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April 30, 2006

「顕彰」はする、でも「慰め」にはしない

Shimamori 昨日、もと読売新聞記者の田村洋三さんの著書『沖縄の島守―内務官僚かく戦えり』(中央公論新社、2003年)を読みました。これは、戦争末期、沖縄で最後まで奮闘した島田叡(あきら)沖縄県知事と、荒井退造県警部長という二人の「文官」の足跡を、生き残った周りの人々の証言から再構成したもので、非常に感銘を受けました。ちなみに田村さんは、同じく沖縄戦で自決した海軍司令官大田實の伝記も書いています(『沖縄県民斯ク戦ヘリ』講談社)。なお、島田知事に関して一番有名な評論は、島田知事の第三高等学校の後輩であった英文学者で評論家だった中野好夫の「最後の沖縄県知事」でしょう(中野好夫集8『忘れえぬ日本人/人間の死に方』、筑摩書房、1985年)。僕も島田知事についてはこの評伝で知りました。

戦況は絶望的になり、沖縄は本土の「捨て石」とされ、多大な被害と悲惨な記憶を持たされることとなったわけですが、何と言っても聞くのが辛い証言は、戦争末期の日本軍の県民に対する「暴力」です。食料を奪う、住民が避難していたガマ(洞窟)から追い立てる、鳴き声が聞こえるとまずいからと赤ん坊を殺す、というような酸鼻きわまる事件はこれまでも繰り返し語り継がれてきました。
そしてこの書では、そのような「この世の地獄」の中で最後まで冷静さと優しさを失わず、今も沖縄県民に慕われている島田知事と荒井部長が「顕彰」されているわけです。もちろん、僕もこのお二人の人柄に感銘を受け(まさに「noblesse oblige」を地でいくような人たちです)、思わず涙ぐんでしまった口ですが、気をつけなければならないのは、「こういう希有の存在」を内地(ヤマト)の「免罪符」にしてはならない、ということです。内地から派遣された官僚や軍人にも素晴らしい人材がいた、という事実を持ち出して、安易に慰めにはしてはいけないのではないか、と思いました。もっと言えば、こういう素晴らしい人材を犬死にさせた大きな時代状況をやはり「憎む」必要がある、ということです。この書を読んで思ったのは、以上のようなことです。

追記:現在、沖縄戦の生き残りの元軍人が「私は住民に集団自決を命じてなどいない」と、『沖縄ノート』を書いた大江健三郎氏と出版元の岩波書店を名誉毀損で訴えるという裁判を起こしているそうです(この裁判の原告を支援する人びとの顔ぶれを見ると、なるほど、こういう運動か、というのが判りますが・・・)。「命令などしてない」という一点突破を計りたいようですね。ここに書かれているように、「命令」があったかどうかは、問題ではありません。そのような時代背景のもと、どのような「力学」が働いていたかどうかが問題なのです。これは、例えば従軍慰安婦に軍が関与しているかどうか、というのを命令書の有無だけで片付けようとする流れと軌を一にするものといえるでしょう。

April 23, 2006

久々の学生劇団鑑賞

今晩、久々に学生劇団の公演を見に行きました。

教え子のKさんが関わっている公演のお知らせが来たので、ちょうど暇つぶしに良いかなと思い、京都大学西部講堂に行ってきました。あの有名な西部講堂(ロックの殿堂、という感じですよね)に入ったのは、これが実は初めて。
劇団名は「劇団ケッペキ」、公演演題は「恋愛戯曲」というものでした。脚本は鴻上尚史。許可をもらって、鴻上さんの脚本で上演しているそうです。僕は第三舞台を見たことがないので、鴻上さんの脚本も初体験でした。

ストーリーを簡単に説明すると、売れっ子脚本家(ただしスランプ中)が、テレビ局のプロデューサーに「私を好きになってくれたら、良い脚本書けるような気がするから、私を好きになって」と迫るところから始まるドタバタ喜劇です。主人公が脚本家で、彼女が書く脚本が同時進行で語られるという「劇中劇」の形式を取って、頭を軽く混乱させてくれます。でもこれは、観客に緊張を強いる類の混乱であって、意図されたものでしょう。

今回の公演、最初っからけっこう針の振り切れたテンションでぐいぐい進んで「最後まで保つかな、大丈夫かな」と思わず心配してしまいましたが、意外と保ちました(2時間の長丁場だったのに)。やはり若いと体力がありますね(笑)。主演の二人、劇中劇もこなさなければいけないので、そのようにテンションの緩急を付けるかが難しいと思いましたが、頑張っていたと思います。2時間、5人だけの室内劇を飽きさせずに演じていたと思います(えらそーですね、僕も)。

さて僕は昔、何故か学生劇団関係の友人が多く、彼らに毎月のようにチケットを押しつけられ、律儀に見に行っていました(チケット自動購買機と言われたほどです)。その頃の雰囲気を今回久々に味わって、なんか懐かしいものを感じました(西部講堂に入って、やはり駒場小劇場を思い出しちゃいました)。偶然及び私事ですが、学科の同級生で、学生劇団を経てプロの脚本家になったのが一人いますので、ますます今回の劇のネタそれ自体も感情移入してみてしまいました。

たまには、若い子のエキスを吸うべく若い頃の雰囲気を懐かしむため(恐らく、今回見に来ていた観客で、僕が最年長)、学生劇団の鑑賞も悪くないな、と思いました。

April 15, 2006

言ってることとやってることが・・・

今日はちょっと「衝撃的」な事件を目撃してしまいました。

夜、大学の近所のうどん屋さんで夕飯を摂っていたのですが、突然少し化粧のきつめなお嬢さん二人組が入ってきて、おかみさんが「いらっしゃいませ」を言い終わらないうちに、一人が入り口近くのトイレにバタンと入ったのです。これにはお店の人間も、僕たちお客もしばし呆然。僕以外の皆さんも、はにわ顔になって呆れました。
ドアの外で待っていたもう一人の子におかみさんが、当然ですが「あなたたち、食べに来たの、それとも単にトイレを借りに来たの?」と聞くと、「あの~、トイレの場所が判らなくて、借りに来ました」とその場で事後承諾を求めたわけです。まあ、無礼な振る舞いですわな。「トイレ借りて良いですか?」の一言もなくいきなり入ってきてと入れにバタン、でしたから。「何言うてるの、うちは公衆便所ちゃうんよ」との言葉に「でも~、もう入ってはりますから~」とクネクネしながら答える彼女。そして用を足した彼女が出てきたら、ころびまろびつするように「失礼しました~」の一言であっという間に立ち去ってしまいました。

恐らく彼女たちは、近所の河原かどこかで花見でもしていて、夜冷えてきてトイレに行きたくなったけど、公衆便所の場所が判らない、酔いの勢いも手伝って「あのお店で借りればいいやん」とばかりに走って来た、単に無礼な若い子だと思います。無礼な奴は、どの世代にも一定数いるものでしょうから、仕方ないな、とその時は思いました。

この二人の行動を取り上げて、一般論として若者の精神の腐食や退嬰を言いたててもいいのですが、僕はそういうことをするつもりはありません。でも、彼女たちの行動にイライラしたのも事実。というわけで、僕の心がざわついた理由をつらつら考えてみて、あることに気付きました。それは、言い訳をしていた彼女が、一貫して「丁寧な言葉遣い」をしていたということです。用を足している友人に「~してはる」と不要な敬語を使っていることはご愛敬だとして、rudeなふるまいの割には言葉が丁寧だったもので、我々は怒りのハシゴを外された感じになって、怒るに怒れなくなり、それがイライラの真の原因ではなかったかと思います。もしも彼女たちが「トイレくらい貸せや、こらあ」というような感じで闖入してくれば、行動と言葉遣いに一貫性がありますから、彼らが立ち去ったあと、お店の人や我々お客の間に「いやあ、さっきのは酷かったですなあ」「今の若い子は、みんなああですかね」などと一種の連帯感まで生まれて、彼女たちの無礼なふるまいをひとしきり話題にして、気持ちを昇華できたかも知れませんが、それができなかったので、お店の中には、その後奇妙な空気が流れました。結局、お勘定の時、僕もおかみさんに話題を振ることもせずさっきのことを「なかったこと」にしてお店をあとにしました。

丁寧な言葉遣いで無礼な振る舞い、計算ずくならすごいですが、恐らく天然(偶然)でしょう。彼女(達)は、何度かこれで危機を乗り切ってきたのでしょう。でも、これだけは言っておかねば。お嬢さん、上目遣いの「ごめんなさ~い」が通じるのは、あと数年だよ(笑)。

April 09, 2006

「役に立つ」「役に立たない」って

今日、学者の先生方やお坊様との研究会があり(僕が発表者だった)、その後の懇親会で、「公益法人」改革についての話題となった。

僕も法律に明るくないから、容易に説明はできないが、要するに、宗教法人を含めて「公益法人」のあり方が、小泉政権の「構造改革」の一環として、著しく変化するかも知れない、という話だ(と思う)。特に、問題となるのは、宗教法人の場合、「公益性」。今日の話題もその点だった。何をもって「世の中に役に立つ」というのか。宗教法人も、それがある程度問われるのは仕方ないにしても、その「目盛り」がどのような目盛りかが、問題となる。

僧侶の方の「一連の構造改革はおかしい」という話を横で聞いていて、非常に身につまされた。と言うのも、僕が所属している文学部なんか、「何の役に立つの」と、やいのやいのと外から言われる(運命の)学部だからだ。つまり、立場としては、公益性を開陳することを迫られている宗教法人と、共通する点が多いのだ(実際、そういう作文もちょっと書いたことがある)。大学は一種の「申し開き」として「市民講座などを開催して、市民に知の果実を還元しています」などと言っているが、なかなか納得してもらえなかったりする。

で、考えたいのは、「公益性」、「役に立つ」とはどういうことか、ということである。大学の学問では、即戦力となる学生を育てたり、分かり易い例で言えば、医学や薬学、工学などで、「実用化できるアイディア」を出したりすると、「公益性がある」と見なされるだろう。僕もこの点は異存がない。しかし、まさにそのような「目盛り」で、特に文学部などを見てもらっては困る。「役に立たないことが、結局は役に立つのだ」という禅問答が通用しないなら、こう言い直そう、「文化の多様性を担保するために、ムダに見えることも必要なのだ」と。
これは、宗教にも当てはまると思う。宗教は、日本の諸宗教がどれだけその課題をクリアしているかは議論されるべきであろうが、「世の中とは違ったものの見方」すなわち世間と外れたものを提供することにこそ、その存在意義があるといえるだろう(聖とか非日常といっても良いが)。これも「文化の多様性」を担保していることだと思う。もっと過激に「反社会性こそが、宗教の社会性であり、存在意義なのだ」と言いたいところだが、そこまで言うと、角が立つだろう(笑)。
大学も、世間からちょっと遊離(浮世離れ)しているくらいの方が、却って「存在意義」が生じると思うのだが、どうだろう。上記のいわゆる「実学」と呼ばれる分野にしたって、じっくり腰を据えて行う基礎的な研究があってこその「成果」である。

「公益性」という法律では制定できないようなこと(公益性というものを構成する「要素」なんて、どうやって定義するのか)を錦の御旗みたいに振り回す考えは、ちょっとどうかと思って、つらつら書いてみました。

April 02, 2006

城崎温泉旅行にて

この土日、夫婦で初めて城崎温泉に旅行に行ってきました。別に志賀直哉のファンというわけではありません。それどころか、太宰治の「如是我聞」という罵倒エッセイを読んで以来、読んでもないのに、志賀直哉が嫌いになってしまっている僕です(笑)。事実、「城の崎にて」は教科書で無理矢理読まされたのですが、それ以外の彼の作品は手にも取っていないなあ。でも、妻と話し合った結果「メジャーな温泉を次々と攻めていこう」ということになって、ここを選びました。
まずは京都から「特急きのさき」に乗り、約2時間半。けっこうかかります。昔、文人墨客はどれくらいかけて、城崎に行ったのでしょうか。

Exp_kinosaki_1 (ちょっとレトロな車体でした)

電車から降りた途端、なんか湯気が・・・と思ったら、駅舎のすぐ隣の「さとの湯」(いわゆる城崎の「外湯」の一つ)という温泉の足湯でした。うれしがりの我々は、すぐさまものは試しと実践。

Ashiyu (左が僕、右が妻)

まだチェックインまで時間があったので、ぶらぶらと街中を散策。といっても、城崎はそれほど大きな町ではないので、すぐに端までいけちゃうんですけど。で、観光客はほぼ登るであろうロープウェーで大師山山頂に行って、町の全景を見ました。で、その山頂でいきなり目に入ったのがこれ。

Kaniduka_1

その名の通り「かに塚」なわけですが、城崎といえば、「かに王国」を名乗るほど、かに料理が有名な場所。食い尽くしておいてこういう碑を建てるのは、「アニミスティックな共生思想」なのか、それとも「ちょっと偽善」なのか悩むところです。でも、もっと衝撃的なものは、その隣にありました。

Kozou(目が危ない。爪まで青く塗っているのは何故?)

この一休さんライクな看板ですが、何とも言えない味を醸し出しておりました。この山にあるお寺は「温泉寺」という真言宗のお寺なのですが、看板がたいていこの小僧さん看板。フォローしておきますと、本堂でのご住職のご説明は非常に丁寧で良かったです。
山を下りて、宿にチェックイン。泊まったのは「千年の湯古まん」という宿。いつも思うんですが、温泉宿の夕食って、これでもかっていうくらい量が出ますよね。今回もそうでした。さっき見てきた「かに塚」のことをちょっぴり頭に思い浮かべながら、カニを貪り、満腹&日頃の疲れから、珍しく日付が変わる前に爆睡。

翌朝、チェックアウトして外に出たら、城崎を流れる川に人だかりが。何かと思ったら、「流しびな」のお祭りでした。

Nagashibinahanbai

普通の人も、上記のような流しびなを買って、そこに願いを書いて流せる、というイヴェントでした。
Kaijou (流しびなの舞台)

どこかのテレビ局も取材に来ていました。しかし、川の流れがゆっくり過ぎて、なかなかひなが流れてきません。しびれを切らしたイラチの僕たちは、「城崎マリンワールド」に向かいました。水族館好きの僕としては、やはり外せない施設です。城崎温泉駅からバスで10分ほど。城崎って、もっと山の中にあるというイメージを勝手に持っていたんですが、物凄く海に近いことを知りました。この水族館、トド、イルカ、アシカ、セイウチなど、いわゆる「海獣」が充実しているのですが、実は、僕の印象に一番残っているのはオオサンショウウオでした。入り口すぐの「淡水魚」の展示のところに、びっくりするような大きなサンショウウオが待っています。何でも、日本で一番大きい飼育オオサンショウウオだそうです(140センチくらい)。オオサンショウウオなんて、なかなか見ない上に、この大きさ。そして愛嬌。僕のツボでした。妻は、やはり上記の海獣やペンギンなど普通に可愛いものの方が良いみたいでしたが・・・。
Kamairuka (カマイルカのショー)

マリンワールドから駅に戻り、おみやげ屋さんを何軒か冷やかし、再び「特急きのさき」で京都に帰りました。
というわけで、英気を養い、明日からの新年度をできればしゃっきりした気持ちで迎えよう、とは思っているのですが、旅の疲れが出そうで、危険です。

「次はどこの温泉に行こうか」と帰宅後すぐに話し合った僕ら夫婦は、それなりに年を取ってきた、ということでしょうか・・・。

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