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« 鈴木祥子様 in バースデイ・イヴ・ライヴ | Main | 水雲教見学 »

August 22, 2005

日韓宗教研究フォーラム参加

hanshin_univさて、このたび、「第三回日韓宗教研究フォーラム」という学会に参加してきました。これはその名の通り、日本と韓国の宗教研究者の有志が集う催しで、隔年で2001年から行っており、今回が三回目となります(一回目の会場は韓国学中央研究院、二回目の会場は大谷大学)。実は、この集まりの原型となるシンポジウムが、1993年から六年連続で行われてきており(6回に及ぶこのシンポジウムの成果は、柳炳徳・安丸良夫・鄭鎮弘・島薗進編『宗教から東アジアの近代を問う-日韓の対話を通して』ぺりかん社、2002年、にまとめられました)、この集まりはそれを継承するものです。僕は、その前身のシンポジウムの第二回目から関わっており(あのときは、まだ修士でした・・・)、現在は日本側運営委員の末席におりますので、参加してきたわけです。
今回の会場は、ソウル郊外(といっても結構遠いけど)にあるHanshin大学校。別に、関西人が好きなチームとはなんのゆかりもなく、元々「韓(国)神(学)大学校」というミッション系の学校だったのですが、一種のUI(University Identity)といえばいいでしょうか、名称をアルファベットにしたそうです。写真は、会場になった建物と、大学が作ってくださった横断幕です。韓国は、何かあるとこうして横断幕を作ります。
今回のフォーラムは、総合テーマを、横断幕にあるように「宗教と儀礼」と定め、三つの分科会に分かれ、またそれぞれテーマを設定し、各分科会6人ずつ、計18人の方に発表していただきました(日韓半分ずつ)。僕は第三分科会の司会でした。他の部会はちゃんと参加できませんでしたので、自分が司会をした第三分科会についてだけ、少しメモします。
この分科会のテーマは「国家と死亡者儀礼」というものでした(ちなみに、他の分科会のテーマは「近世社会と宗教儀礼」「儀礼の調査方法論」)。これは主に近現代がターゲットになる分科会で、非常にポレミカルなテーマだったと思います。日本においては靖国問題はもちろんのこと、広島・長崎、沖縄、空襲による死者と、日中戦争・太平洋戦争時の死者たちをどう弔うかは、いまだに大問題なのはいうまでもありません。お隣の韓国では、使い古された表現ですが、「激動の戦後史」を簡単に振り返るだけでも、朝鮮戦争、ベトナム戦争、「済州島4・3事件」(1948年に済州島で起きた虐殺事件)、数々の民主化闘争の頂点に位置する「光州事件」など、弔うべき死者たちの魂の行方は、日本同様色々難しい問題があります。「誰が」「誰を」「どのような目的で」祀るか、というのは、どうしても単純な一つの物語には収めることができない問題です。これは、追悼の方法の複数制、という議論にもつながっていきます(僕が思うに、靖国神社の最大の問題点は、この「追悼の方法の複数制」の事実上の否定にあります。事実、幾つかの発表で紹介されたのは、国家や自治体の主催ではない慰霊のあり方でした)。
そして、特に戦争死亡者という存在は、どうしても「一国の問題」を越えてしまう広がりを持つことが確認できたと思います。靖国に祀られている朝鮮・台湾出身者の問題はもちろんですし、非戦闘員の犠牲者、日本がアジアで殺した様々な人々。そして戦後の韓国においても、加害者としての軍という存在が、現代史のあちこちに足跡を残しているのは、紛れもない事実です。つまり、皮肉なことですが、日本と韓国は、戦前・戦後を、まるでリレーするかのように「軍人顕彰」のシステムを温存してきたと思います。そして、それを温存せしめたのは、戦後東アジアを覆った、「冷戦」という暴力システムでした。
このような問題は、当然ながら、単なる宗教研究の枠を越えて、政治的なイシューを色々想起せざるを得ませんでした。そういう意味で、手前味噌ですが、まあまあ成功だったかな、と思います。ホント、この問題って、ポストコロニアルな問題なんだなあ、と改めて確認した次第です。

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学問・資格」カテゴリの記事

Comments

遅ればせながら、こちらの記事へのコメント というか質問 させてください。

こちらの方面でもご活躍のご様子。
すばらしいです。また今度、話を聞かせてください。
ところで、
こちらのフォーラムの内容等々がまとめてある
HPかなにかってないのでしょうか?
誰もやってないですか?

コンドウさま
実は、まだ公式ホームページは作成していないのです。済みません。僕も実はその係の一人に任命されているんですが・・・。どういう内容にするか、サーバーはどこにおくか、などの細かいことが詰められていませんので(例えば、英語名称ではどうするか、それを元にしたドメインを取るか、などということも課題だったりします)。
あと、このフォーラムは、半分クローズドな集まりであるというのも、まだHPを作成していない理由として挙げられます。自由に発表者を募るのではなく、テーマを決めて、相応しい発表者の方をお呼びする、という形式を取っておりますので。
というわけで、何かあれば僕の方までお願いします。

川瀬さん、お久しぶりです。充実した夏休みを過ごされたようで、なによりです。

ところで、最近Apemanさんのブログ「Apes! Not Monkeys!」のエントリ「朝鮮人民のためにその国の滅亡を賀す」のコメント欄および同ブログ掲示板で、「日清戦争は日本として正当化できるかどうか」について、小さな論争をおこなっています。

私は正当化可能と思っておりますので、川瀬さんや当ブログに参加されている皆さんとは、考えが違うかもしれません。

もしよろしければ、ご覧いただければ幸いです。場所はエントリ名で検索すればすぐに分かります。主戦場は「掲示板」のほうになっております。

では。


平山様、このエントリおよび掲示板ですね。

http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1172174836/E2037162868/index.html

http://homepage3.nifty.com/biogon_21/index.html

今、ざっとApemanさんの文章と、掲示板のこの二週間ほどのログを見ました。

確かに、僕の考えは、はっきり申して平山先生とは少し違います。日清戦争に関しては、僕はやはり主戦場になった朝鮮半島の立場で考えれば、「大きなお節介」という評価がせいぜいかな、と思えます。「義を見てせざるは勇なきなり」ということで、「近隣諸国の窮状を見るに見かねて」というロジックは、心情倫理的には非常に共感してしまいますが、今のイラクのことなども想起すると、そのまま認めることはできないです。ついでに言うと、GHQの占領下で行われた改革、僕はほぼ全面的に肯定していますが、これがいつまで経ってもしこりが残り、現在までそれを覆そうという考えが引きも切らないのは、実は物凄く単純なことで「自分の手で改革をなしえなかった」という点が大きいと思います。東京裁判もしかり。ですから、外国からの介入で生活が向上したり政体が改革され、結果的に良かったと言っても、それこそ心情的にはいつまでもコンプレックスがくすぶるのではないかと思っています。

ご返信遅れてしまい申し訳ございません。

川瀬さんのお考えは、現代の大多数の韓国人には受け入れやすい見解であると思います。

しかし、日清戦争当時の朝鮮人としてはどうでしょうか?

川瀬さんもご承知のように、私が日清戦争が日本にとって正当化可能と考えるのは、日本の安全保障にとってそれが好ましい、という、国益の観点だけではないのです。

日本の協力のもとで近代化を推進できたほうが、清国の影響下に置かれたままであるよりも、朝鮮人一人一人として、よりよい生活が可能となる、という、ごく卑近な、しかし重要な観点によるのです。このことはプライドよりも優先されるべき、朝鮮人にとってのメリットであったと考えます。

李朝朝鮮は、国家意思を統一するのが非常に困難な体制でした。日本の場合、幕府の大奥が直接に政治に介入することは不可能でしたが、朝鮮の場合、外戚にすぎない閔氏が異常な権力を握ってしまい、幕閣に相当する宰相らが正統な権力を行使することができませんでした。

もちろん自発的な改革が望ましいのは当然です。しかし、自力ではどうしようもないから、金玉均らは福沢諭吉に支援を求めたのです。独立党が売国奴などというのはとんでもない言いがかりで、彼らこそ本当の愛国者(国を私せず公として愛する、という意味で)でした。

日清戦争が日本側の勝利に終わったことで、朝鮮政府はそのチャンスをついに獲得したのでした。そのチャンスを生かせなかったのは、残念ながら、彼ら当時の朝鮮指導部の能力に起因しています。

そのことをはっきり言われることは、現代の韓国人にとっては耳の痛いことでしょうが、相手にとって耳障りということで、正しいことを言わないでおくことが、長期的にみて、日韓双方にとって良いことであるとは、思いません。

なお、私が正当化可能と考えるのは、日清戦争についてだけであって、日韓併合は含まれておりません。1895年から1910年までのいずれかの時点に、日本の正当性は失われたと考えております(おそらく第3次日韓協約によって)。

平山先生
詳細なお返事ありがとうございました。このご意見は、実は僕とそう隔たったものではありません。特に最後の

>なお、私が正当化可能と考えるのは、日清戦争についてだけであって、日韓併合は含まれておりません。1895年から1910年までのいずれかの時点に、日本の正当性は失われたと考えております(おそらく第3次日韓協約によって)。

というのは、ほぼ同感です。というのは、もはや心情倫理的な物言いが、単なる「いいわけ」に堕してしまうのが日清戦争以降だと思うからです。
あと、金玉均のような急進開化派の評価も、ほぼ同感です(福澤の「脱亜論」も、彼ら急進派のクーデターの失敗に悲憤慷慨して書かれたものですし)。

ただ「日本か清かロシアか、どれに占領されるのがいいか」という究極の選択を朝鮮に迫る、という当時の政治力学そのものを僕は問題にしたいのです。確かに、歴史に「if」はありませんから、事実そのように動いたのですが、穏健開化派には、朝鮮を中立国として、国際関係のバランスの上に立とうという構想があったと聞きます。これはまさに、「力不足」で実現は叶わなかったわけですが、一考する価値があると思います。
また、よしんば、例えば金弘集内閣の甲午改革などが成功したならば、それはイコール日本の朝鮮での支配権の拡充を伴ったはずで(実際成功しなくてもどんどん侵略していったわけですが)、アジア主義の持つアポリア、「どこまでが協力でどこからが侵略か」という問題をあっというまに通り越して、侵略の側に針が振れ切れたであろう事も明白です。僕は、そのように「針の振り切れやすい」19世紀末の日本のあり方を問題にしたいのです。

ご回答ありがとうございます。

やはり問題は、日清戦争をきっかけとした甲午更張が成功していたらどうなったか、であるようですね。

私の考えを述べるならば、その場合は朝鮮王国(ないし大韓帝国)の独立は確固としたものとなり、結果として、日本・朝鮮両国にとり、計り知れないほどの経済上また安全保障上のメリットがもたらされた、と推測します。

歴史上のIFなので、しょせんは言ってもせんのないことですが、私はそう信じております。

というのは、日本の政権担当者にとっての「国益」とは、日本の安全を図ることと、より大きな経済上の利益を得られるように外交上の道筋をつけることにすぎず、相手国への直接介入はできれば避けたいことであるからです。

確かに日本には、朝鮮北部や中国東北地方の資源への欲求がありましたが、それを入手するのに何もその地域を自国領とする必要などなかったのです。

また、19世紀末の朝鮮は、ご承知のように、日本の商品の有望な市場というには、あまりに貧しすぎました。直接支配に乗り出すならば、彼らの生活水準を、日本の責任において、引き上げることから始めなければならないのです。

げんに日韓併合後の朝鮮総督府予算は、常にものすごい赤字でした。もし大韓帝国が改革に成功していたなら、この分の赤字はまったく発生しなかったのです。

かわりに日本の私企業が効果的に投資をして、明治維新後の日本がそうであったように、半島内の利便性が高まり、日本人ビジネスマンが豊かになると同時に、韓国人の生活水準も、その投資と呼応するかたちで、まさに自力で向上したことでしょう。

日本との協調ではなくアメリカとの協力関係によってですが、第二次世界大戦後の大韓民国は、そのようにして発展したのです。日清戦争後にあれだけの条件が整いながら、19世紀末の大韓帝国にそれが不可能であったとは思いません。

それから、ついでに、これまた現在のノムヒョン政権を支持する韓国人には耳の痛い話かもしれませんが、「穏健開化派の朝鮮中立論」に関連して、現代の「韓国バランサー論」もまた、非常に馬鹿げた考えであると思います。

バランサーとしての役割を自ら任じることのできる国は、どの外国にも決定的な恩義を受けていない国だけです。韓国にそう言う資格があるでしょうか?

日清戦争後、日本が朝鮮に果たした役割について、ここではどうこう申しません。とはいえ、現在もなお進行中の事態として、第二次大戦後の韓国は、アメリカに決定的に大きな恩を受けている、と私は信じております。

もちろん反対の立場の人は、「いや、アメリカの侵略を受けているだけだ」、と言うことでしょう。しかし、アメリカの庇護下にあってこそ、韓国は現在の豊かな生活を手にすることができた、ということは、紛れもない事実です。アメリカは、韓国人に、自由と民主主義の重要性と、ビジネスの仕方を教えたのです。

しかも、日本人で韓国のために命をささげた人はいませんが、アメリカは韓国防衛のために多くの将兵を失っているのです。もちろん結果として、アメリカは安全保障上の拠点を半島に据えることができた、とはいえますが、経済的な収奪を韓国人から行ってなどいないのは明らかなことでしょう。

「韓国バランサー論」によって、現政権が、自分たちと戦った当の相手に歩み寄ろうとしているのを知ったアメリカ人の幻滅感は、非常に大きいと思います。

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