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February 17, 2006

「ゲーム脳」よりひどい

数日前のニュースだが、読んでいて、思わず脱力するのがあった。なんじゃこれ。いやあ、はっきりいって、笑うしかない。とびきり悪質な笑劇(farce)として

まず、以前天皇陛下に叱られてしまった将棋プロは、なんと言っていいのか。「ゲーム脳」ならぬ「将棋脳」を疑ってしまいますが、そんなこというと、他の棋士に失礼ですね。
僕のイメージだと、棋士って何十手先、もしくは何百手先まで読めるすごい人だと思っていたのですが、ある分野に関しては、数手先も読めないようです。

あと、一番イデオロギッシュなこの校長先生のような人が、ご自身の偏りを自覚していないというのも何ともはや。自分のことを客観視できない人を、我々はとりあえず「終わっている人」と呼んで良いことになっています。
こんな人でも名門日●谷高校の校長になれたということが、世に言う「学力低下」の証拠そのものじゃないか、とも言いたくもなります。僕がOBなら、泣くね。まあ、数々の秀才を産んできた●比谷高校の諸君は、校長先生のお話は、話半分(以下)に聞いていることと思います。最大の「反面教師」を得たと思って、精進なさることを期待しております。

わたしはいつだつたか、子供のしつけのことで愚痴をこぼしたことがありました。食事のときの行儀を教へ込むのが大変だ、と言つたんです。すると菊池さんは
「なーに、何でもないさ、そんなこと。爺さんがきちんと坐つて食べる。親爺もきちんと坐つて食べる。さうすれば、子供もその通りするんだよ、自然に」
とぼくをたしなめました。つまりぼくは、まことに手きびしい批判を下されたわけであります。(丸谷才一「菊池武一」、『低空飛行』新潮文庫、1980年、p.147)

僕は丸谷さんのエッセイのファンですが、この記事を読んだときに、急にこの言葉が思い出されました。果たしてこの校長先生(および棋士)は、「きちんと坐って」いたでしょうか。

February 15, 2006

とんぼ返りの沖縄出張

okinawa_archives 昨日と今日、一泊二日の日程で沖縄那覇に行って参りました。こんな強行日程は僕の本意ではもちろんないんですが、「大人の都合」です。
実は、僕も「研究分担者」として関わっている科研(「科研」っていうのは文部科学省及び日本学術振興会が「君たちの研究にお金を出してあげる」といってくれる研究のことです)がありまして、その見学旅行だったのです。見学先は沖縄県公文書館沖縄県立図書館です。僕の関わっている科研は、京都府立総合資料館が所蔵する京都府近代行政文書(重文指定)の調査がメインテーマなのですが、他県の行政文書の保存状態や管理なども参考にするということで、いろいろなところを見学に行っているのです。

朝早くに伊丹空港に集合して、科研のメンバーとご一緒に一路那覇に向かいました。実は僕、沖縄は二回目です。でも、一回目というのが実は修学旅行だったんですね・・・(もう17年も前)。ですから、今回が初めてといっても良いくらいです。実際、僕は韓国には行き馴れているのですが、沖縄の那覇空港に降りたって、南国の暖かい空気を吸ったときの方が、よっぽど「異国感」がありました。この季節、沖縄は暑くもなく、もちろん寒くもなく、本当に良い季候なんですよ。来た途端「帰りたくない」と思いました。ほんと、仕事抜きじゃないのが辛かったですね。
訪ねていった沖縄県公文書館は、首里城と同じような朱瓦が目立つ面白い形の建築物でした。この公文書館の最大の特徴は、沖縄戦のために戦前の行政文書が徹底的に消失、散逸していることです(琉球王国のものは多少残っているようですが)。今更ながら、沖縄戦の凄まじさを感じます。ですから、資料としては米国占領下の琉球政府文書から保存されています。非常に綺麗な建物で、感動したのですが、やはり沖縄は亜熱帯、日差し、湿気、潮風、虫害と、資料を保存するのは一苦労というお話も伺いました。
okinawan_music 初日はここの見学だけで、夜は公文書館の皆さんとの会食。その後は、ミーハーに観光客らしく、国際通りを練り歩き、おみやげ屋さんを冷やかしたりしつつ、二次会に突入。科研のメンバーであるI先生(沖縄通)に、「沖縄民謡をライブで見せてくれるお店があるから行こう」と誘われ、もちろん参加しました。僕たちは「大人」ですから、大人しく泡盛を飲んでいたのですが(一杯だけ滋養強壮に効くといわれる「ハブ酒」を飲みました。味はすっきりしていました。驚き)、僕たちの隣の、恐らく大学生あたりのグループが合いの手を入れたり騒いだりと非常にノリが良く(地元の子たちかと思ったら、後で聞いたら、サッポロの学生たちで驚きました)、このライブの最後には、いつの間にやら、我々いい大人も踊ってしまいました。okinawan_danceでも、 こういう「狂乱状態」のときにも、冷静に第三者の視線を確保してしまうのは、哀しい宗教学者の性です(嘘)。実は写真撮りながら、僕も踊っていたんですけどね。だって、参与観察、というのも宗教学者の性ですから。
明日もあるし、ということで、このお店でこの夜は締めて、宿に帰り大浴場で一汗流して、岡崎朋美選手(同い年なので応援しています)の走りを見ながらいつの間にか寝ちゃいました。

okinawa_lib 二日目は、午前中は沖縄県立図書館にお邪魔して、同じく資料の保存、修復、複製、所蔵されている資料の特質などをお伺いしました。さすがに沖縄に関する資料や本の多さには驚きました。今友人で、「琉球空手(唐手)」とかの研究に手を染めようとしているのがいるんですが、彼なんか、ここで資料見せてもらったら良いんじゃないかな、と思いました。
一応、予定の日程はここで終了。

060214okinawa_026 午後は短い時間ですが自由行動、ということで、沖縄初体験のメンバーと一緒に首里城とその隣の県立博物館を巡りました。修学旅行生(17年前の僕を見ているようでいやでした)で一杯でしたね・・・。
その後、短い時間ですが、沖縄を研究フィールドにしているメンバーのS君に古本屋に連れて行ってもらって、沖縄宗教に関するレアな本を数冊手に入れて、今回の旅行は終わりました。
今回は出張という形で行ったわけですが、「お仕事」の割には疲れを感じませんでした。これは恐らく沖縄の空気(もしくはハブ酒)のせいだと思います。空港について、空気を吸い込んだだけで顔がほころびましたもん、僕。完全にリゾートで行ったならば・・・と想像はふくらみます。今度は是非そういう旅行でやって来たいです。

追記:沖縄県公文書館の広報冊子に、敗戦直前の沖縄県知事島田叡(あきら)氏のそばにいた方のインタビューが載っていました。現在御年88歳。その方も島田知事を大変褒めていたので、帰宅後、中野好夫の「最後の沖縄県知事」(『中野好夫集』Ⅷ、筑摩書房、1985年に所収)を再読。うーん、また感動してしまった。

February 13, 2006

ドミニカ「棄民」のドキュメンタリー

深夜に何気なくテレビを付けると、なにやら深刻そうなお爺さんの顔が映っていた。僕が偶然見た番組は、日本テレビ系列の「NNNドキュメント'06」だった。話していたのは、50年前に国の斡旋で(ここ重要)中米のドミニカ共和国に移民として渡った山本さんという方。番組のホームページから、内容の要約を引用すると

神奈川の工場で働く山本ノボル(22)。ドミニカ共和国の日本人入植地で生まれた。祖父・福槌は50年前ノボルの父・新ニらを連れドミニカに渡った。当時 外務省が作った募集要項は農地18ha、東京ドーム4つ分の無償譲渡を約束。しかしドミニカに渡った1319人のうち約束の土地を手にした移民はいない。 祖父の田は未だ所有権がなくあるのは耕す権利だけだ。6年前移民たちは祖国日本に32億円の損害賠償と謝罪を求め提訴。しかし長引く裁判にノボルの祖父母 ら16人が他界した。ノボルは言う。「日本は約束を守るイメージがあったのに」移民が祖国を訴えた初の裁判にこの春、判決が下る。

というもの。ドミニカ移民が、ほとんど詐欺のような移民をさせられて、2000年に日本政府を訴えたのは聞いていた。祖国から捨てられた自分たちのことを、「棄民」と呼び、地球の裏から「祖国」を訴えた彼らの無念は、察してあまりある。
1年ちょっと前にもフジテレビ系列で放映されたドミニカ移民のドキュメンタリーを、これまた偶然に見ていたのだが(日テレもフジも、どうしてこんなに素晴らしい番組を深夜に入れるのか)、今回改めてその問題を考えさせられた。

さて、気になる裁判の行方だが、国会においては小泉首相が外務省の不手際を認める発言までしたのだが、前の判決では外務省が法律論を盾に取り「時効」を勝ち取った。要するに「棄民」側の敗訴である。原告の一人は「日本政府は人間なのか」と絞り出すような声で記者会見で答えていた。僕などは単純な人間だから、本当に腹が立った。このような判決を出した裁判所も、そのような法律論に持ち込んだ外務省も、共に「法匪」だと思う。長引く裁判で、原告のうち何名かはもう鬼籍に入っている(ときどき思うんだが、日本の裁判所って、牛歩のような裁判で、原告が死に絶えるのを待っているんじゃないか、と妄想したくなるくらい、効率が悪いよな。まあ、パッパと死刑判決が出てしまうような国も、それはそれで問題だが)。
ちなみに番組にも出ていたけど、自民党の尾辻秀久氏が、国会において外務省を追求して、良いこと言っているのだ(これとかこれ)。久々に自民党議員を見直しましたよ(笑)。尾辻さん、日本遺族会の副会長とかもしてたり、「正しい歴史」がどうたらこうたらとか言っていたり、完全に「右」の人なんだけど、ドミニカ移民の件に関して(だけ)は素晴らしいですね(他の政治的信条は全くそりが合わないけど)。あと、民主党では川内博史氏が、この問題に取り組んでいますね(これとかこれ)。
でも、外務省の役人も、可哀想だな、とも思う。これだけ責任回避の言辞を弄しなければいけないんだから。凄まじきものは宮仕えかな。

ともかく、この春の判決に注目です。

February 02, 2006

今は既にない「懐かしい」場所へ―『博士の愛した数式』

のっけからお恥ずかしい話ですが、久しぶりに、小説を読んで(その後映画を見て)、涙を落としてしまいました。それは小川洋子さんの『博士の愛した数式』です。

僕は感激屋のつもりですが、「泣く」ことは滅多にないです。一番びっくりしたのは、自分自身です。何が僕の「泣きツボ」だったのか、それを考えつつ、この文章を書いています(最初に申し上げますが、「すごく泣けます」と皆さんにこの作品を推薦するつもりはありません。僕がたまたま泣けただけで、他の方がどう感じるかは判りません。ただの自己分析です)。

これ以降は、ネタバレを含みますので、小説及び映画を白紙で見たい方は読まないでください。

さて実は、僕、昔けっこう小川洋子さんの熱心な読者だったんですが(芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』のサイン本を買ったほどです。あれは神田の三省堂だったな。端正な字でした)、その「甘い」世界からわざと距離をおくべく、この10年ほどは読んでいませんでした。

しかし、映画化もされたということだし(僕の好きな深津絵里が主演だし)、まあたまにはと思って手に取ってみたら、ぐいぐい読んでしまって、今日のテスト監督中(自分が担当している「宗教学」という講義のテストでした)に読み終えて、そのまま夕方に映画まで見に行ってしまいました。実は、テスト監督中読んでいるとき、目頭が熱くなり、焦りました。学生は気付いていなかったでしょうけど、鼻をすする音くらいは気付いたかな。

小川洋子さんの世界って、いつも何らかの濃密で、内閉的な(でも居心地は良い)一種の「共同体」が崩れた後、「私」がそれを一人称で回顧する、というモチーフが多いと思うのですが、この本も、その例に漏れませんでした。特に今回は数学者という設定が奏功しています。物語の端々で出てくる数式の完全な「美しさ(友愛数や完全数の美しさといったら!!)」は、家政婦である「私」と息子の「ルート」と「博士」の3人で形成される「共同体」をより美しくする効果があったと思います。

ストーリーは他のところでも色々書かれているので、簡単に説明すると、天才的数学者だった「博士」は交通事故の後遺症により、80分しか記憶が保てません。そこに、身の回りの世話をする家政婦として「私」が派遣されます。「私」は幼い息子「ルート(この呼び名は、後に博士が付けた)」と二人暮らし。何故か数学と子供を愛する「博士」は、「ルート」をまっすぐに愛し、3人の奇妙で暖かな生活がぎこちなく始まるが・・・というのが骨子です。

で、何で僕はこの作品に涙したのか、とずっと考えていました。
まずは、博士の「記憶」のはかなさという「道具立て」に参った、というのはあるでしょう。若年性アルツハイマーを扱った『私の頭の中の消しゴム』はヒットしましたし、長期連載のマンガには記憶喪失がつきものです(笑)。普段の生活でも、こっちは覚えているけど、向こうは覚えていない、という体験だって、けっこう哀しいものがあります。しかもこの博士の場合は、同じところをグルグル回るだけです(原作の小説では、その「80分のテープ」すら、最後に壊れていきます)。その博士の苦悩(目の前の事態が飲み込めないこと)が伝わってくるシーンがあり、小説でも映画でも、それは白眉のシーンでした。

もう一つは、先日のエントリで早世した同世代の研究者について触れましたが、この博士も、人生の途中で、志半ばで諦めざるを得なかった境遇です。そこにも、僕なども研究者の端くれですし、ついつい感情移入してしまった可能性があります。

そして最後に考えついたのは、この小説(映画もほぼ原作を忠実になぞっているので同じです)、この物語の登場人物が、全て互いをいたわり合っていることを、そしてその関係がいずれ失われていくことも含めて、とても切なく感じたのだと思います(一人称の回顧は、回顧すべきものが既に失われていることを最初から示唆しています)。3人の世界は、あまりにも美しいから。

映画では、深津ちゃんが良いのは当然として(ファンの贔屓目)、やはり博士役の寺尾聰さんが素晴らしいですね。

人によっては物足りない、という人もいるでしょうが、僕はこの小説の終わり方が好きです(映画の方が少しドラマティックに作っています)。

というわけで、久々に読んだ小川洋子さんですが、やっぱうまいです。帰り道で、その書店にある彼女の文庫を全部買ってしまいました・・・(昔読んだものは買いませんでしたが)。この『博士の愛した数式』は、恐らく読み返すこととなるでしょう。

追記:映画の中で「あれ、あれは小川先生では?」と思ったら、やはりそうでした。ある場面でカメオ出演なさっています。僕は小川先生の目の前にいた高村薫似の女性に気を取られていて、思わず見落とすところでした。

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