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April 28, 2005

今少し躊躇うこと、立ち止まること

昨日新聞広告を見ていたら、『週刊文春』の広告に、気になるフレーズがあった。
それは、例の尼崎での列車脱線事故についてであるが、その運転手の家族(母親らしい)に早速インタビューしたというもの。見出しも「JR脱線事故死者70人超 暴走運転手の素顔 小誌直撃に母は…」となっている。それを見た途端、いやーな感じがした。僕は元々、『週刊文春』とかは、敬愛する土屋賢二先生のエッセイを立ち読みするだけなのだが(いわゆる週刊誌は買う習慣がない。記事の90%は僕から見てあまりにくだらない且つ下品だから)、それにしても、まだ原因もよく判っていない段階で、運転手(とその家族)をあげつらう行為としか見えないようなことを、こんな拙速におこなって良いのだろうか、という疑問がわき上がる。この段階(まだ救助作業が続いているというのに)で「あの運転手が「犯人」に決まっているじゃないか(故に好き放題書いても構わない)」という断定は、慎む、というか躊躇してしかるべきなのではないか?一方的に叩くことのできる(であろう)対象をとことんしゃぶり尽くすかのように攻撃を加えるマスコミ(とそれに追随する「普通の人々」)という図は、醜悪さを通り越して、空恐ろしさを感じる。もう出てしまった週刊誌に対して言っても仕方ないが、もう少し躊躇ったり、立ち止まるということはできないものか。一番世間に対して申し訳ないと思っているのは、JR西日本の関係者や、もっと言えばあの運転手の家族に決まっているのだから、既に土下座している人に対して「頭の下げ方がなってないんだよ」と嗜虐性をむき出しにするような取材は、いかがなものか。

と思っていたら、ジャーナリストの綿井健陽氏(高校時代の旧友)が、僕の言いたかったことを代弁してくれていた(このエントリは、綿井君の文章を読んで、ようやく形になったものです)。綿井君の言葉を引用すると

この事故の責任や原因と、運転手の家族や母は関係あるのかなあ。何でも「家族」「生い立ち」「性格」に結びつけて、そして「犯人」を設定して、その周囲もまとめて吊るし上げる。だいたいいつもこのパターンだ。
 決してJR西日本の免責をしたいのではない(あえて書くまでもないことだが、一応念押しで言っておく)。
 だが、「過密ダイヤ」のことが言われているが、その過密ダイヤに追い込んでいるのはいったい誰なんだろうか。
 普段、東京で山手線やほかの電車にも良く乗るが、人身事故で「ダイヤが乱れた」とき、いちばんイライラ、何度も舌打ちしているのは誰なんだろう。僕も恐らくしている。
 駅員や車掌に「いつ動くんだ!」「運転再開の見通しを言えよ」などと怒っている光景もよく見るが、それは間違いなく普通の乗客だ。
 つまり、遅れを取り戻すことを無意識に要求・圧迫しているのは、普段電車を使って乗っている僕らの側、こちらの側なんじゃないのか。少しの遅れも許さない社会で生きているのは、何も電車の運転士だけではない。
 運転士の家や家族に取材する前に、そんなことを考えたり、想像したりすることはしないのだろうか。それは必要ないことなんだろうか。取材には余計なことなのだろうか。
 今すぐ「家族のコメント」を取ることは、何のためだ。誰のためだ?
 これもまた、ある意味で「遅れを許さない」雑誌の締め切り、OA時間に間に合わせるためなんだろうか?
 そうやって、また「誰か」を追い込んで、自分もまた同じことをしている。そしてまた同じことが起きる。
 この国でよく使われる言葉「事件の教訓」なるものを、次に生かせないのも無理もない。

 日本とはそんな国だ。(2005年4月28日=「集団的正義感」と命名する)

余りにもそのとおり過ぎて、却って言葉をなくす。救いは、そのような「躊躇い」や「想像力」を保とうとしている綿井君のようなジャーナリストがまだ存在してくれている、ということだけだ。

自分の正しさに躊躇いを感じない行為は、すぐに暴力に転化する。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

一連の報道も情緒的なものが目立つ
ように思われます。まるで遺族を代弁している
かのように声を荒げたり、涙を流したりする。
そして責任者を叩く。
報道機関がやるべきことではない。
それより事故の原因と社会的遠因をこそ
分析すべき。

自分達は1分、2分の遅れを問題にしたことは
ないのか?と確かに問いたくなってきます。

綿井さんの文章は、同意できる部分もあるけれど、容易に「我々自身の問題」「日本的」とゆってほしくない気もした。

たとえばオウム事件とかも、戦後日本の行きついた果てだのと言われたけれど、そんな論評でもって、我々の認識や社会構造が何か向上したかといえば、そうも思えない。

ちょっと別スレではありますが& U先生は嫌いそうな論客ですが(笑)、
これ面白かったです:

http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/050422_seijisekinin/index.html

虎哲様、昨日の阪神戦、残念でしたね。
まあ、それはともかく、ブログをざっと巡回しても、マスコミの高飛車さなどを批判する方は多いようで、ある意味安心しました。

今回のマスコミの報道の仕方を見て、自分が正義だと確信しているときに、人間は一番残酷になれるというのを確認したような気になりました。

こいけ先生
「日本的」というところは引っかかるかもしれないけど、僕はやはり「我々自身の問題」だと思いますよ。
大げさなこというと、サイードを気取るわけじゃないけど、知識人や政治家は、ある意味過剰なほどに、世の中で起こることに対して、たとえ明らかに自分が関わっていないようなことでもレスポンシビリティを感じるような「身構え」が必要だと思います(僕も君も、世間から見ればどうしようもなく「知識人」なんだから、「僕はそんな・・・」とかいっても始まらないと思います)。例えば、戦争責任なんて、その典型例だと思います。以前、「私はあの戦争に関わっていないから、ちっとも贖罪の気持ちとか湧かない」なんていることを言った国会議員がいたと思いますが(高市早苗だったかな)、ああいうのは、僕から見れば、政治家としての資格なしです。自分が犯していないことへのレスポンシビリティがなければ、全ては「他人事」で、政治の意味が無くなりますから。

あと、身近なことをいうと、僕も電車が五分遅れただけでいらいらする「イラチ(関西弁で「せっかち」の意味)」ですから(笑)、JRの時間厳守を後押ししていたのは、僕のこういう「イラチ」も一役買っていたのでは、と思います。

あと、紹介してくれたサイトですが、立花さん、たまにはいいこと言うなあ(笑)。

こんにちは。
【今少し躊躇うこと、立ち止まること】同感です。

私自身は、報道機関の”社会的制裁”の行きすぎは、ときとして”手遅れ”になることがあるので、ハッとしてブログのエントリに拙い言葉を残しました。

swan_slabさん、こんにちは。いつもブログを拝見しています。
ブログでおっしゃっていること、僕も同感です。マスコミの社会的制裁の行き過ぎは、ホント、取り返しが付かないものだと思います(オウムの時の河野さんで大変なことをしてしまったことが、どうしても思い出されます)。
僕が主張しているのは、「そこは押さえて、ぐっと我慢」というある意味古くさいものなのですが。

同感です。

消費者は無謬であるとされていることこそ問題かもしれません。その苛烈な欲求にJRは安全を犠牲にして応えたかもしれませんし、その代理人を自任するマスコミは自然残酷になっていくのかもしれません。自分たちは無謬ではないという自覚こそ、消費者としての我々が持つべきものだと思います。

ガメ様、時間厳守だとか車体の軽量化というようなことって、それによる「利益」を我々消費者はしっかり受けていたんですよね。そういうことも、とりあえず面倒くさがらずに考えないと。

>自分たちは無謬ではないという自覚

これって、すぐに見落としがちですよね。僕だって、例えばパソコンがトラブって、カスタマーセンターに電話を掛ける時は、どうしても高飛車な物言いになってしまいますもの。以前、書いた記憶があるのですが(去年の8月15日のエントリですね。)、「クレーマー」になんて、うっかりするとすぐになってしまいます。
ある意味、マスコミの「残酷さ」は、僕たちの「鏡」としての残酷さなのだと思います。

ご無沙汰しております。
HPの更新がなかなか進まないもので…
かと言ってブログもまめにつけてるわけではないですが(笑)

今回の事故とマスコミの姿勢には私も思うことがたくさんあります。
事故の原因としては、第一にJRの腐りきった企業的体質(お役所的体質など)と利益優先主義があることは間違いないでしょう。
しかし、見方を変えれば、上で言われているように利用者にも責任なしとは断言できないわけですし、長らく私鉄が優位に立っていた関西特有の事情もあるでしょう(だからと言って私鉄が悪いと言いたいのではありません。むしろ評価すべき点が多く、JRも見習ってほしい)。
マスコミはそういった背景を理解していますか?
なぜ普通に暮らしていた人をサリンの犯人と決め付けたのか?
カイワレとO157の関連をちゃんと説明できますか?
鳥インフルエンザが人にも感染すると証明できますか?
自分たちの無知を感情的なパフォーマンスで誤魔化すのは
いい加減にしてください、そう思います。
テレビを見ているのはもちろん我々視聴者ですが。

まあ、時間に厳しすぎる日本社会の問題ということになりますが、確かに役所も企業も学校も窮屈ですね。
たまには目を外(世界)に向けてみたら、とも思います。
もっと余裕があってもいいのでは?
しかし、時間管理の徹底によるメリットもあるので、
要は、自分自身の心の持ちようではないでしょうか。
電車が遅れたら「もう一本早い電車に乗っておけば良かったんだ。早起きできないって?運転手はもっと早く起きてるよ。」「会社に少し遅れたっていいじゃないか」とまあ、こんな感じで。
もっと余裕を持って生きれるよう心掛けたい。

電車関連の番組が変更になったことは理解できません。
抗議してくる者には「おまえは電車乗らないのか?」と反論してやればいいだけのことです。
「電車=悪」と決め付けて、マイカーはどうなるんでしょう。
原武史さん出演予定の番組も延期になったようですが、原さんこそ鉄道のことをまじめに考えている人なのに…


サンヂョンくん、お久しぶりですね。
マスコミ批判、僕もこのブログで結構しているのですが、繰り返しますと、マスコミの「愚かさ」(敢えてこう言います)は、それを待ちかまえて消費する我々の愚かさそのものでもあると思います。それは、僕が『週刊文春』を買わない、選挙では自民党に入れない(笑)と言っても、逃れられないものだと思います。「他人事」じゃないから、批判もしたくなるのです。

>電車関連の番組が変更になったことは理解できません。

この事件、僕は知らないのですが、ある番組には原武史さんがゲストで出る予定だったのですね?原さんとは約10年前、彼が東大の助手をなさっていたときにお会いしたことがあります。原さんも韓国研究をなさっていますので。
少し過剰反応ですね。

はじめまして!突然お邪魔してすいません。わたしは関西在住の大学生です。この脱線事故に対する自分の考えがうまく言葉や文章として表現できず歯がゆい思いをしていました。自分の気持ちの代弁者を探してネットサーフィンしていました。ここにたどり着きました。川瀬さんの日記を読んで、お腹の中のもやもやが取れました。ありがとうございます。
実は人様のブログに書き込むのは初めてです。実は、わたしのブログにこのページへ飛ぶリンクを勝手に貼ってしまったのです。「今、わたしはこんな気持ちやねん!」ということで。事後報告ですみません・・・。迷惑だったらごめんなさい!!

ヘビードラゴンさん、初めまして。

リンクを張っていただき、ありがとうございました。勿論、リンクを張ってくださるのは、ご自由に。

ヘビードラゴンさんのもやもやを少しでも僕の文章が解消したというのでしたら、これほど嬉しい感想はありません。ありがとうございました。
就職活動も頑張ってくださいね(大学教員の端くれとして応援しております)。

初めまして。「Y日記」というところからやってきました。
電車を急がせているのが私たちだということは、確かにそう思いますね。私はよく市バスを利用しているので余計に運転手との距離も近く、プレッシャーになるのかもしれません。遅れているときは仕方がないと思って、その後どうフォローしていくかなど、違うところに頭を使うべきですね。急ぎすぎない、かあ・・・気をつけたいと思います。

pierrotさん、初めまして。「Y日記」から来てくださる方が多くて、驚いています。こんな拙い文章にリンクを張ってくださったY先生には感謝です。
少し心に余裕を持つこと、すぐに他罰的な態度をとらないことなどを心がけたいものです。どれだけできるかは、心許ないのですが。

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