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March 30, 2005

IAHR終了!!

ようやく、一週間もの間続いたIAHR(国際宗教学宗教史会議)が終了した。いやあ、毎日「出勤」でしたよ。東京の自宅から、品川まで。

今日は韓国のソウル大宗教学科の知り合いのパネルと、アジア宗教のパネルを見学。この一週間で、約12ほどのパネルに出席。まあまあ出たほうだと思うが、英語が出来ないので、日本語のパネルや通訳ありのパネルを選んで出てしまった…。

学会とは、「society」というくらいで、やはり人との出会いが一番の目的だったりするので、パーティーや、パネルの終わった後に色々名刺交換をして、用意してきた名刺をほとんど使い切ってしまった。

学術発表の後は、総会。学会にも、総会と言うのがあるのです。規則改正やら、会計報告やら、新しい執行部役員の紹介とか、日本の学会も、国際学会もやることは同じだということを知りました。
新しいIAHRの会長や、様々な人から、日本側スタッフへの謝辞が送られて、"IAHR is officially closed,thank you"となった。スタッフをなさっていた方、本当にお疲れ様でした。あと、半月くらいは、みんな使い物にならないかも…。

というわけで、帰ったら、すぐに新学期の準備だ。おやすみなさい。

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March 28, 2005

パネル発表終了!!

今日は、僕が参加しているパネルセッションの発表日。要するに、僕の苦手な英語で発表する日だった。
僕達のパネルメンバーと、その発表題目は以下の通り。

Modern Japanese Buddhism and Pan-Asianism

KAWASE Takaya(Kyoto Prefectural University)
The Jodo-Shinshu Sect's Missionary Work in Colonial Korea: Mission of Civilization?

Tsujimura Shinobu(Japan Society for the Promotion of Science)
Fujii Nichidatsu's Buddhistic Pan-Asianism in Manchuria and India

Otani Eiichi(Toyo University)
Missionary activities of Nichiren Buddhism in East Asia

Osawa Koji(Graduate School of Taisho University)
The International Buddhist Society and the notion of 'East Asia Buddhism'

IAHR2005ourpanel僕達のやり方は、日本語でまずフルペーパーを作って(これは冊子として配って好評だった)、それぞれが可能な限り英語に翻訳して(ニュアンスが難しいところは飛ばしまくったら、日本語の半分くらいになっちゃったけど)、一応ネイティヴチェックを受けて、一人あたり20分くらいの発表をした。トップバッターは、このパネルの(一応)責任者(convenerと言います)の僕から。でも、僕を含めてメンバーは、司会者兼通訳を引き受けてくださった岡田正彦先生(天理大学)に依存しまくり。「Hello, everyone, it's time to start our panel. My name is KAWASE Takaya, the convener of this panel. Let me introduce the aim of our panel.」などと昨日暗記したフレーズを一気に叩きこみ、後は下を向いて、翻訳原稿を棒読み。勿論「噛みまくり」。(パネルの様子。左から大谷さん、僕、司会の岡田さん、辻村さん、大澤さん)

いやな汗をかきつつ、何とか強引に「That's all. Thank you for your attention.」と締めくくって、はじめて顔を上げたら、思いのほか沢山の人がいて、嬉しいやら、びびるやら。僕は10名ほどのオーディエンスかな、と思っていたのだが、ざっと数えて30から40名ほどの方が来てくださった。それだけでなく、いわゆる「大御所」、例えば東大の末木文美士先生や、大谷大学の木場明志先生や、アメリカのWilliam Lafleur先生(もしかしたら、人違いかも。でも、ラフラー先生はIAHRにいらしていたのは確か)とか、綺羅星のよう。こんな方々がいらしてしまうと、嘘をつけなくなって非常に困る(笑)。ちょっとでも間違ったことを言うと、「それは違うんじゃないでしょうか」と突っ込まれそうで、舌が凍りつく。でも、僕達が答えられないような質問(高楠順次郎についての質問とか)を逆にフロアにいらっしゃった末木先生に振って、代わりに答えて頂いたりしたけど(一番の専門家の前で、下手なことはいえません)。

英語での質問は、結構聞き取れた気がするのだが(国際学会だからわかりやすい英語をお互いしゃべるし、フロアにいる外人の先生は、日本語がお上手な方が多かったので、気を使っていただいたのだろう)、それをニュアンスも含めて英語で返答する事は、最初からあきらめていたので、「My comment will be translated by Mr.Okada (laughing)」と最初っから投げていました。岡田先生に対しては、しばらく足を向けて寝られません(笑)。

ともかく、まあまあ成功裏にパネルを終えることが出来て、満足。その後はみんなで品川駅の裏手に回って(再開発された東口側は、僕ははじめて)、打ち上げ。久々の「安心しきった後」の酒なので、すぐに酔っぱらう。
とにかく、絶対にこなさなければならないお仕事は終了。

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March 25, 2005

IAHRスタート!!

本日から、5年に1回開かれる、世界的な宗教学者の集まり、「IAHR(International Association for the History of Religions)」が東京の高輪プリンスホテルを舞台に開催された。日本で開かれるのは、昭和33年以来だから、何と46年ぶり。その頃若手としてこき使われていた人が、今はすべて名誉教授のレベルの大昔だ。日本語での正式名称は「国際宗教学宗教史会議第19回世界大会」といいます。

今日、僕は昼過ぎに京都を出て、夕方からのレセプションから参加。
懐かしい顔も何人かちらほら。僕が京都に住みだしたせいなのだが。僕の先輩、後輩はまさに「総動員体制」でこき使われていて、申し訳ない気分になる。
レセプション会場も新高輪の地下一階のべらぼうにでかいところで、数百人がひしめき合う。

IAHR2005re01

(レセプション会場の様子)

明日から本格的に、発表三昧の一週間だ。僕は28日発表なので、緊張しています。特に、国際学会なので当たり前ですが、発表は(僕の苦手な)「英語」です。人前で、特にネイティヴを目の前にしての英語のプレゼンは、恐らく大学2年生の「英作文」のシュナイダー先生の授業以来です。ひえーっ。

明日は友人の発表を聞きに行く予定です。

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March 23, 2005

卒業式

今日は勤務校の卒業式。僕にとっては3回目だ。

僕が初めて教えた学年(僕は2年生以上の講義を担当しているので)が、もう巣立ってしまう。
時の流れの速さとともに、一抹の寂しさも感じる。女の子にとっては、一生に一度、袴を着る日ですね、卒業式って。

ともかく、これからの皆さんの人生に、幸多かれ、と祈るだけです。おめでとうございます。

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March 20, 2005

お見舞いと冥福を

福岡方面の大地震、お見舞い申し上げます。
友人や知り合い、親戚もおりますが、大丈夫でしょうか?

そして、地下鉄サリン事件から丸10年、僕は幸い昼過ぎから動いて、事件には巻き込まれませんでしたが、丸ノ内線が止まっており、茗荷谷から本郷まで歩いたことを覚えております(その日は、本郷で学科の予餞会があったのです)。
あの事件に巻き込まれた方のご冥福及びお見舞いを申し上げます。

というわけで、今日の災害にお見舞い申し上げつつ、10年前の「わざわい」を風化させないように、思い起こしております。

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March 19, 2005

『恋愛の昭和史』読了

このところ衝動買いすることが多く、散財していたので、今日は「緊縮財政」ということで自宅でひねもす読書。まあ、昨晩も「大人買い」した岡田あーみんの『お父さんは心配性』『こいつら100%伝説』を読みふけっていましたが・・・(改めて読むと、よくこんなものを『りぼん』が許していたなあ、と驚愕)。

今日は「活字を読もう」と、一昨日買った小谷野敦さんの新刊『恋愛の昭和史』(文芸春秋、2005、\1800)を早速読了。結構分厚く、昼過ぎから読み始めて、しっかり夜までかかってしまいました。相変わらず面白い。
僕はやはり小谷野さんの文章と、その「情報量」が好きなんだなあと再確認。いつも読み終わった直後は「物知り博士」になった気になれます。今回もほとんど読んだこともない戦前の通俗小説についての知識が得られて、僕は満足(特に、石坂洋次郎や平林たい子については、人間的な面も含めて興味が出てきました)。小谷野さんは本文中で

恋愛小説や恋愛論の秀作は、恋愛の下手な者たちによってこそ書かれうることを、この事実(「醜男」であった菊池寛がそういう人だったこと―引用者註)は示しているように思われる。それはやはり醜男でもてない男だったスタンダールがそうであったように、あるいは現代日本の美男作家の恋愛小説がちっとも面白くないように。(p.51)

といっていますが、この本も上記のような「心意気」で書かれたものなのでしょう、恐らく。
タイトルの通り、「恋愛」というのを中心にすえた昭和文壇史といった趣のこの本、相変わらずの法界悋気の炎が上記のようにボボボと所々で燃えさかっているのはご愛敬ですが(笑)、僕が特に「おおっ」と思ったのは、

「第九章 ジッド『狭き門』の深く広い影響について―芹沢光治良、福永武彦」

「第十六章 学歴と恋愛―学校の恋愛文化」

の2章です。まず、前者については、僕が福永武彦の大ファンである、ということが大きいのですが、小谷野さんは福永の『草の花』に見られるような不健全なほどの精神性優位の恋愛観(プラトニックラブ至上主義ですね)に対してはっきり「否」を突きつけ『草の花』を「有害な図書」とまで言い切っています(pp.182-5)。まあ、そうかも知れないなあ(僕もその思想に洗脳されて、不毛な学部生時代を過ごしてしまったかも・・・)と思いつつ、一つだけ反論するなら、『草の花』の最後の章で、主人公が愛した女性の口を借りて、そのような「精神主義的な恋愛」について、福永はちゃんと批判しているのではないかと思います。詳しいことは、どうぞ『草の花』をお読みください(と薦めちゃいます)。

後者については、「大学における恋愛」という、ちょっと(?)前まで僕が悩まされていたテーマでもあるからです。本筋とは関係なのですが、都立高校など、公立高校が凋落し、その代わりに中高一貫の男子校が東大合格者を量産するようになって、ますます異性に不慣れな男子が東大に集まることとなってしまったというくだり(p.299)には、思い当たる節がありすぎて爆笑。え、僕ですか。僕も、六年一貫の男子校出身でした・・・(あの六年間はなかったことにしてください、と思っています)。でも、中高一貫の女子校だって、学内のギクシャクした雰囲気作りに一役買っていた気がしますが、まあ、これは程度の問題でしょう。もともと東大は男子が圧倒的に多い大学でしたし。

この浩瀚な書でも、「誰でも恋愛はできる」というイデオロギーに対する批判のトーンは一貫しています。ですから、氏の愛読者である僕としては、新しい提言というのはなかなか見出し難かったのですが、戦前から、意外と問題は進歩していないんだなあ(逆にいえば、戦前も結構進んでいたんだよなあ)という感慨を新たにしました。こういう感慨って、妻経由ですが、平塚らいてう、与謝野晶子、伊藤野枝、山川菊栄らの論争を知ったときにも思いましたが。

近代日本文学に(ゴシップ的にも)興味のある方に、おすすめです。

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March 18, 2005

命令されたくない人

久々に政治ネタを連チャンで。

今朝、新聞を読んでいたら、小さな記事ですが、現在自民党が作成している「新憲法」の草案に、「義務」の一段階下の「責務」(要するに、努力目標ということみたいです)として「国防」「社会的費用の負担」「家庭の保護」などを明記するようにしたそうです。これだけでは、内容はよく判りませんが、意地悪な揚げ足取りをまず一発かますなら、「政界失楽園」といわれた船田元さん(彼は新憲法起草委員会内の「国民の権利・義務小委員会」の委員長です)、あなたがそれ(家庭の保護)を仕切りますか?(笑)まあ、僕も大人ですから、フランス人の態度を見習って、不倫ごときではグタグタ言いません。そんなものは、個人の自由だと思っています。上記のはあくまでジョークですが、「国防」ってのは何ですか?これはさすがにジョークでは済まない事案ですよね。あと、真ん中の「社会的費用の負担」って、この言葉だけでは何を指しているのか判らないのですが、今問題になっている(というか、これからも問題であり続けるであろう)年金とか、そういうことですかね(年金は確かに今のところ「義務」じゃないですし)。もしそうなら、「責務」なんて書かずに「義務」として、要するに税金で取ればいいと僕は個人的には思っています。もし、例えば消費税がそういう方面に使われるなら、ミサイルとかに消費されるよりはよっぽどマシだと思っています。

さて、僕がこの「改憲論」を見るにつけ、いつも思うことは、政治家の人って、特に自民党の人って、本当に「人に命令するのが好きで、命令されるのが嫌いなんだなあ。ついでに言うと、自分が命令される立場になるかも知れないということに想像力が及ばないんだなあ」ということです。そもそも「憲法」というものがどういうものなのかをご存じないようです。「憲法」って、国、もしくは国政を預かるものに対する国民からの「命令」なわけですよ、簡単に言えば。「憲法が邪魔で自由に動けない」という物言いは、本来はあってはいけない。今の「改憲」議論では、国民の「義務」や「責務」だけが一方的に説かれ、国がなすべきことについては、憲法第九条を除いては議論されていない(僕は当然第九条維持派ですが)。国民に「国防」を説く前に、そういう事態にならないように外交でなんとかしてください、というのが、僕の最低限の政府への要求です。

「恒久平和なんて人類の歴史上なかった。だから私はそんなもの望みはしない。だが何十年かの平和で豊かな時代は存在できた。我々が次の世代に何か遺産を託さなくてはならないとするなら、やはり平和が一番だ。そして前の世代から手渡された平和を維持するのは、次の世代の責任だ。それぞれの世代が、後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として長期間の平和が保てるだろう。忘れれば先人の遺産は食い潰され、人類は一から再出発ということになる。まあ、それもいいけどね」 弄んでいた軍用ベレーをヤンは軽く頭に載せた。 「要するに私の希望は、たかだかこのさき何十年かの平和なんだ。だがそれでも、その十分の一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。私の家に十四歳の男の子がいるが、その子が戦場に引き出されるのを見たくない。そういうことだ」 (田中芳樹『銀河英雄伝説』1巻より)

最後に、僕の敬愛するヤン提督の台詞で代弁させて貰うことにします。

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March 17, 2005

「竹島の日」雑感

とうとうやっちゃいましたね、島根県議会は。「竹島の日」なんか制定しちゃって。町村外相も「地方議会に口出しはできない」とか言っていて、それは正論ですが、ただ日韓関係に緊張を増すだけのこういうものを制定する島根県議会の「国際感覚」の無さを僕はいぶかしみます。もしかして、県議の中には「これで国に恩を売った」くらいに考えている人がいるんでしょうかね(ちょっと穿ちすぎかな)。
でも、「竹島の日」なんて制定しても、ほとんど実効性がないのは、「北方領土の日」を見ても明らかですが、政治は時に実効性より、「とりあえず言ってみましたよ」という「実績」を重んじることもありますから(こればかりになるとその政府は末期症状ですけど)、こういうのも「あり」かもしれません。でも、全国レベルの「北方領土の日」ですら、僕などにとっては「右翼の街宣車が街に繰り出す日」以外の何ものでもないしなあ。まあ、それはさておき。

改めていうまでもなく、両国が「竹島(独島)」にこだわるのは、別に古文書にこう書かれているからだ、というのではなく、端的に言えば「漁業権」や、これから見つかるかも知れない「海底資源」などの権益の問題でしょう。
そういえば日本は最東端の南鳥島には「自衛隊」「気象庁」「海上保安庁」を常駐させたり最南端の「沖ノ鳥島」を、コンクリートでで固めて水没を防いでいますね。「排他的経済水域」という概念のおかげで、海に面した国はどこも必死です。
そういう生臭い欲望を隠して「固有の領土」という歴史を物語ってしまうこと自体に、僕は問題があると思っています。「竹島(独島)」を「我が国の領土だ」という理屈が双方にあるのは承知していますが。法的根拠については、色んな所で解説されていますが、僕などはそれに納得しつつも、いつも

万国公法などと申候ても是又人之国を奪ひ候之道具にて毫も油断不相成(あいならず)、今日世間縦横往来相開け居候に付、名目無之(これなく)ては猥りに人之国も不被奪(うばはれざる)故、不得止(やむをえず)如此(このごとき)法を立候もの歟と愚考仕(つかまつり)候。(木戸孝允「明治元年十一月十三日付 野村素介宛書簡」、『木戸孝允文書』三)

なんていう台詞が思い浮かんでしまいます。この木戸の台詞は、明治政府が直面した「万国公法(国際法)」という、平等そうに見えて実は不平等なシステムに対しての不信感とともに、「結局世界を支配しているのは法ではなくて腕力だ」という露骨な判断を示している台詞なのですが(そういう判断のもとで近代日本が邁進していったのはご存じの通りです)、「法」それ自体が実は暴力を内包しつつ隠蔽させているということを思い起こさせてくれるものとして、僕はこの言葉を記憶しています。

理想論、机上の空論に限りなく近いことは承知していますが、「我が国固有の領土」という物言いを再考する時期に来ているのではないかと僕は思います。そもそも、例えば北海道にしても沖縄にしても、百数十年前には「日本」の領土ではなかったわけですし(シビアな言い方をすれば、彼の地でスペインのバスク地方のような独立運動が今のところ顕在化しないのは、「日本国民」である方が独立するよりもメリットがあるということに過ぎないのかも知れません。あと、人口の問題もあるでしょうけど)。
ですから、こういう「どっちの領土がはっきり決められないよ」という場所については、白黒つけるという思考法よりも、「まあ、山分けだね」という考え方で行った方が有効ではないでしょうか。「竹島の日」なんかを制定して向こうを硬直化させるよりも、竹島に日本の漁船が近づき補給を受けることを外交レベルで認めさせるとか。「韓国人は●●だから」と冷笑したり、差別的な意見を吐露するのは簡単ですが(そういうブログも多く見受けられます、残念ながら)、「禍転じて福となす」って、こういうことだと僕は「夢想」しています。難しいでしょうけどね。

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March 10, 2005

花粉症発症

今年の杉花粉はすごいらしいですね。
今まで花粉症ではないことだけが、病弱な僕の自慢だったのに、とうとう僕も発症してしまったようです。京都名物の「北山杉」にやられたかどうかは判りませんが。「春になると憂鬱」と言っていた友人の気持ちがようやくわかりました。

どうも今週あたりから、目がかゆく、鼻が詰まるという典型的な花粉症の症状が起こりまして、「もしかしたら・・・」と思っていたのですが、今朝、パンを買いにコンビニへちょっと外出した途端目がかゆくなり、確信しました。くそう。

昨日たまたま見ていたNHKの「視点・論点」(だったかな)で、杉花粉症についてやっていたんですが、まず杉の過剰植林は、戦争中にはげ山にしかけたのを必死で戻した結果だそうで。やはり、戦争の影は今の我々に・・・というのは半分冗談半分本気ですが、子々孫々にまで祟る、ということの典型例ですね、こりゃ。また、最近はバイオの発達で、花粉が少ない杉、もしくは全く花粉を付けない杉まで開発され、クローンでその苗が普及しつつあると言いますが、効果が現れるのは、数十年後でしょうから、この病気とは、生涯つきあって行かなきゃいけないんだなあ、と思い鬱になりました。
ほんと、寄生虫学の先生が言うように、寄生虫の一つや二つを体内に入れてアレルギーを抑えるというの、試してみたくなります。

今晩から関西は雨だそうで、ちょっとは過ごしやすくなるかな、と思いますが・・・。やれやれです。

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March 09, 2005

吾妻ひでお『失踪日記』を読む

いつも拝読している竹熊健太郎先生のブログで、吾妻ひでおの新作『失踪日記』(イースト・プレス、\1140)が取り上げられており売り切れ書店続出、という続きの記事にあおられ、昨日の帰り道に本屋によって探したら、京都駅の旭●書店では見つかりませんでしたが、何のことはない、近所の本屋であっけなく発見、即購入(ネットで購入をお考えの方は、是非竹熊先生のブログ経由でお求めください。竹熊先生はアマゾンのアフィリエイトでこの本を推薦していますので)。

内容はですねえ、読んで貰うのが一番手っ取り早いんですが、解説者の方々がおっしゃるように、吾妻さんの自分を見つめる視線は、これは唯一無二、とまでは言わないにしても、かなり希有な例ですよ。恐ろしく悲惨な状況を淡々と明るさ、ギャグも含めて書けるこの「精神力」には、本当に恐れ入ります。ナルシズムや韜晦がほとんど見られない、というのは、自意識過剰な僕みたいな人間からすれば、奇跡のようにすら思えます。

あと、印象深かったのが、アル中治療の章です(「アル中病棟」)。吾妻さんはもともとお酒はそれほど強くない人だったのに、どんどん深みにはまっていくのが判って、空恐ろしくなりました。
それと、「AA(アルコホリックス・アノニマス)」の集会に出席した(させられた)吾妻さんの観察も秀逸(pp.181-2)。AAはよくその集会のあり方や、集会の最後に唱えられる「祈り」などが着目されて、その「スピリチュアリティ」が宗教社会学者の研究対象になったりするのだが(僕のAAに関する知識も、AAを研究している先輩の論文からの受け売り)、吾妻さんはどうもこれに馴染めなかったらしく、後書き対談(表紙の裏にこっそりあります)で、「ミーティングでは受ける小咄をしてた」とギャグマンガ家として満点のお答え(笑)。

というわけで、「私小説」ならぬ「私漫画」の極北の一つであることは間違いないこの作品、おすすめです。

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March 05, 2005

サブカルからナショナリズムへ

今日は久々にだらだら過ごせる休日。てなわけで、テレビと読書三昧。

今日読んだのは、北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHK出版、2005)と、荷宮和子『バリバリのハト派』(晶文社、2004、こっちは拾い読み)。この2冊、同時に読んだら北田君のほうはもしかしたら嫌がるかもしれないけど(確か彼、ブログで荷宮さんをちょっぴり批判していた記憶が…。僕も彼女の「くびれの世代」という世代論は却下だが)。まあ、ともに、サブカルチャーとナショナリズムの関係に着目した論考である(僕は、ナショナリズムが「サブカルチャー」化しているのが昨今だと思う)。そして、教えられること、考えさせられることが多かった。以下はその備忘録。

まず、北田君の本は、前に読んだ大塚英志の『「彼女たち」の連合赤軍』、大澤真幸の一連のオウム論(「第三の審級」云々というやつです。『虚構の時代の果て』ちくま新書、とか)の系譜に位置付けられるであろう野心作、だと思う。彼はもともと社会システム論とかに造詣が深いから、大澤氏のシステム論的な視座と、大塚氏の世代論的社会批評をかなりうまくミックスしていて、「ああ、こういう方法があったんだ」と思わせてくれた。ついでに言うと、どうして僕は2ちゃんねる(的なもの)が嫌いなのかを、すっきり教えてもらったような気がした。よーするに、僕は、2ちゃんねるに横溢する際限のない「アイロニズム(隘路ニズム、と最初誤変換されたけど、そういう感じだよな)」「シニシズム」についついベタに反応してしまう感性の古いタイプの人間だからだろう。北田君の指摘によると、2ちゃんねるという空間は、徹底してアイロニカルに振舞うことを要求する「形式主義」の空間だそうだ。

「内容」「理念」を付随化するその形式主義ゆえに、アイロニカルにみること自体が自己目的化してしまうことに注意しなければならない。(中略)純化された形式主義者たるかれらにとって、『朝日』が「何を」書いているか・意図しているかはじつはそれほど重要なことではない。もし仮に『朝日』が「らしくない」ことを書いていれば、「それも『朝日』の狙い」「『朝日』必死だな」といった具合に、陰謀論的に処理してしまえばよい。いかなる内容を持った記事であっても、それが『朝日』に掲載されている限り、いわば文法的に『朝日』を嗤うコミュニケーションのネタとして機能してしまうのだ(p.209)

なるほど、そこでは「ネタ」にマジ(もしくはベタ)に反応することが最も忌避される。話の「内容」も全く無視される。話に真剣に耳を傾け、その真意(裏)まで読み取ろうとすることのほうを重んじるような感性は最初から「拒絶」されるしかない運命にある。つまり、僕は「2ちゃんねる」という空間にそもそも召喚されないタイプ、という事だろう。ちっとも惜しいとは思わないけど。
あと、北田君は僕と同い年なので、彼が体験したサブカルチャーは、首都圏と関西圏の違いはあるけど、共通項があって(あり過ぎて?)、くすぐったいような気持ちになってしまったのも確か(後書きで「ローディスト」だった過去をカミングアウトするとは…。ぼくはアウシタンでしたが)。

荷宮さんのは第1部しか読んでいないけど(第2部は、僕の知らない宝塚が中心のようなので、パス)、彼女も2ちゃんねるのようなシニシズム(彼女はもっと退嬰的なものとして扱おうとしているが)をそれこそ「マジ」で批判している(その言葉は「正論」であるがゆえに2ちゃんねらーには届かないような気もするが)。僕も、彼女の論はちょっと乱暴な部分が多くて全面的に首肯することは出来ないのだが、いくつか納得、と思う言葉もあった。以下はその1つ。

自身が「無知」であるということを恥じるどころか、「無知」であることを盾にとって「自身の知らない感情を発露する他者達」を過剰に糾弾するのが今の若者なのだ。(p.42)

僕も、このことは良く感じる。特にネット上で論戦(と呼べるのかどうか)があると、自分の無知に開き直って「じゃあ、噛んで含めて教えてくださいよ」と見ず知らずの人に要求する、というシーンはよくあるし、僕も経験したことがある。でも、問題は、教養主義の崩壊という話ともつながると思うのだが、「ここまでは知っておかねば」という基準が無くなってしまっており、共通基盤のないもの同士がいきなりネットで衝突することになることが常態化しており、その知識の水位差を無化する方向で、形式主義的にアイロニカルに振舞う2ちゃんねる的コミュニケーションが出てきたのではないか、ということである。で、「ベタ」にそれに立ち向かうと、必ず「負けてしまう」。向こうは「ベタ」をバカにして(本当は相手の言葉に依存しているのだが、その構造は隠蔽される)「そんなこと言っているから(w」と身をかわしていくだけでいいので楽なポジションだ。そして「ベタ」側がそのトートロジカルな構造の前に「失語症」になるとそれを「勝利」と受け取れる美味しいポジションである。
いわゆる「歴史修正主義者」や「ジェンダーフリー」バッシング論者に対する時も、似たような消耗戦を強いられてしまう。それは、彼らも自動的に相手を貶める「文法」を操っているだけだから。僕個人としては、そろそろそういう「ためにする」議論に付き合う必要も感じなくなっているけど。

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March 03, 2005

論文提出

この二ヶ月ほど、懸案になっていた論文を何とか今日、提出しました。〆切は明日だったので、何とかセーフといったところです。ふーっ。
さすがに疲れました。

このところ眼精疲労がひどく、毎日キューピー○ーワを飲んで、おしっこを真黄色にしていた日々よ、さようなら、って感じです(下品ですみません)。そういえば、「POPOI」でも、翌日健康診断があるのを忘れて、ショ○ラBB飲んでしまって(以下略)という失敗談を読んだことがあったな。
論文の出来はひどいものでしょうけど、とにかく解放感はありますね。

この数週間は、研究室でずっと澤野工房のジャズと、古内東子さんと、鈴木祥子さんのCDばかりをヘビーローテーションで回していました。どれももともと好きなんですが、特に女性ヴォーカルのこの二人、追い詰められているときの脳みそにガツンと来て、麻薬のように聞いておりました。なんでだろ。

てなわけで、明日からはちょっとは落ち着いて、愛想も付き合いもいい川瀬に戻る予定なので、今しばらく休ませてください。
でも、今月末の国際学会の準備もあるんだよな・・・。学生の皆さんが休みのときこそ、忙しさが津波のように襲ってきますね。

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