本のポスト・モダニストな人々は大学内で生き腐れてしまえ、とか思う方でして。

『知の欺瞞』に関しては、僕はあの作者たちに同感しています。要するに、こけおどしのポストモダン言説なんか、中味がスカスカなんだ、「王様は裸」であると言った功績は大きいと思います。問題は、おっしゃる通り、それをしようともしない日本のポストモダニストでしょうね。

>教育が広く行きわたっていない国で、高い教育を受けた一握りの人間が政治を掌握しようとしたら、結果的にどういうことが起こってしまうかは、まさに中東諸国の現状が証明しているような気がします。

僕もそう思います。ですから、今までの日本のような、建前として教育の機会が比較的開かれていて、立身出世ができるという構造の社会は素晴らしかったと思います。一握りのエリートたちに委せていたら、どんなひどいことになるのかは、堺さんも例にしている戦前の日本を見ても明らかだとも思います。戦前こそ、まさに実も蓋もないエリート教育がおこなわれ、「選良」たちが政治や行政を全て仕切って、あのざまでしたからね。

>今回の選挙でブッシュに投票した人の中にも、極端な金持ちでも貧乏人でもなく、また熱狂的な福音派教徒でもなく、それなりに教育をきちんと受けた中産階級の人々だって大勢いたはずで、そういう浮動層を取り込めなかったのがケリーの敗因だと思うからです。

要するに「普通の人」ですよね。どういう基準で「普通」というかは難しいですが、確かに、ケリーの敗因はこういう層を取り込めなかったことにあるでしょう。

> それを「反知性主義」と言って一言で退けるのは、やはり「インテリの怠慢」なのではないでしょうか。

これは耳が痛いです。しかし「ケリーはフランス語が喋れるだってよ。かっこつけやがって」という理由でブッシュに投票、という例を聞くに付け、「それってどうなんだろう」と思うのも事実です。

日本だって、親しみやすさが政治家の重要な要件であることは承知していますし、必要なものだとも思います。しかし「親しみやすさ」だけでよいのか、ということを考えたいのです(繰り返しますが、エリートのみが政治に関わることができる、なんて考えは一切持っていません。念のため)。

「何を言うかよりもどう言うかが問題だ」というのは、卑近なことですが、僕の場合は大学の講義や学会発表でそういうものを求められることがあります。昔、予備校や塾でアルバイトをしていたときはもっとシビアでした(一定数の生徒からクレームが付くとクビでしたし)。
しかし、やはりここでも敢えて僕などは言いたいのです「耳障りの良いことばかりでよいのか」と。少なくとも、今の日本は知ろうと思えば色々調べることもできる「自由な社会」なのですから、余りに発言のあり方だけに気を取られて、その内容に全く無関心なら、それは怠慢の誹りを免れないのではないでしょうか。

素人の感覚を維持できるセミプロ、というポジションが政治家としては理想なんでしょうけど、難しいでしょうね(変にアマチュア過ぎたり、官僚上がりでプロ過ぎたりする例は多いですもんね)。

なお、僕はアメリカの民主党びいきですが(マイノリティ問題などを考慮すると、民主党に与するしかないです。少なすぎる選択肢は問題です)、ケリーが素晴らしいとか、そういう判断は全くしていません。まさにABB(Anyone But BUSH)というだけです。

>わたしが一番好ましいと思っているのは共和党穏健派なんですが、

僕は、ヘタレサヨクとして「民主党左派(日本のですよ)」を支持しております(笑)。アメリカについては、政党の問題と言うより、国際協調を重んじるならどちらでも良いというのが正直なところです。
日本では、ある意味自民党の核だった橋本派が衰弱してきて、純ちゃん一人焼け太りという感じですね。トホホ。

>つまりまあ、民主政治と衆愚政治は常に表裏一体なのは、ローマ時代から何も変わっていないわけで、それに嫌気がさしてエリート主義に走ることこそ、カエサルやヒトラーといった独裁者たちの台頭を許す最大の愚行なんであって、なあなあな気持ちで間接民主制とつきあっていく気持ちをみんなが持つことが一番大事なんじゃないかという、まあ、平凡かつしょうもない意見なのでした。

全く同意見です。その「面倒くささ」に耐えることが民主主義なんだと思います。それに耐えられなくなったひとが多いので、小泉や石原の人気があるのでしょう。これは、考えようによっては、本当に危険な徴候だと思います。ヴァイマール期のドイツと似てきたのかもと、少し嫌な想像が働きます。反戦ビラを撒いただけで、えぐい判決が出る昨今ですものね。もはや「戦前」かも・・・。

http://mytown.asahi.com/tama/news02.asp?kiji=3696

「頭でっかちの大学人の想像」と「そうではない人たちのもつ意識」の乖離って、別に政治に限ったことではなく、たぶん宗教なんかもそうですね。
見えない宗教だ共同体の崩壊だ、と大学コミュニティで言ってるいっぽうで、「無宗教を自認しながらお盆の行事をし、墓の継承に気を遣う地方のひとびと」はまだまだいるでしょうし。
全国規模の宗教統計調査、ひんぱんにやってほしー

>「面倒くささ」に耐えることが民主主義なんだと思います。それに耐えられなくなったひとが多いので、小泉や石原の人気があるのでしょう。これは、考えようによっては、本当に危険な徴候だと思います。

いや、もう、これはまさに川瀬さんのおっしゃるとおりで、この何年か、ものすごく気が重いです。どうなっちゃうんでしょうねえ、この国は。

唐沢俊一さんの日記にも、きついインテリ批判が。
http://www.tobunken.com/diary/diary.html)
いや、私は、唐沢さんは唐沢さんで意見がちょっと反動すぎるとも思うのですが、でも「現実」というものを一番正しく認識しているという点はあるんじゃないでしょうか。

堺様、先程唐沢さんの日記を読みました。いやあ、ホントその通りだというしかないですよね。「アメリカの無知な農民が」式の言い方では、一歩も前に進めないと思います(日本でも田舎の土建屋政治を小馬鹿にしているだけでは何も変化しないのと同様でしょう)。

こいけさま、確かに「宗教か宗教ではないかは学者の都合」といっちゃうと実も蓋もないですが、乖離はあるでしょうね。阿満先生の『日本人はなぜ無宗教なのか』(ちくま新書)などは、タイトルからしてそのへんを上手く付いた本だと思います(学生に読ませることも多いです)。

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