« May 2005 | Main | July 2005 »

June 29, 2005

「素人の集まり」としてのゼミ

先ほど、内田樹先生のブログを見ていたら、またまた考えさせられるエントリが。実は、僕もゼミや講義のやり方に対して常々考えることが多いのだが、今回の内田先生のエントリは、耳が痛いというか、身につまされる内容だった。
現在内田先生は、中国研究者が一人もいない環境で中国を語る、というゼミを大学院でなさっている。ところが、これが先生が言うには、非常に「生産的」なのだという。何故か。教師と学生の知識に水位差がないと、教師も泰然と構えてはおられず、きわめてスリリングな展開が待ちかまえており、その緊張感がゼミを活性化させるからだということだろう。

しかし、この「全員シロート」体制というのは教育的にはきわめて効果的なものであることが三ヶ月やってきてよくわかった。
教師がその主題についての専門的知識を独占的に所有しているということになると、聴講生たちは教師が誘導しようとする結論に誰も的確には反論することができない。
「キミたちは、『こんなこと』も知らんのだから、黙って私の言うことをききたまえ」ということになってしまう。
しかるに、教師の知識がゼミ生と「どっこい」ということになると話がまるで変わってくる。
発表者によってその日にあらたに与えられた情報を、これまでのゼミ発表で仕込んだ情報と組み合わせて、「ということは…こういうことじゃないの?」という仮説を立てる権利は全員にほぼ平等に分かち与えられている。
つまり、ここから先は「知識量」の勝負ではなくて、断片的知見をどのような整合的な文脈のうちに落とし込むかを競う「文脈構成力」の勝負になる。
誰も正解を知らないクイズ番組みたいなものである。

僕などはまだまだ「若く」「未熟」な教師ゆえに、学生に対して知識量の差を何とか作り出し(もちろん、長年研鑽を積まれた先生に比べれば、鼻くそみたいなものだが)、その水位差から生じる「勢い」で、講義やゼミをおこなっている傾向があると思う(このやり方は、自己弁護になるが、きわめて「普通」の大学教育である。僕が受けてきたゼミも、そもそも僕とは比較にならない知の巨人の後塵を拝して「自分でつかみ取る」という類の、修行めいたゼミがほとんどだった)。
内田先生がよく使う表現に則れば、僕はまだ「劫を経たおじさん」ではないので、却ってその「水位差」に頼ろうとしてあがいているのだと思う。昨日初めて読んで知った知識を、あたかも数年前から知っていて自家薬籠中のものにしている振りをする事だけは、まあまあ上手くなりつつある今日この頃だ。
そして、「なに、君たち、こんなことも知らんのかね。まあ、知識がないところからは、何も始まらないわな」とばかりに、ゼミで僕が学生を睥睨するものだから、学生は益々発言しなくなり、僕はといえば「これだけヒントを教えてやっているのに、発言する奴がどうしてこうも少ないのか」と不満に思う、という悪循環をいつのまにやら、やってしまっていたようだ。

内田先生のゼミは、言うまでもなく内田先生ご自身の博覧強記ぶり、「オールマイティ」さ加減と、やる気のある社会人も一緒にゼミに参加しているというモチヴェーションの高さが際だっており、「川瀬先生のゼミは、他の先生より楽そうだから」という理由で学生が集まることも多い僕のゼミとでは、そもそも比べるのが間違いなのだが、先生の「シロートの集まり」という部分には、僕も思い当たる節があるので、ちょっと思い出話をしてみたい。

僕は学部生時代、あるサークルに参加していた。それは「KAOS」という名前のサークルで、残念ながら、今はもう消滅してしまった。これは「Komaba Academic Optimist Society」という名称の省略だが、もちろん先に「カオス」という言葉があって、語呂合わせで考えた英語名称だったわけだが、このサークルは一種の茶話会で、様々な分野の人間が集い(大学も色々)、大体毎月一回会合を開いていた。そしてその会合では、一人が自分の「専門」に関する発表を行い、それに対して、基本的にその分野に素人の連中がつっこみ議論する、というのが活動内容だった。例えば僕が宗教学に関する議論をみんなの前で発表すれば、法学、生物学、化学、医学、物理学etc.の分野の連中がそれを聞いて、つっこんでくれた。これは今から思えば、自分の専門を他分野にも通じる話に鍛え上げようとするものだった、と格好良く回想できるかもしれない(実態はどうだったかは保証の限りではないが)。ちなみにこのサークルは、一度『AERA』に取り上げられたことがあります。1992年8月18日号で、ジャック・デリダが表紙のやつです。この号は「哲学」が特集されており、大学のある先生が、僕たちを朝日新聞社に紹介してくださったのです。お暇な方はバックナンバーを探してください。「宗教学 川瀬貴也」という文字が初めて全国紙に載ったのが、これです(笑)。まあそれはさておき、僕はこのサークルで、他分野の人に揉まれること、もっと言えば「素人目の生産性」、というのを身にしみて感じたのだ。でも、これにも条件があって、ある分野に関してはちゃんとした「専門」を持っていることが、生産性につながるのだと思う。この時に得たものは大きく、物理的な交流の広がりも、知識の幅も、自分の卑小さの自覚も、全てこのサークルで与えられたと思っている。

あと、大学院に入ってから、朝鮮・台湾・「満州」など、日本の旧植民地を様々な分野で研究する若手が集まった自主ゼミ「植民地勉強会」(そのまんまの名前ですな)というのに僕も参加して、その仲間たち個々人の能力の高さもさることながら(僕を除く)、やはりここでも、「KAOS」で感じたようなもの-特にこれは学際的な広がりを最初からある程度狙った集まりだったので-を感じた。身内褒めをしてしまうが、本当にこの自主ゼミでは様々な意見や知識が得られて、吸収する一方の僕には、大変有意義なものだった。この自主ゼミは素人と言うよりは「セミプロ」の集まりだったわけだが、他分野の話を聞くことの生産性は、やはり味わわせてもらったと思う。
僕が考えている「素人の生産性」は、正確に言うと、上記で述べたように、何か一つ、ある専門(得意分野)を持った上で、他の分野の専門的な話に「つっこみ」を入れること、ということだ。

さて、内田先生はこう締めくくる。

ふつう私たちは「専門的知識を備えた人間が指導しなければ教育は成立しない」と考えがちだが、そういうものではない。
仮説の提示と挙証、その反証という手順についてルールをわきまえたレフェリーさえいれば、どのような分野の主題についても学生たちは実に多くのことを学ぶことができる。
逆に、知識はあるが文脈構成力のない教員に指導されている限り、学生はたぶん何も身に付けることができない。

いやはや、耳の痛い言葉だ。まるで僕のことを言われているような気さえする(学生から「先生は物知りだけど、時々その話は何のために話しているのかが、わからなくなるときがあります」とやんわり批判されたこともあります。彼女は鋭い。その通りだ)。

ゼミで取り扱うテーマに関して全く知識がない、というのは論外としても(それじゃ、あまりに学生に失礼だし、内田先生ほどの広がりがない僕が下手に真似したら、独りで撃沈だ)、あまり知らないことを一緒に考えたり読んでいくようなゼミは、もう少し「劫を経たら」やってみたいと思った。

| | Comments (10) | TrackBack (1)

June 28, 2005

固定リンク・カテゴリのバグについて

さて、このところ、各エントリの最後にある「固定リンク」や「カテゴリ」が数字とアルファベットの羅列になってリンクが消えてしまうという、よく判らないことになることが多く(気付いたときには直っていたりするから、益々判りません)、そのことを問い合わせたら、以下のような返答がありました。

 このたびご連絡いただきました現象につきましては、大変恐縮ながら 4月に実施させていただきましたココログバージョンアップの影響によるものとなります。

 上記につきましては、以下のお知らせココログにてご案内させていただいておりますのでご参照いただけますと幸いです。

【お知らせココログ:トップ】
http://info.cocolog-nifty.com/info/
→ 「2005.04.11 バージョンアップ後に発生している現象について」

・記事のフッターがまれに HASH(0xb5a5418) といった表示になることがある

 川瀬様にはご迷惑をお掛けすることとなり、誠に心苦しい限りでございますが、早期改善に向け努力を続けてまいりますので、何卒ご容赦賜りますようお願いいたします。

 お問い合わせありがとうございました。
 今後ともアット・ニフティをよろしくお願いいたします。

あらら、結局「昔公表している障害情報を見よ」というだけのお返事でした。がっかり。二ヶ月経っても、このバグは解決されていないんですね。まあ、致命的なバグじゃないし、コメントかトラックバックのところをクリックすれば、そのエントリが独立して表れますから、後回しにされちゃったんでしょう。
このところ、数時間にわたって繋げなくなったり、利用者が増えるのは良いですが、妙にメンテナンスが増えていますね。
どのブログに引っ越そうが、こういうのはついて回ると思いますが、ココログって、基本的に有料なんだから(僕はニフティ会員ということで、ベーシックタイプは無料ですけど、毎月結構ニフティに払っているのは間違いない)、もうちょっとちゃんとして欲しいところです。「はてな」のような開始時完全無料のブログの方が、安定しているような気が・・・(お金払わないと複雑なことができませんけど)。

ということで、ココログに敢えて直言。もちっと、なんとかしてください。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 27, 2005

日韓次世代学術フォーラム出席

この6月25日に、韓国釜山の東西大学校で「日韓次世代学術フォーラム」という学会があり、出席してきました。今年は第二回目でした。主催は、東西大学校日本研究センター。このフォーラムは、広く文系の学問分野(政治・経済から民俗・文学研究まで)の大学院生の発表の場を作り、両国の「次世代」を担うであろう学生に発表してもらうという趣旨の大会で(参加者は日韓合わせて237名)、僕は及ばずながら、この学会の「運営委員」を務めています。実は、韓国側の運営委員長が僕の大学院の先輩に当たる方なので、有無を言わさず「指名」されてしまったわけですが・・・(こういうところは韓国式)。でも、僕も韓国と縁のある人間なので、まあ当然と思ってお引き受けしています。

大会は全部で九つの部会(1国際関係、2法律・政策、3経済・経営、4歴史、5教育・言語、6社会、7宗教・思想、8民俗・人類、9文学・女性)に分かれ、僕は主に「歴史」部会の発表をずっと見学していました。でも、一日中九人もの発表を聞くのはさすがに疲れます(その前の晩、マッコリを飲み過ぎたせいもありましたが)。
発表は無事終了し、その後レセプションが開かれ、学生たちもその後三々五々「二次会」に勝手に向かい、交流を深めた模様でした。

翌26日は見学旅行。韓国の有名な古刹「海印寺」に連れて行ってもらいました。このお寺は、高麗時代に、モンゴル撃退を祈りつつ彫られた八万枚の大蔵経が保管されていることで有名なお寺で、この大蔵経は日本に何セットかが伝えられ、日本仏教のスタンダードとなっています。ということで、日本ともゆかりの深いお寺だといえましょう。そのあとは、国立金海博物館の見学。ここは主に伽耶文化(韓国の三国時代より前の、南部に展開された小国家群の文化)を紹介している考古学専門の博物館。
この日の夕食は、豚カルビと冷麺。「これを楽しみにしていた!」という参加者も多く、みんな食べる食べる。さすが若いなあ。

で、今日27日は折からの強風で飛行機が遅れ、約一時間遅れで帰って参りました。まあ、欠航しなかったので助かりました。その待ち時間の間、暇つぶしに空港内をうろうろしていて、韓流スターのグッズを発見。もちろん中心はヨン様でしたが、僕にとってのヨン様は「イ・ヨンエ様」なので、ヨンエ様のマウスパッド(「チャングムの誓い」のキャプチャーをそのまま印刷した代物)をしゃれで購入。実は、俳優たちの「トランプ」も買おうかどうか迷ったのですが、買うと後で絶対後悔すると思い止めました。

で、話を学術大会に戻しますと、来年もこの学術大会は開催される予定ですから、興味のある大学院生の方は、来年になったら私の方にご連絡ください。そのときまたアナウンスすると思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 21, 2005

鈴木祥子「様」@バナナホール

さて、海外に留学に行っている教え子から「最近の川瀬先生は壊れてませんか?」と、心配されている僕ですが、安心してください。自覚しながら壊れています。彼が心配してくれたのは、先日の鈴木祥子さんのライブレポートの、僕のはっちゃけ振りを見てのことでしょうが、Mくん、ごめんね、今日もはっちゃけちゃいます

で、今日も、鈴木祥子さんのライブに行ってきちゃいました。ほとんど追っかけに近いですね。一ト月に、同じ歌手のライブに三回も行くなんて、生まれて初めてです。今後も恐らくないと思います。
場所は大阪梅田にあるバナナホール。名前は昔から聞いていましたが、行ったのは初めてです。このライブハウス、風俗街のど真ん中にあります。男が一人で歩いていると、必ず声をかけられます。あと、オタク的にわかりやすく言いますと、「まんだらけ」うめだ店の裏の筋です。場所の説明、終わり。
今回のチケットは大分迷ったあげく買ったものなので(それまでに仕事が終わるかどうかが不透明だったので。懸案の仕事は、幸い先週の金曜日に終わりました)、整理番号も大分後ろの方で(ちなみに70番台)、この前のように目の前数メートルに祥子さんがいらして「至福&眼福」ということは望むべくもありませんが、「アイドル(崇拝対象)は、遠くにありて、思うもの」ですから、気にしません。逆に近すぎると、我を失いますので、ほどほどの距離があった方が良いですね。
・・・なんて思っていたら、どっこい大作。入場前、入り口でファンがわらわら集まっている中、先日のライブで知り合いになったライブ常連のRさん(仮名)が僕を見つけてくださり、「川瀬さんの席も、取れれば取ってあげるから(中は自由席)、前の方においでよ」なんておっしゃってくださるではありませんか!!中の造りがどうなっているのか全く判らなかったので、それほど期待もせず、最後尾に並んで入ったのですが、いの一番に入られたRさんが僕のために取ってくださった席は、なんと一列目のど真ん中。うひーっ!!あわわわわわ。Rさん、あのとき、冷静な顔をしていたとお思いかも知れませんが、あれは単に強ばっていただけで、うれしさと緊張で、脳内では鼻血と耳血が同時に出ておりました。ホント、Rさんには頭が下がる思いです。ありがとうございました。もう足を向けて寝られません(Rさんは僕の南の方にお住まいなので、足を向けると自動的に北枕になってしまいますから、なおさらです)。結局、再び至福&眼福なポジションで、祥子さんを拝むこととなりました。

さて、7時過ぎにコンサートは開始。祥子さんは黒のカットソーと、パッチワークのような模様のガーリーなスカートで登場。そのお姿を拝しただけで、もういちころ(死語)でした。いやあ、祥子さん、お若い&可愛い!!とても僕の兄貴と同い年とは思えん。
以下では、僕のメモをもとに、今日の曲目と、その感想をメモしたいと思います。

1)True Romance (一曲目から、ガツンと来ました)
2)Frederick (Patti Smithのカヴァー。この二曲、息もつかせず連続でたたみかけられました)
3)水の冠 (やっぱ、バンドの音だと大分印象が違いますね、この曲は)
4)シュガー・ダディー・ベイビー (Carnationの直枝さんのリクエスト)

ここから、祥子さん一人の弾き語り
5)とどくかしら (祥子さんも久々といっていた曲。僕は、この曲が入っている『Hourglass』というアルバムのファンなので、満足。「イトーヨーカドーのマタニティドレス着て」というフレーズが印象的な曲)
6)愛の名前 (最初歌いかけて祥子さんが「止めた。暗すぎる」とか言うと、ファンの女の子から「やってくださーい。私、これを聞きに来たんです」と力強いリクエストが。祥子さんも「まじっすか?ほんまでっか」と気を取り直して結局歌い上げる。確かに「死にたくなる」だとか、歌詞は暗いよな。そういうある意味「ダーク」な祥子さんが好きなファンが、ライブに来ているんだと思うんだけど)
7)レオナルド(CARNATIONの曲のカヴァー。『booby』に収録)
8)Me and Bobby McGee (Janis Joplinのカヴァー)

ここから、再びカーネーションの皆さんと。
9)swallow (CARNATIONのドラマー矢部さんがスティールギターで参加)
10) あの日どこかで (CARNATIONの曲。アルバム『SUPER ZOO!』に収録。ここから祥子さんはスカートを脱ぎ捨て、黒のパンツに)
11)デイジャ・メイク・ハー (Led Zeppelinのカヴァー。『聖なる館』に収録。祥子さん、ドラム担当)
12) Miss CRADLE (by CARNATION。祥子さんは「この曲を聴くと、宮沢賢治の「やまなし」のように、水中から上を見上げているようなイメージが湧く」、と言っていました。良かった、「水中、それは苦しい」じゃなくて(笑))
13)忘却(レコーディングが楽しみ。はよ出してくれ)
14)ラジオのように(祥子さん曰く、「カーネーションとこの曲をやると、ヨーロッパっぽい雰囲気になる」とのこと)
15)Love/Identified(ガンガンに攻めるような演奏でしたなあ)
16)Happiness(「今日幸せになっちゃったら、この曲封印しようかしら」とか言っていましたが、そんなあ、祥子さん、僕、この曲好きなので、封印は無しにしてください)
17)GOIN' HOME(締めを飾るにふさわしい曲ですね、これ)

encore
1)契約(この曲、ようやくライヴで聞けたので満足)
2)Perfect 10 (Beatiful Southのカヴァー。歌詞はとんでもないらしい(笑)。直枝さんと祥子さんのデュエット)
3)Paradise Express(CARNATIONの新曲。情報提供、さなえさま。多謝)
4)paingiver(締めにこの曲をもってきたかあ、という感じ。この曲の疾走感で魂を持って行かれたまま、ライブ終了)

とまあ、ライブツアーの(一旦)最終日だったせいでもあるのでしょうけど、盛りだくさんの内容で、大満足でした。

今回祥子さんは「みんな楽しんでるぅー?」と聞いてきたり、「もっと自由に動いて!」と客の僕たちをあおるような発言が多かったような気がします。「大阪の人はシャイなの?そんなことないよね」なんて台詞もあったような気がします。いえいえ祥子さん、根暗なアメリカ人がいるように、シャイな大阪人もおりますって(笑)。それはともかく、舞台から見て、いまいちノリが悪いと思われたのは、恐らく、シャイさ加減よりも、ギューギュー詰めの客席と(手をぶんぶん振り回すわけにも行きません)、単に年齢層が高かったからだと思います(要するに体力のないいい年こいた大人が多かった)。でも、確かに僕の周りを見渡すと、最前列の男性陣は、おとなしそうで地味な人が多かったから、祥子さんを不安にさせてしまった責任の一端を感じてしまいます(笑)。
さて、祥子さんはいよいよ京都に引っ越されるそうですが、MCの時に「京都からいらした方、いらっしゃいます?」と聞いてきたので、隣のRさんに促されて思わず「はーい」と手を挙げて、祥子さんと目が合ってしまいました(これは妄想ではないと思います。まあ、最前列の特権でしょう)。すると祥子さんは「あら、そうですか、これから宜しくお願いしますね」なんて言ってくださったのですよ。僕は、まるで大名行列に鉢合わせた農民のように頭を下げまくり「こちらこそ宜しくお願いします」と這いつくばりそうになりました。会場にいらした他の京都の皆さん、勝手に「代表者」のような面をしてしまい、申し訳ありません。社交辞令とはいえ、祥子さんにお声をかけていただいた・・・これだけで、今日は来た甲斐があったというものです。
そして、ライヴ終了後、なんとサイン会までしてくださったのですよ。ホント、今日は大盤振る舞い。僕は自宅からもってきたコンサートパンフ『創作ノオト(上)』というのを持参していたので(こういう事もあろうかと、持ってきたのでした)、並んでサインしていただきました。

ss_signature01
(これがそのサインです)

このサインをしていただいているとき、今回は思い切って「先ほど京都から来ましたと手を挙げたものです」と名乗りました。これだけ言うのにも心臓ばくばくでしたが。
「ああ、さっきの」
「京都に来られると言うことで、是非ともまた拾得や磔磔でライブをしていただけたらと・・・」
もちろん、そのつもりですよ
とのお言葉を戴きました。うれぴすぎる・・・。
僕と一緒にサインをもらったMさん(この方とも、前回のライヴで知り合いになりました)はご自分の名前を祥子さんにリクエストして入れてもらっていましたが、僕は「「かわせさん」にしてもらおうか、それとも「たかやさん」にしてもらおうか」と考えて、先ほどの会話をした途端、名前を入れていただくことをお願いすることさえ忘れてしまいました。まだまだ押しが弱いですが、前回に比べれば、大分進歩しました。前回は、祥子さんを目の前にしても、一言も喋られなかったんですからね。
というわけで、大満足して帰ってきました。Rさんが「電車がなくなる」とおっしゃるので、大阪駅までご一緒して(Mさんやこれまた常連のYさんにさよならも言いそびれてしまいました。この場を借りてお詫び申し上げます)、祥子さんの言葉を反芻し、ニヤニヤしながらJR京都線で帰って参りました。

はあ、明日の講義、まともにやれるか自信がありません。何たって、興奮してこれからなかなか寝付けないでしょうから。
でも、とりあえずおやすみなさい。

追記:このエントリの「鈴木祥子「様」」というのは、カーネーションの直枝さんが「入り口に張ってあるライブスケジュールの鈴木祥子、というところに「様」と付けたくなる(ほど尊敬している)」ということを言ったからです。

| | Comments (9) | TrackBack (1)

June 13, 2005

「その時代にはなかった言葉」

またまた、中山文部科学大臣が奇妙な発言をしたらしい。この人、どうしてもこういう事を言いたいお人らしい。「無意識」にある考えがどうしても口をついて出てしまう、立派な精神分析の対象だな、こりゃ。それで、開き直るかと思ったら、すぐ反省のふりをして見せたり、官房長官が火消しに奔走したりと大変なことに。

毎度、お勤めご苦労様ですと皮肉も言いたくなるが(こういうことを言いたがる人だから、文部科学大臣に択ばれたんだね、恐らく)、このおっさん、もう確信犯だね。多分、彼の主観としては「こういう事をはっきり言わないで、何のための文部科学大臣か」と思ってらっしゃる事だろう。

「その時代、その言葉はなかった」などと言うなら、分析概念として、英語の直訳である「性奴隷(制度)sexual slave (slavery)」とでも言ったらどうか。そもそも「慰安婦 (comfort woman)」という言葉は欺瞞的だ、なんて意見すらあったのだ。
「封建制度」も「家父長制」も、それが猛威を振るっていたときは、その言葉は当然使われていなかったですよ。でも言葉がなくたって、「そういうもの」は在ったのだ。「言葉があった」事と「そのような実態があった」事はレベルが違うし、官房長官がいみじくも言うように、「そういうことがあったこと」は政府も既に認めていることなのだ。

いい加減「本音を言うことは内容を問わず、良いこと」なんていう青臭い意見は、無しにしてください。「そういう意見を持つな」とはもう言いません(ホントは言っていますが)。「思想・言論の自由」はありますから。でも、あなたみたいな人が言うな。もう勘弁してください。情けなくて、涙がこぼれる。

以上。

| | Comments (6) | TrackBack (1)

June 05, 2005

魂を打ち砕かれる-鈴木祥子ライブ報告その2

てなわけで、昨日に引き続いて、鈴木祥子さんのライブに行って参りました。
昨日は、思いもよらぬ「接近遭遇」もあり、まるで恋に浮かされたように、足元がおぼつかなくなって帰りました。魂が揺さぶられた、という感じのライブ体験は久々です。
そして、空中に10センチ浮いているような精神状態で、今日は京阪丸太町駅直結のライブハウス「メトロ」に行ってきたんですが、いやあ、完全に魂を打ち砕かれました

今日の出演者は、以下の通りでした。

rally papa & carnegie mama、カーネーション、鈴木祥子(出演順)

まずは、開演前のメトロに着くと、昨日顔見知りになったコア&ディープなファンの皆さんがいらっしゃいました。その方々に軽く会釈し、整理番号順に並びます(さすが、その方たちは整理番号も若いので、最前列です)。そして、今日の開場は、一部を除いて、オールスタンディングです。覚悟はしていましたが、やはりきつい・・・(結局、四時間立ちっぱなしでした。年寄りには堪えます)。狭いし、身動きが取れないし。主催者側も入るだけ入れた、という感じでしたから、人口密度が物凄い(今更なんですけど、これだけ混み混みのイヴェントでは、全面禁煙にすべきだと思いました。危ないし)。
背の低い人なんかは大変だったと思います(一部の女性陣は、小さな体を逆に駆使して、ドドドと前の方へ突撃していきましたが)。僕もそれほど高くないですが、僕の真後ろでピョコピョコ飛び跳ねていた女性に気兼ねして「前に来られますか」と僕の場所を譲って(飛び跳ねる度に僕にぶつかってきていましたしね)、そのままずるずると後ろの方に引き下がりました。頭の中では、『ガラスの仮面』の月影先生のように、余裕をかまして後ろの方から「ここからの方がよく見えるのよ」なんて言いたかったんですが、とにかく人人人で、ステージ上もよく見えず、当然ながら昨日顔見知りになった皆さんもどこにいるのか全く判りませんでした(終演後、ようやく何人かの方とおしゃべりしました)。もちろん、狭いハコですから、音はダイレクトに伝わるんですが、表情がほとんど見えなかったのは残念。特に、昨日のライブで、至近距離で拝んでいたものですから、余計そういう思いが募りました。

最初のバンドは「rally papa & carnegie mama」。僕は例の如く全く知らずに初めて見たのですが、なかなかよかったです。僕はあまり聞かないタイプのバンドでしたが。
二番手のカーネーション。カーネーションは、何枚かアルバムを聴いてはいましたが、「生」は初めて。これが「腹」に来ましたねえ。ギター、ベース、ドラムのシンプルな編成なんですが、ガンガン来ましたよ。改めてこのバンドの「音の力」を感じました。直枝さんの声も良い。この二つのバンドだけで、2時間以上演奏があって、すっかり「おなかいっぱい」の状態になりました。でも、僕にとっての「メインディッシュ」はその後なので、もう少し我慢して立ち通しです(途中、ビールを飲んでエネルギーを少しだけ補給しましたが)。
MCの時、カーネーションの直枝さんをして「怖い人です。僕は最近彼女を弁天様、と呼んでいます(笑)」と言わしめた僕の「女神様」、鈴木祥子さん、いよいよご登場です(弁天、って言い得て妙ですね。確かに音楽に関係ありますし)。でも、僕の立っている位置からだと、人と人の間から、お顔の半分が時々見える、といった状態。祥子さんは「最初、暗い曲を二連発です」なんて言いながら、昨日同様、電子オルガンで弾き語り。以下、今日、僕のゲーム脳ビール脳がメモした祥子さんの曲目を書き写します。

1)愛の名前(これは僕は聴いたことのない曲。『CDジャーナル』誌の付録CDに入っていたそうな.。情報提供sabaさま)
2)危ない橋(懐かしいですね。ライブでは定番かも知れませんが)
3)シュガーダディーベイビー(祥子さんいわく「私のファザコンを歌ったもの」だそうだ。カーネーションの直枝さんお気に入り。この曲から、バックにカーネーションの皆さんが付く)
4)水の冠(これをロックっぽい音で聴けるとは・・・。かっちょよかったです)
5)カバー Frederic by Patti Smith(パティ・スミスのカバーとは渋い。それより僕が気になったのは、祥子さんの高校時代のあだ名が「はっちゃん」というものであったことだ(笑)。何故だ?)
6)忘却(昨日は弾き語り、今日はバンドバージョン。どっちも胸に迫るなあ。早くCD化希望)
7)Miss CRADLE(カーネーションの曲。祥子さんはドラム)
8)Love/Identified(最新マキシシングルの曲。「わたしを見て」、言われなくても見ますよ、祥子さん!!)
9)Happiness(僕の好きな曲なので嬉しい。お約束の「年齢ネタ」も炸裂だ)
10)True Romance(疾走感、ですね、この曲は。)

encore
1)僕たちの旅(客席からのリクエストに応えて)
2)ラジオのように(いやあ、これ、激しかったっすよ。びっくり)
3)paingiver(ラストに、この曲をもってきたことも驚きだが、カーネーションの皆さんの演奏もまた素晴らしいものでした。僕に声をかけてくれた「常連」さんは、大喜び。ずっとリクエストしていたんだそう)

と、足かけ四時間にも及ぶライブは無事に終了。昨日の祥子さんは一人だけの弾き語り、今日はカーネーションをバックにロックンロール節炸裂でした。祥子さんが「Are you ready to rock? Are you ready to roll?」と言ったときは、思わず榎本俊二の『えの素』のように、「イエー、ロールミー、ロールミー」と口走りそうになりました(←全然意味が違います)。

いやあ、この二日間、感動したんですが、どうしましょ、ぼーっとしてしまいます。ホント、体に毒ですね。二日連続のイヴェントって、良くないですよ。全部吸い取られます。もちろん、それを上回るエネルギーももらっているんですが・・・。やっぱ、ライブは「たまに」くらいがちょうど良いですね。
ライブ終了後、昨日声をかけてくださったライブ常連の「古強者」の皆さんと談笑。最後、祥子さんの「出待ち」をしたんですが(できればサインでもしてもらおうと思って)、出てこられないので、時間も遅くなったので、名刺を交換したりして、「またライブ会場で」と別れを惜しみました。その中のお一人が、なんと千葉から来ていらして、そのまま夜行バスで今晩帰られるというので、京都駅までタクシーでご一緒しました。その方(Kさん、とします)とタクシーの中で少しお話ししたんですが、

「Kさんは、祥子さんのライブは何回くらい来られていますか?」
「そうだなあ、これで70回くらいですかね。3日の高田馬場のも行ったから、三日間連続ですし」

とさらっとおっしゃるので、びびりました。ひーっ。

「さっき一緒に話されていた方々は・・・」
「彼らもそうじゃないですか。どこのライブ会場でも、彼らの姿見ますからね」

そりゃお互い様でしょう、と思わずKさんにつっこんでしまいましたが、「修羅の道」を突き進む先達のお姿を見て、決意を新たにしました。生活に支障が出ない程度には通おうと。
また、ライブ会場で見かけたときには、宜しくお願いいたします。ではまた会う日まで。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

June 04, 2005

鈴木祥子ライブ初体験

いきなりのっけからなんですが、今日は忘れられない夜になりました。

僕がシンガーソングライターの鈴木祥子さんのファン(というか信者)であることは、たびたびこのブログでもお伝えしておりますが、この不肖の信者は、ファンになってから15年目にして初めてライブに行き、生の祥子さんのご尊顔を拝することが叶いました。

今日のライブ会場は、「拾得」という、京都の老舗ライブハウス。蔵を改造した変わった建物で、面白い作りです。
まず、開場20分前に、会場に到着。なんか、もう、落ち着きません。喩えるなら、同窓会に初恋の子はくるかなあ、というようなドキドキ感が僕を押しつぶします。まだ、入り口の前には5、6人がたむろしているだけでした。で、その方々のお話を何となく盗み聞きしていたら「東京のライブが」「大阪のバナナホール、取った?」「名古屋も行かなきゃね」などと、日本全国祥子さんの追っかけをすることがあたかも当然のような会話が繰り広げられており、熱烈ファンを自認する僕も、このコアな皆さんにはかなわないと恥じ入りました。そして、その真後ろに並んでいた僕も何となく話の輪に入れていただき、「ああ、ファン同士の連帯って、あるよなあ」と久々に味わうくすぐったい思いを堪能しました。
そして、会場に入ったら、テーブルや座敷がどーんと広がっており、僕は最初前から二列目のテーブルに座ったのですが、先ほど声をかけてくれたコアな皆さんが、一番前のかぶりつきの丸テーブルに陣取っておられ、「まだ空いていますよ」と誘ってくださり、図らずも、ステージから直線距離で1メートル半くらいしかないところに座ることと相成りました。ひーっ。こここここんな間近で祥子さん見たら、目がつぶれるんじゃないか、などとバカなことを思いました。

さて、今日のライブは、

「音楽感謝 Vol.5」 鈴木祥子(弾き語り)、関美彦&イージーピーセズ、風博士

という三部構成(今日と明日の二日連続のライブです。明日は、丸太町のメトロ)。僕は祥子さん以外の二つのバンドは全く知らず、予備知識無しで拝見しましたが、なかなかよかったです。

まず、一番手は「風博士」。ギター、ベース、パーカッション、バイオリン、ピアノという五人編成のバンドで(京都のバンドだとか)、ほのぼのした歌詞とメロディアスなサウンドで、結構僕好み。今度、CD買おうかなと思いました。
二番手は「関美彦&イージーピーセズ」、こっちは、僕の印象だと、70年代後半から80年代前半のニューミュージックを彷彿とさせるようなメロディラインで(恐らく、キーボードの音をわざと「ちょっとレトロ」にしているせいだと思います)、これも僕好み。ドラムの女性の超絶テクニック(に僕には見えました)にただただ驚きました。

そして、待ってました、鈴木祥子&「漬け物石」さんの入場です。「漬け物石」というのは、本当の漬け物石で、祥子さん愛用の電子オルガン(wurlitzer)の調子が悪いらしく(恐らくどこかの部品が浮いて、危険な音がするそうな)、それを上から押さえつけるため、トートバックに入った漬け物石がオルガンの上に鎮座していました。
そして、本当に、直線距離で2メートルのところに祥子さんが腰掛け、愛用の電子オルガンで弾き語りが開始されました。あわわ。どどどどどうしよう。
僕はあまりの幸せに、却って脳みそが付いて来られず、「これは夢なんだ、夢に違いない」などと自分に言い聞かせて、何とか落ち着きを取り戻そうとしつつ、至近距離におわす崇拝対象を仰ぎ見ておりました。あまりにも幸せすぎて、なんて言ったら良いんでしょう、マッチ売りの少女がマッチを擦って見た幻覚の食事とか、そういうのに近いと思います。幻覚故にリアル、というか。何言っているのか自分でも判りません。なんか、脳内で独り大暴れして、単に離人症のアレに近い状態になってしまいました。だって、祥子さんが踏むペダルの音が聞こえる距離なんですよ!!ああ、ペダルになりたいホント、この席を勧めてくれたコアなライブ常連の皆さんには感謝してもしきれません。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。目の前で歌っている祥子さんと時々目が合い(というのは錯覚と自分でも判っていますが)、そのことで一喜一憂してしまった自分は、ジャニーズを追っかけているような婦女子の皆さんを笑えなくなりました。

で、曲目は僕の記憶だと、以下の通りです。

1)Happy someday(ライブアルバムI was there, I'm hereで聞きまくっています)
2)25歳の女は(「こんな生活じゃもう日本も永くはないよ」、同感です)
3)ただの恋だから(好きだなあ、この曲、やっぱり)
4)舟(男性陣から評判が悪い、と祥子さん。僕は好きですが)
5)あじさい(この季節だし、関さんのリクエストもあって)
6)カバー「真夏の夜の事」(by初恋の嵐)
7)忘却(DVDのラストの曲です。新曲で、今度レコーディングだとか)
8)モノクロームの夏(これは会場からのリクエストに応えたもの)
9)La La Means I Love You(曲名はコメントの「さなえ様」の情報で知りました。多謝。もともとTHE DELFONICSというバンドの曲。みんなで「I love you」と歌った。ググったら、これ、Swing Out Sisterもカバーした曲なのね。だから何となく聞き覚えがあったのか・・・ )
10)あたらしい愛の詩(「愛がただの名前にすぎなくなって」という僕が一番好きなフレーズで思わず泣きそうになりましたよ)

そしてencoreは
1)完全な愛(これもリクエストに応えたもの・・・だったが、祥子さんが歌詞を持ってこなかったということで、一番だけで終わり)
2)カバー Bay City Rollers「二人だけのデート」
3)カバー Yesterday, today and tomorrow(すわ新曲か、と思ったら、なんとsesame streetの曲なんだそうだ)

今日改めて思ったのは、祥子さんの「歌声の勁(つよ)さ」です。ホント、「本物」は違いますね。「ライブ、病みつきになりますよ」と、僕をこのテーブルに誘ってくださった方のおっしゃる通り。もうすでに病みつきです。

夢のようなときはあっという間に過ぎ、ライブは終了。僕は腹が減っていたので、この拾得のカレーを食べることにして、ライブ終了後の会場で、先ほどのコアなファンの方々数名と語らっていたら、祥子さんがまたまた会場に降臨。僕と来たら、好きな子に告白できずにモジモジするような男子中学生みたいなくねくねした態度を取ってしまいます。だって「こんにちは。ファンです」なんて声をかけても仕方ないし、そもそも僕なんかが声をかけちゃいけない、僕などのことでお手を煩わせては申し訳ない、という思いが強すぎて(学会で、超有名な先生を前にしたときも、同様の思いがします)。ところが、その祥子さんが僕のテーブルの方に近づいて来るではありませんか!!僕としゃべってくれたコアな女性ファン(彼女は祥子さんに顔を覚えられていた)に祥子さんが親しげに声をかけてこられたときは、思わず隣で失禁失神しそうになりました。だって、目の前、30センチですよ!!僕はといえば、英語が判らずとりあえずニコニコ愛想笑いする海外出張中のジャパニーズサラリーマンみたいな微笑みを浮かべることが精一杯。ホント、いざというときに気が弱いです。「今日のライブ、よかったです」くらい言える自分になりたいです。そういえば、大分昔ですが、大学4年の時、卒論をほっぽり出して六本木PIT INNというライブハウスに仙波清彦師匠(何となく、師匠とお呼びしたくなる)のライブに行ったとき、僕が大ファンのzabadakの吉良知彦さんがゲストでいらして、ライブ終了後、僕の目の前に来られたとき思わず「吉良さん・・・・」と恋する乙女のような目で見つめてしまったことがあり、吉良さんも「はい?」と応じてくださったのにもかかわらず、僕は「おおおお疲れ様でした、失礼します」などとスタッフのような台詞を口走り、逃げ帰ったことを思い出しちゃいました。あのときから、僕はちっとも成長していません。

そのあと、僕同様、お店の名物であるカレーをつつきながら、スタッフと語らっておられる祥子さんのお背中を見ながら(拝んでいた、という方が実情に近いと思います)、僕はこの会場をあとにしました。
ああ、こんな至福の体験、明日もあるのか・・・。体、というか、心がもつかどうか心配になってきました。
もちろん、明日のライブのこともブログに書くことになるでしょう。

あ、そうだ、このエントリを見てしまった僕の学生さんへ。
僕はそういうわけで、月曜日は恐らく、まだ夢の国の住民でいる可能性が高いです。僕を夢の国から引き戻すくらいの力の入ったレジュメとコメントをお願いします。勝手ですけど。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

June 01, 2005

オタクの血が久々に萌え上がる-「Z GUNDAM-星を継ぐ者」感想

さて、今日はただいま公開中のアニメ機動戦士Zガンダム-星を継ぐ者年甲斐もなく見てきちゃいましたので、その感想をしたためたいと思います。

僕と一緒に見に行ってくれたのは、我が忠勇なるジオン軍兵士去年僕のゼミにいた大学院生のO君。彼も結構ガンダムマニアで、いい大人が独りで行くのも何だし、見終わったら絶対誰かに語りたくて仕方なくなることが目に見えていたので(オタクの習性で)、利害が一致し、一緒に行くことになりました。

僕は、テレビ版の「Z GUNDAM(以下Z)」が放映されていたとき、ちょうど中学生で、アニメ雑誌などを一番ちゃんと買って読んでいた時期とも重なるので、ついつい昨晩は、押し入れの奥に秘匿している今やなきアニメ雑誌『月刊OUT』のバックナンバーを読んで(1985年の9月号から11月号を主に)、「Z」の復習をしちゃいました、授業案の予習をさぼって。あのときから、すでに20年が経過していることを改めて思い知らされ、軽いめまいが起きました。

で、京都は新京極の「MOVIX 京都」に、空いているであろうといそいそと平日に出かけていったわけですが、確かに空いてはいたんですが、何ですかこの大人の群れは。君たち仕事や学校は?どう見ても平均年齢20歳超えているだろう。自分がその平均年齢を押し上げている側に立っていることなど棚に上げつつ、ついつい観客批判に走る狭量な僕です。
それに、この男比率の高さはただごとではない!!まあ、僕らも男の二人連れという組み合わせですが(男二人、という組み合わせがすごく目に付きました)、会場全体が、「そこそこ大人」で、「ファーストガンダムは台詞を暗記するほど見ていて」、「メカに萌える」という雰囲気なわけです。女性の観客も、全体の5%くらい(目算)いらっしゃいましたが、その半分は、なんか彼氏に無理矢理連れてこられた感じ、そして残りの半分は、まあ「筋金入り」の(以下自粛)。

で、ここから簡単な感想ですが、ネタバレがイヤな方は、以下を読まないようお願いします

僕の「ガンダム」シリーズ全体に対する政治的立場は、一言で言うと「ファーストガンダム(一年戦争)のキャラクターが出てくるものまでは許容」というものです。言ってみれば「穏健右派」というか「中道左派」というか、昔なら「新党さきがけ」的なスタンスというか、よけい判りづらいですね。失礼しました。ただ、いわゆる「ファーストガンダム原理主義者」ではありません。というわけで、もちろん「Z」は許容範囲なわけで、それどころか、幸か不幸か、さっき言ったように僕の思春期と重なっているので、忘れられない作品になっているので、これは見に行かざるを得ません。

で、まず「作画面」から感想を述べると、作画監督の恩田尚之さんのカラーが非常に濃厚で、ここでもしかしたら、好き嫌い(もしくは違和感)が起こる人がいるかも知れません。僕も、実は、「うーん、恩田さんかあ。悪くはないんだけど、北爪さんはハマーン・カーンの例の漫画のせいで無理ともかく、梅津泰臣さん(テレビシリーズのオープニングの原画をしていたアニメーター。梅津さんの描く骨太なクワトロとかが僕好み)を加えられなかったのかなあ」と、脳内で年寄りの繰り言をつぶやいてしまいました。でも、最後のテロップで、原画マンに土器手司さんの名前を見つけて感慨にふける僕でありました。

次にストーリーですが、今回の映画は、三部作の最初ということで、クライマックスはこれからですから、物語的にどうこう評価するものではないですね。でも、一言で言えば、ジェリドが悲惨。以上。でも、これだけですと何なので、主人公のカミーユ・ビダンについて。カミーユのキャラは、今思えば、当時(85年ごろ)最先端を行っていたような気がします。何故って、今見てもしっくり来たから、というより、今見た方が「こういう奴っているよな」「判るなあ、その気持ち」というように、20年前より感情移入しやすくなっている自分を発見して、インド人もびっくりです。

富野監督、相変わらずの荒技で、ストーリーをコンパクトに、テンポよくまとめる手腕はさすがでございました。でも、もしかしたら、僕などは「ファーストガンダム」、そして「イデオン(特に発動編)」の無茶なまとめ方に慣れているものだから、しっくり来ただけかも知れません。これは「富野マジック」と呼んでも良いかも。付け加えるなら、僕の場合、もちろん昨晩の復習が役に立ちました。でも、全く知らない人が見る映画ではないですよね・・・。当たり前かも知れませんが。

あと、声優陣について。ほぼ、20年前の声優さんたちが起用されていますが、所々別の声優さんが起用されています。でも、懐かしい声を聞くだけで、僕のようなオールドタイプファンは嬉しくなっちゃいますね。
三枝成章氏の音楽も懐かしいです。僕は、実はサントラ、レコードで全部持っています。まだ、実家の押し入れの中に(捨てられていなければ)残っているはず。

で、最後に次回作の「予告編」なわけですが、副題が「恋人たち(Lovers)」って・・・。「カミーユとフォウ」「アムロとベルトーチカ」という組み合わせを中心に据えると思いますが、一瞬チャン・ツィイーが頭の中で踊ってしまいました。そんで、その予告編では、フォウばかりが出ていました。ベルトーチカファン(こっちのBeltorchiccaも好きですが)の僕としては、「予告編に、もっとベルトーチカを出さんかい(川村万里阿の裏返った声を聞かさんかい)」という気持ちでいっぱいです。昔、ベルトーチカってキャラクターがよくわからなかったんですが、あれっておじさんから見れば、すごく(都合の)いい女かも知れないです。彼女が好きっていうのは、僕がおっさん化した証拠かも。

というわけで、要するに僕は、この作品、全部最後までおつきあいしますよ、と決心して帰ってきました。久々に、作画やら声優やらに目を向ける、オタクの血が騒いじゃいました。映画館でアニメって、「エヴァ」か「もののけ姫」以来だな・・・。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

« May 2005 | Main | July 2005 »