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December 28, 2004

ロックどころか精神が「死んだ」日

先程、あまりのしょーもなさとくだらなさを感じて身もだえするニュースをネット上で発見。

それは、あるインディーズバンドが、会場のスクリーンに香田証生さんの殺害映像を映し、現在主催のTBSが猛抗議だとか。TBSはこのバンド名を出さない方針だったようですが、調べたら、「夕刊フジ」がしっかり暴いてくれていたので、この「KLACK(クラック)」とかいうどーしよーもないバンドについての感想を一言だけ。

以前もとX-JAPANのYOSHIKIが天皇・首相に招かれる事態(在位十周年記念式典)を見て「本当に日本のロック(笑)は死んだな」と思ったのですが、今回は、ある意味それ以上の衝撃を受けました。ロックが死んだ、とかそういうちゃちな感慨ではなく、「とにかく過激にやりゃいいんだよ」という何も考えていないこのバンドのアホぶりというか、その精神の腐食ぶりに「戦慄」したのです。こんなのはパンクでも何でもありません。

YOSHIKIの時は、「まあ、ポール・マッカートニーも爵位もらったし」などとまだこじつけて言い訳ができたのですが、今回の場合は、第一趣味が悪すぎる。80年代の臓物投げていたパンクバンドの方がまだ「パンク」だなあ(全然好きではなかったけど)。

「ロック」どころか「精神」が死んだ日を見届けたような気分になりました。

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Comments

こいつらは、ロックじゃなくてタダのDQNだという話です。

ここ参照。
ttp://d.hatena.ne.jp/maemuki/20041130#p2


あと、日本はそもそも「ロック」はそもそもなかったのでは?
>なんか宮台センセイがそんなことを言ってたような・・・(ヒップホップマンセーの合間に)

Posted by: umeten | December 29, 2004 at 12:43 AM

umeten君へ

ロックだろうが、ただのDQNだろうが、そんなことは関係ないです。DQNだからこそ、非難しているのです。

日本にロックは存在しないかどうか、というのは、人それぞれなので何とも言いようがありませんが(僕はあったし、今もあると思っていますが)、僕の考えているロックは要するにスタンス(立ち位置)のことです。もっと言えば「心意気」ってことですね。

ヒップホップとひとまとめに言っても(宮台さんの議論は知りません)、ロックスピリッツがきらめいている奴と、ただの罵詈雑言や自慢話をリズミカルに言っているだけの奴と分けられるように、ここでは音楽ジャンルとしての「ロック」という意味で使っているのではありません。ということでよろしく。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | December 29, 2004 at 12:19 PM

お久しぶりです。TBさせていただきました。

その現場にいて、そんなもの見たくないのに強制的に見させられることとなってしまった人がかなり可哀想です…。

Posted by: porcius | December 29, 2004 at 12:59 PM

porciusさん

何でもこのバンドは自分たちのステージが始まる直前に「見たくない奴は見るな」という趣旨のビラを配っていたそうです(それで責任逃れをやらかそうとしたみたいです。ここにも彼らのヘタレ振りが如実に表れていますよね)。

にしても、彼らの「想像力」の無さにはあきれかえります。一番素朴な「自分がされたらどういう気持ちになるか」というレベルの話です。
例えば彼らの肉親の殺害現場や、自宅が放火で燃やされているような映像を「ビジュアル的にイケてるから」と他人がプロモーションヴィデオで使ったらどうでしょう。彼らはそれを笑って許すでしょうか。
「他人を殺して何が悪いんですか?」と聞いて、大人を黙らせて得意がっている中学生と同じですね(こんな言い方したら中学生に悪いか)。大人が黙っているのは言いこめられたからではなくて、答える必要がないくらい、こういう質問が「愚か」だからです。

彼らはまさに「愚か」の一言で片が付いてしまうのですが、繰り返しになりますが、僕はやはりその精神の荒廃振りに慄然とせざるを得ません。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | December 29, 2004 at 05:19 PM

川瀬様 お久しぶりです。
ドキュン投稿掃除ご苦労様です
確かに、日本にもロックはあった。ある。のかもしれません。
しかし、このように騒ぐだけで面白がってる連中が出てきたのはロック界の上のものが体制反抗のポーズをとるだけで単なる流行として、反体制を叫んできたことも深く影響しているものと思われます。

十年程前反原発、核再処理ソングを歌いながら現在、涼しい顔してビールや車の宣伝に出演している佐野。ゼネコン清水建設のCMに出た、清志郎。
彼らに大いに責任がある。

佐野元春「警告どおり、計画どおり」
http://www.moto.co.jp/works/songs/Singles.html

忌野清志郎「ラブミーテンダー」
http://paulkim.hp.infoseek.co.jp/singers/singers/lyric/lovemetender.htm

Posted by: 如月イレブンth | December 29, 2004 at 05:20 PM

宮台氏のヒップホップ論(?)は、こんなところです。
ttp://www.miyadai.com/index.php?itemid=110

ttp://www.miyadai.com/index.php?itemid=62

語られる「ロック」において、精神性や政治性が問題にされてないとは思っておりません。
ただ、日本のロックは、はじめから「ラブアンドピース」というものの上っ面だけを利用してセックスを歌っていたようにしか思いません。(私にはロック、ポップスへのアンテナが立ってないのでその反証は知りません。あしからず。)
政治の季節にはやっていたのは、フォークでした。

また、「自分がされたら~」という事に関しては、彼らにはある種「自我がない」のではないでしょうか。または、自己に対する「無力感」「虚無感」が根底にあるのでは、と考えます。
自分に対する肯定観がなくなれば、人は「どのような行動であろうと」その価値を同質にとらえるようになるのではないでしょうか。それは、全否定=全肯定の境地、善悪の彼岸の境地における、「本願誇り」に似たものにも感じます。
つまり、彼らは犯罪者と同質の精神性(メンタリティ)を持っているといえます。
社会性・関係性が「切れて」しまっているのです。

肯定するつもりはとてもじゃないがありません、念のため。
私の中の暗黒面がそう囁くだけです。

Posted by: umeten | December 29, 2004 at 05:59 PM

如月様、こちらこそお久しぶりです。

>ドキュン投稿掃除ご苦労様です

あらら、ご覧になっておられましたか?(笑)
朝起きたら何か変なな書き込みがあったので、返事するのも面倒なので、消しちゃいました。

>確かに、日本にもロックはあった。ある。のかもしれません。
>しかし、このように騒ぐだけで面白がってる連中が出てきたのはロック界の上のものが体制反抗のポーズをとるだけで単なる流行として、反体制を叫んできたことも深く影響しているものと思われます。

これは鋭いご指摘だと思います。
具体的に反抗する対象がないにもかかわらず、「反抗のための反抗」というか、反抗が自己目的化しているというか・・・。しかもご指摘のように代表的なロッカーが率先して「企業の論理」に巻き込まれている。これは大きな問題ですよね。
彼らも喰わなくちゃいけないんですから、CMに出るなとか、そういうことは言いませんが、どこかで折り合いを付けて欲しいものです。
昔、テレビへの出演拒否自体が「ロック」だった時代が懐かしい・・・。

umeten君へ

>ただ、日本のロックは、はじめから「ラブアンドピース」というものの上っ面だけを利用してセックスを歌っていたようにしか思いません。

という発言は、上の如月さんのと通底している問題意識ですよね。所詮「ファッション」でしかないと。

>また、「自分がされたら~」という事に関しては、彼らにはある種「自我がない」のではないでしょうか。または、自己に対する「無力感」「虚無感」が根底にあるのでは、と考えます。

なるほどなあ。判る気がします。umeten君も彼らを弁護するつもりが無いのは承知していますが、それは言い訳にはできないよね。

>社会性・関係性が「切れて」しまっているのです。

「切れて」いるか・・・。彼らの想像力の無さを言い換えると、こういう事になるのでしょうね。
でも、あえて混ぜっ返すけど、彼らは過激な行動で、何とか世間と「繋がろう」としていた、とは言えないでしょうか?僕などは、そういうあり方を端的に「甘え」と呼びたいのですけど(笑)。
「自己表現」という美名の下でなら、何をやっても良いという間違った考えですよね。「何かを表現しなければ」という現代社会の強迫観念の「犠牲者」と言えなくもないか・・・。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | December 29, 2004 at 07:07 PM

紹介するのはk dub shineで、
「映画8マイルで日本にもフリースタイルが紹介された」??
ヒップホップが「悲惨な境遇に置かれた黒人たちの表現」?
宮台さん、ヒップホップについては何にも知らない人だね(笑)。

フリースタイルなんて日本でもずいぶん前からやってるよ!
ヒップホップは「公園で遊んでた黒人の表現」だよ!
k dub shine、ノリが悪くて私は嫌いです。
「社会的なメッセージがある芸術を過大評価する」という社会学者がよく陥る悪癖にハマってますね、宮台さんも。

「日本に本来のカウンターカルチャーはなかった」
「日本に本来のボランティア精神はない」
・・・こういう「日本に本来の○×はない」式の議論って、
結局「インサイダーの独善」か、よくある「インテリの日本ぎらい」の表出でしかなく、建設的な議論になっているのを見たことはありません。
またどういう現実があれば「本来の○×」があったことになるのか、基準が示されにくい気もします。

Posted by: こいけ | December 30, 2004 at 11:09 AM

こいけ先生

>「社会的なメッセージがある芸術を過大評価する」という社会学者がよく陥る悪癖

思わず笑ったよ、自分のことを棚に上げて(笑)。
でも、よくよく考えると、僕の「ロック」という基準も、実は「社会性(社会批判、といってもいい)」が込められているか否か、という非常にファジー且つ古典的なものなんですよね。

>「日本に本来の○×はない」式の議論って、
結局「インサイダーの独善」か、よくある「インテリの日本ぎらい」の表出でしかなく、建設的な議論になっているのを見たことはありません。

まあそうですよね。僕がある意味唯一信じているこの手の言葉といえば「日本には未だ民主主義が根付いていない」というものです。
丸山真男をはじめとする「近代主義者」の意見を批判すればいっちょ前に見えるけど、大抵そういうのも底が浅いよね。

Posted by: 川瀬 of Joytoy | December 30, 2004 at 07:08 PM

1月19日付けで私のブログに「川瀬君へ再び」という題で、「萩尾望都」から「ロックの死?」についてまでの川瀬先生との議論について一応の総括を書いておきました。DQN(この言葉、気に入りました)な文章ですが、もし読んでいただけて「無視」のひとことでもコメントしていただければ幸いです。これ以上、えんえんと論争を続ける気も無いので、その点はご心配ないように。

Posted by: natunohi69 | January 19, 2005 at 05:00 AM

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