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« 城崎温泉旅行にて | Main | 言ってることとやってることが・・・ »

April 09, 2006

「役に立つ」「役に立たない」って

今日、学者の先生方やお坊様との研究会があり(僕が発表者だった)、その後の懇親会で、「公益法人」改革についての話題となった。

僕も法律に明るくないから、容易に説明はできないが、要するに、宗教法人を含めて「公益法人」のあり方が、小泉政権の「構造改革」の一環として、著しく変化するかも知れない、という話だ(と思う)。特に、問題となるのは、宗教法人の場合、「公益性」。今日の話題もその点だった。何をもって「世の中に役に立つ」というのか。宗教法人も、それがある程度問われるのは仕方ないにしても、その「目盛り」がどのような目盛りかが、問題となる。

僧侶の方の「一連の構造改革はおかしい」という話を横で聞いていて、非常に身につまされた。と言うのも、僕が所属している文学部なんか、「何の役に立つの」と、やいのやいのと外から言われる(運命の)学部だからだ。つまり、立場としては、公益性を開陳することを迫られている宗教法人と、共通する点が多いのだ(実際、そういう作文もちょっと書いたことがある)。大学は一種の「申し開き」として「市民講座などを開催して、市民に知の果実を還元しています」などと言っているが、なかなか納得してもらえなかったりする。

で、考えたいのは、「公益性」、「役に立つ」とはどういうことか、ということである。大学の学問では、即戦力となる学生を育てたり、分かり易い例で言えば、医学や薬学、工学などで、「実用化できるアイディア」を出したりすると、「公益性がある」と見なされるだろう。僕もこの点は異存がない。しかし、まさにそのような「目盛り」で、特に文学部などを見てもらっては困る。「役に立たないことが、結局は役に立つのだ」という禅問答が通用しないなら、こう言い直そう、「文化の多様性を担保するために、ムダに見えることも必要なのだ」と。
これは、宗教にも当てはまると思う。宗教は、日本の諸宗教がどれだけその課題をクリアしているかは議論されるべきであろうが、「世の中とは違ったものの見方」すなわち世間と外れたものを提供することにこそ、その存在意義があるといえるだろう(聖とか非日常といっても良いが)。これも「文化の多様性」を担保していることだと思う。もっと過激に「反社会性こそが、宗教の社会性であり、存在意義なのだ」と言いたいところだが、そこまで言うと、角が立つだろう(笑)。
大学も、世間からちょっと遊離(浮世離れ)しているくらいの方が、却って「存在意義」が生じると思うのだが、どうだろう。上記のいわゆる「実学」と呼ばれる分野にしたって、じっくり腰を据えて行う基礎的な研究があってこその「成果」である。

「公益性」という法律では制定できないようなこと(公益性というものを構成する「要素」なんて、どうやって定義するのか)を錦の御旗みたいに振り回す考えは、ちょっとどうかと思って、つらつら書いてみました。

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Comments

私は理系の応用系の学部に属しておりまして、そこでも常に実学が叫ばれ、研究の方向を制限しようとする動きが強いです。私の研究は基礎も基礎なので、大変困っています。多分日本中の基礎研究者がほとんどみなかわせさんと同じ考えなのではないでしょうか?
知り合いの教授の言葉を引用します。
「象牙の塔というのは世間から超越しているのではなくて、むしろ社会不適合者を世間から隔離するためのものなんだ。そうやって適当に金を与えて閉じ込めておくと、たまーにとてもいい仕事が出ると。そういうのがヨーロッパの大学の伝統なんだよ」
へたに隔離された人を表に引っ張り出すのはどうか、ってところですね。
駄文失礼しました。

ちゃあり~さま
文理問わず、基礎的な研究(すぐにはお金にならない研究)は、「存在意義」を声高に言いつのる「仕事」まで増えて、アップアップですよね。怠けたり、遊んだりしているつもりもないんですけどねえ。

お知り合いの教授の言葉、同感です。大学院進学を「入院」と茶化すのにも、一理ありです。僕も、自分が社会性のある人間とは到底思えません(笑)。でも、僕が「俺ってもしかして社会性がある方かも」とうぬぼれられる大学の環境も、問題ありでしょうね・・・。

 ちゃありーさんのご懸念、ある意味で同感です。

 僕としては、基礎的学問の存在意義に関して、また一つ違った問題意識を持っていたりもします。
 僕は薬学部という、それこそ理系の応用系のところに居りますが、学部6年化問題という困った淘汰圧がかけられた関係で、どうしたもんかいな?と思って久しいところです。
 末端の一匹では如何ともし難く。
 ここの常連さんの方々と川瀬さんには、この薬学部6年化問題の何が困った事態か(そして、これが何故“淘汰圧”なのか)をわざわざ説明する必要は殆どないと思います。ただ、少なからぬ臨床方面の方々の研究という営み一般に対する極度の無理解ぶりに辟易させられるということだけは書いておいていいかと思います(基礎系サイドの人材にも、練るべき作戦や対処法はあると思いますけどね)。

かわせ君はキングオブ社会性のような(笑)
それはともかく、「文系の学問」も「宗教団体」も、時に求心力が強すぎて、外への説明責任を果たせていないきらいはありますな。永遠の課題でしょうか。

横山さん
外部の人間には薬学部六年制の問題点って分かりづらいと思いますので、もうちょっと補足説明していただけますか?僕も説明せよ、といわれれば曖昧になってしまうので。
先ほど、東大薬学部の松木先生のサイトを見て少し勉強したのですが。
http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~matsuki/series/HS-guidance.htm

>少なからぬ臨床方面の方々の研究という営み一般に対する極度の無理解ぶり

って、薬学(医学)方面でもそうなんですか。端的に頭悪いとしか言いようがないですね。

こいけ君
だからあ、上に書いたように僕が「社会性あり」と見なされる大学という世界が異常なの(笑)。それが証拠に、僕、大学を出て有名企業に入社した「社会性のある」友人って、数えるほどしかいないです。そういう人とは、そりが合わなかったから、大学の中に引きこもったわけです。
「外への説明責任」を果たせていない、というのはその通りなんですが、「役に立つか立たないか」という向こうの尺度に合わせて喋ると、まさに向こうの「思うつぼ」になるというのが悩ましいわけです。

>川瀬さん
 松木先生のサイトを御覧になっているのであれば、大概のことは分かるのではないかと思います。
 学部6年化の問題点(と僕が考えること)を列挙すると、以下のような感じです。

・病院薬剤師の育成(という職業訓練)に特化した教育を過偏重視することで、臨床薬剤師(→、病院、薬局、薬店)以外の社会貢献の可能性を狭める。
・同じ理由で、薬学の教育者候補や研究者、院生の数が減ることにより、研究の業界や製薬企業における「薬を作り、開発し、調べる」ための人材の供給が怪しくなる。
・日本の生命科学の研究業界で、医学や薬学の人材がなす貢献は極めて大きく(例えば、日本生化学会の場合、学会員の過半数が医学部と薬学部)、この方面の研究者の供給が減ることで日本の生命科学の研究業界は大打撃を受けること必至。今回の学部6年化と全国各地の薬科大学及び薬学部の増殖により、薬学部は学部生の総数で工学部に次ぐ2番目に大きな学部になったのに(法学部や医学部よりも巨大!)。
・薬剤師の人数は全国的に余っているが、臨床現場は概して人手不足(女性が多く、結婚して辞めてしまうと、再就職できない)。その歪んだ人余り現象だけは解消するかも知れないが、現場の人手不足を解消する可能性は低く(ワークシェアの普及やフルタイム以外の労働を認めるなどの業界努力が無い限り無理だろう)、そうなると遅かれ早かれ現場における職業能力の継承が問題になる(いわゆる 2007 年問題と同じ事が起きる)。
・薬剤師の職業能力には研究に類する内容も必要だが、その能力を訓練する機会は今回の学部6年化では事実上用意されていない。
・薬剤師の資格取得には6年生の学部を卒業する必要があることになっているが、実際の職業訓練に際して6年は無駄に長い。実質的には、2年間の修士課程若しくは卒後教習で必要十分。
・そして、しばらくの間はそんな6年生学部の学生を教育するのは、4年生学部出身者。
・手続き論の問題も一つ。学部5年次又は6年次(若しくは臨床専修の修士課程)で必須の半年間の臨床実習で、大学から現場に学生を派遣・分配するシステムが未設計。薬学部6年化を主張してきた勢力は、20 年以上もその主張をしてきていながら、政策としての実行可能性を検討しておらず、具体的な手順に関しても満足な検討をしてこなかった。

 時間の都合で、更なる補遺はまた改めて。
 泪がちょちょ切れる状況が、少しはご理解いただけるでしょうか?
 取り急ぎ。

横山さん、詳細な説明ありがとうございました。
でも、「何故6年制」なのか、というのがホント、よく判りませんね。必然性とか、そういうものが感じられない。
僕の知り合いで、東大薬学部を出て理学部の助手をしているのがおりますが、彼なんかミツバチの研究とかしているんですけどねえ。そういう基礎研究がますます肩身が狭くなるってことですか・・・。

 ちょっと分かりにくいと思われる箇所があるので、そこだけ更に少々補遺を。
 薬学部の6年化が現場の人手不足を解消する可能性が低いところに関してです。

 ご存知の通りの少子化で、受験生の母集団は年々小さくなっており、加えて薬学部の6年化で薬学部志望の受験生も減少するでしょう(実際、それを示唆するデータは出始めている)。そうなると、雨後の筍のように各所に出来ている新設の薬科大学及び薬学部の統廃合が恐らく遅かれ早かれ進み(最速で6年後くらいには...)、既存の私立大学薬学部及び薬科大学も同じ淘汰の波に飲み込まれるでしょう。その際、この期間に入学した薬学部生はその影響をもろに受けます。しかし、臨床薬剤師の現場での雇用状況は、病院にしろ薬局・薬店にしろ多くはフルタイムが前提(最近では、薬剤師の派遣業も定着しつつあるが、週3日以下の求人は少ない)で、既婚女性にとっての働きやすい職場の数は(他業種同様)まだ少ないのが実状です。
 しかし、薬学部生の圧倒的過半数は女性です(男性の方が多い大学は、東大を含め少数)。男子薬学部生に関しても、女子のそれに比べて圧倒的に有利かというと、そうとも言い難いのが実状です。薬店その他では現状は売り手市場ですが、薬局・薬店の数は都市部を中心にやや飽和気味で今後の少子高齢化に伴う人口の減少を鑑みるに、業界の先行き不透明さ加減は如何ともしがたいためです(勿論、社会的需要がゼロになることはないのですが、人数を割り振るうえでのアンバランスがより激しくなるというわけです)。

 時間差で、補遺のアップが遅れてしまいました。
 そうですね。基礎研究の肩身は狭くなるでしょうね。

 「6年」である最大の理由は、「医学部医学科が6年」であり「欧米諸国の薬剤師が大学を6年以上かけて卒業している」(ために、“箔がつかない”)からです。全く馬鹿馬鹿しいことです。

 臨床研究にしたって、その手法においては基礎的な自然科学のそれと大差ないのに。
 臨床サイドの人間(のうち、少なからぬ連中)は「薬の開発は理学部出身の連中にやらせろ」とか、のうのうと宣っておりますから。勿論、製薬企業の方々は「(製薬の全てを知っている)薬学部出身者に来て、開発・研究をして欲しい」と、皆さん哀願なさっています。

 ミツバチを用いた研究をやっている人というと、心当たりがありますね。
 ここから先は、電子メールにしましょうか(実は、こっそり細工をして、ここでの記入欄では本物そっくりの似せアドにしています)。

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