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« 戦前と戦後を結ぶもの | Main | 石庭を眺め、悟りを得るか? »

August 12, 2005

「追悼」の後

「追悼」ということを、ぼんやりと考えることが、このところ多い。
8月は、どうしてもそのような季節だし、今読んでいる赤澤史朗先生の『靖国神社』(岩波書店、2005)の影響もある。まだ途中だが、なかなか面白い。以前、恥ずかしながら、靖国問題に関しては、卒業論文でも触れたりしたことがあるのだが、要点をいえば靖国神社はやはり「特殊な宗教施設」なのであり、「特殊でありながら、普遍的・国民的であること(国民というのは、「非国民」も含むのだ)」は無理、ということだ。
閑話休題。
今晩は日航機事故、すなわち「御巣鷹山」20周年という事で、特番やニュースで、その映像が流れまくった(余談だが、父とつきあいのあった象印の社員の方も、この事故で亡くなっていたはず。父の書斎で、その追悼文集を見つけたことがある)。「あの20年前を忘れない」と言ったかと思ったら、それにあわせるかのような日航機のエンジントラブル。これは何かの警鐘か?

暑さで働かない頭でもやもや思ってネットサーフィンしていると、ジャーナリストの綿井健陽君の文章に出会った。引用すると、

このところの8月6日、9日の広島・長崎、12日の日航ジャンボ機墜落から20年、そしてまもなく迎える15日の終戦記念日を前に、いろんな追悼や祈りの 光景があちこちで続きますが、追悼の次、祈りの次に、何をするのか、何をすべきか、何をしてはいけないのか、何を記憶すべきかが、いま最も重要なことに違 いないのでしょう。

そうなのだ。「追悼」とは、実は死者の側を向いているのではなく、生者に相対する「行為」なのだと思う。時には痛切な自己反省、ということも含めて。

我々は、死者の冥福を祈った、何を今までしてきただろう。

我々は、想像力によって、死者の声を聞く、いわば「依り代」になることができる。しかし、「憑かれた」ふりをして、死者の言葉だと偽り、自分の気持ちを述べる者の、なんと多いことか。僕はそのような「墓暴き」に積極的に関わるつもりはない。しかし、我々を見守ってくれているであろう死者に対して、恥ずかしくないような生き様を見せたいと思う。そして、死者をして安らかにせしめたいと思う。ただそれだけだ。

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Comments

こんにちは。
>赤澤史朗先生の『靖国神社』
とりあえず一読致しました。
「殉国」と「平和」の関係、ある種
小熊英二『民主と愛国』の展開の仕方と似ている
気もしました。
「顕彰」しうる「戦没者」の遺族は恩給などの
政治的必要性から保守政治と結び付き、その
集合点として靖国がある。
「顕彰」しえない「戦争犠牲者」遺族は政治的
主体を形成しないか、反戦・平和運動に向かった
ということでしょうか。

「追悼」が「顕彰」とイコールになりうる
「戦って死ぬということ」についての人間にとっての
特殊な位置をどう問うていくのかが今後の課題と思います。


こんばんは。ようやく、赤澤先生の本を、終戦記念日に読み終えました。なんか、僕にはあの本、読みづらくて(内容が悪い、というわけではありません)。

>「殉国」と「平和」の関係、ある種
>小熊英二『民主と愛国』の展開の仕方と似ている
>気もしました。

そうかも知れません。ちゃんと小熊さんのは読んでいませんが。両著とも対立するような概念の絡みをねっちりと書いていて、「こういう可能性もあった」「でもこういう結果になった」という記述の繰り返しが、僕には読みづらかった原因かも知れませんね。

>「追悼」が「顕彰」とイコールになりうる

ここが「靖国問題」の肝でしょうね。僕は、そういう考え方に反対ですが。
よく、「国のため・平和のために死んだ」のか、「国によって殺されたのか」という考え方の違いがありますが、僕はどちらかというと、後者です。戦死者が「平和の礎になった」説にも、僕は敢えて反対をしたいのです。戦死は、ほぼ「犬死に」であって、故に、繰り返されてはならないものだと思っています。
もちろん、原爆記念碑や、沖縄の「平和の礎(いしじ)」のように、繰り返さない、という決意表明はするわけですが。

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