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December 30, 2006

お正月は遊ぶように

さて、このエントリは、僕が一応指導している卒論・修論を抱えた学生の皆さんに向けてのものです。
以前「25メートル泳ぎ切ってくれ」などという偉そうなことも書きましたが、今回は、ある意味逆のことを皆さんにアドヴァイスしたいと思います。
簡単にいうと、この大晦日とお正月の二日間ぐらい、論文のことをすっぱり忘れて、ご家族や親戚、友人と楽しい時間を過ごしなさい、というアドヴァイスです。

まず、この所、何人かの書きかけの論文を拝見していると、論文のテーマに没頭・熱中するあまり、論旨の繰り返しや引用の重複、もしくは逆に自分では判っているせいか説明不足の部分が目立ちます(目立つところには朱を入れて返したはずです)。こういう事を防ぐためにも、一旦自分の脳味噌をクールダウンする必要があります。そのために数日間、敢えて論文に手を触れないことをお勧めしたいのです。
もう一つ、非常に冷たい言い方をすれば、〆切間近の今となっては、どうあがこうと、その論文の出来は、今までの頑張りに比例してほぼ決まってしまっているという冷徹な事実があります。もちろん、手を抜けと言っているわけではありませんが、劇的な変化というものは、学問においては、余程の集中力と運の良さ(偶然決定的な資料や論文にぶち当たるとか)がない限り無理ですし、そういう「運の良さ」は今まで色々調べた人に(時々ご褒美として)降ってくるものだと思います。

というわけで、正月に頑張る姿も美しいと言えば言えるのですが、そんなことよりも親しい人と初詣に行って、学業成就をお祈りしましょう。

よいお年を。

December 24, 2006

久高島へ

Okinawa0612_122 沖縄出張の最終日。今日はそれぞれ三々五々飛行機に乗って帰るだけなので、僕は夕方遅めの便を取って、今回の見学旅行をコーディネートしてくださった佐藤壮広先生に最後まで甘える形で、オプショナルツアーに参加しました。
向かう先は、二日前、斎場御嶽から眺めた「久高島」です。この島は、神女組織が12年ごと、午年に行う「イザイホー」という祭りが大変有名で、名前を聞いたことのある方も多いかと思います(過疎のため、1978年以降は行われていません)。Okinawa0612_134 余所者はこの島のものは石一つ持って帰ってはならない、とまでいわれる「神の島」だったそうです(同行者のO先生は、お子さんのために、珊瑚の欠片を拾って持ち帰ってしまいましたが、内緒です)。
全部で11名、タクシーに分乗して、ホテルから久高島行きのフェリーがでている安座真港に向かいます。フェリーで20分ほどの小さな船旅の始まりです(ついでにいうと、この日はけっこう波が高く、僕も久々に船酔いしそうになりました)。

Okinawa0612_131 さて、この島について、琉球大学の赤嶺政信先生という方が以前に作られたレジュメを参考資料として佐藤先生からいただいていたのですが、何と驚くべきことに、その赤嶺先生がご自分のゼミ生をつれて、偶然にもフェリー乗り場にいらっしゃるではないですか!恐るべき偶然。これには本当に驚きました。赤嶺先生も、いわば実習として学生達を引き連れての見学だったそうで、たまたま居合わせた我々は、図々しくも先生のレクチャーを(タダで)聞くべく、ご一緒することになりました(島ではもっとボーッとする予定でしたが、しっかり「学習」してしまいました)。この場を借りて、赤嶺先生と学生の皆さんにお礼申し上げます。
赤嶺先生の案内で、島のあちこちにある「御嶽」や聖地を回ることが出来たのですが、Okinawa0612_147 あっという間に帰りの船の時間!!最終便で帰る赤嶺先生ご一行を後に、僕たちは走って船着き場に戻りましたが、佐藤先生の案内で、最後に、イザイホーが行われた小屋を見学する事ができました。家に帰って、イザイホーの写真集を見て「ああ、確かにここだ」と確認できました。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、そのままフェリーで久高島を離れ、港から首里城まで戻り、モノレールで空港に戻りました。

短い間でしたが、本当に沖縄が好きになってしまいました。商売柄、「オリエンタリズム」とか「植民地主義」とか「ポストコロニアリズム」とか、そういう言葉を使ったりすることも多いのですが、済みません、こんなに簡単に沖縄という土地に癒されてしまいました
あと、ついでにいうと、お酒というのは、本当に気候に左右されるものだなあ、というのを実感しました。沖縄だと、本当に泡盛がうまく、僕のように弱い者でもスイスイ飲めてしまったのです(1:1の水割りが良いですね)。でも、おみやげに買った泡盛を自宅で飲んでも、それほどおいしくなく、すぐに酔っぱらってしまいました。
今度は完全に仕事抜きで訪れたいと思います。

December 23, 2006

沖縄出張その2

Okinawa0612_071 この日の見学はまず、うるま市にある「生天光(せいてんこう)神明宮」というお宮に行きました(お宮、という表現は、ここを作った「光主」ことTさんの表現。新興宗教や宗派ではない、という主張をしています。このTさんも、いわゆるユタだったそうです)。というわけで、ここではわざわざ我々見学者のために、いわゆる「朝の礼拝」を行ってくださり、それを見学させてもらいました。
宗教学者としてクールに扱うなら、神道系の新宗教の一つ、ということになるのでしょうが、沖縄の地元の神や、彼女なりの独特の世界観が渾然一体となっていて、「本土」の神道系新宗教とは一線を画しています。Okinawa0612_080 どうも普通の「神道系新宗教」というカテゴリーには、ちょっと入りそうもないと思いました。その世界観は、僕などが到底説明できるものではありませんが、地球を守らねばならないとか、そういういわゆる「ディープ・エコロジー」的な発想も見え隠れしていました(ネイティヴ・アメリカンとの交流も行っているそうです)。でも、驚いたのが、このお宮、ちゃんと神社本庁傘下に入っているそうです。神社本庁も、思ったより柔軟なのかなんだか知りませんが、素直にびっくりしました。

昼食に沖縄そばを食し、今度は沖縄市泡瀬において、これまたユタの方の儀礼を拝見しました。場所は「泡瀬びじゅる」というところ。地元の方の信仰を集めているところらしく、立派なお祭り道具も倉の中に入れてもらって拝見しました。

Okinawa0612_115 その後は、南風原文化センターにおいて、沖縄出身のアーティストと沖縄の精神科の医者である方をゲストに招いて、【痛みとアートの可能性―「痛み」の臨床と精神文化の諸相を知る】と題されたトークセッションを行いました。これはいわゆる「宗教」的現場では、「痛み」をどのように感じて、どのように解きほぐすかという臨床的な課題というものがあり、それはアートや精神医療にも通じるだろうということで、上記のような方にゲストとして喋っていただいたのです。
話は多岐にわたって、まとめられないのですが、僕が聴き取って印象に残った部分は、沖縄も韓国も近現代史において、拭いがたいトラウマとも呼ぶべき事件を経ているわけですが、それをどのような形で昇華するか、というときに、例えばアーティストの活動(ある場所、ある時間に起きた特殊な出来事が、アートを通じて普遍性を持ち、例えばコザと光州を繋ぐ回路が出来ることもあるかもしれません)や、伝統的なシャーマニズムや神観念を通じた「緩解」への方策が探れないだろうか、という問題提起がなされていたと思います。
通訳の難しさや、沖縄のトラウマの解き方と、韓国における「恨プリ(「恨」を解くこと)」についての差異などによって、なかなか対話が錯綜してしまいましたが、僕が思ったのは「痛み」を完全に除去することが出来ないのなら、どのようにして痛みとともに生きていくか、もっと言えば「軟着陸させるか」ということが重要なのではないか、と思いました。なおこのセッションに関しては、こちらの方の感想もご覧ください。その後はこの会場である南風原文化センターのご厚意で、そのまま立食パーティを行わせてもらいました(たくさんの料理や泡盛まで用意してくださって、感謝です)。

December 22, 2006

沖縄出張その1

この21日から24日まで、沖縄に出張してきました。
僕は「日韓宗教研究フォーラム」というものの日本側運営委員の一人なのですが、その日韓合同運営委員会を沖縄で開催し、ついでに沖縄の宗教文化を色々見学しようという試みだったのです。21日は飛行機で様々なところから那覇に集合して夜に会議をしただけですので、これは割愛して、22日のことからブログに記録しておきたいと思います。

Okinawa0612_010 22日の見学は、世界遺産にも登録されている「斎場御嶽(セイファーウタキ)」からスタートしました。簡単に解説しますと、これは沖縄本島の南端に位置する聖地で、昔は琉球王権に関わる祭事が行われた禁足地でした。ちなみに「御嶽(ウタキ)」とは、沖縄における聖域で、本土の村の鎮守のようなものと思えばいいでしょう。この「斎場御嶽」では、聞得大君(きこえおおきみ)と呼ばれる巫女のトップ(琉球王の妹など、血縁の女性がなっていました)が祭事を行っていた場所です。僕は講義でこの御嶽や聞こえ大君の話を教えたことがあったのですが、実際に訪れたのは初めてだったので、興奮してしまいました。
Okinawa0612_014 天気もよく、眼下に広がる海の向こうに、聖なる島の久高島(くだかじま)もはっきり見えました。この久高島も、琉球神話にとって非常に重要な場所であり、島の女性が執り行う「イザイホー」という祭りで有名だった島です(久高島に関しては後述)。

Okinawa0612_037 この日の午後は、有名な「平和の礎(いしじ)」がある沖縄平和祈念公園を訪れました。ここは、沖縄戦で亡くなった様々な人の慰霊塔がずらっと立っている公園です(立派な資料館もあります)。亡くなった方の名前を一人一人刻んだ「平和の礎」の他にも、都道府県別の慰霊塔や(ついつい自分の地元の府県の慰霊塔を探してしまいました。各県によって個性があります)、韓国人慰霊塔もあります。ここでは、この見学旅行をコーディネートしてくださった佐藤壮広先生のお知り合いのユタ(沖縄の民間シャーマン)の方に、「沖縄戦没者墓苑」(遺骨を納めている国立の墓苑)にて沖縄流の慰霊の儀礼をしていただき、それを見学しました(僕たちも、線香を燃やしたり、紙銭を納めたりして参加しました)。Okinawa0612_052
このユタと呼ばれる人々は、いわゆる「霊感」が強い人が長じてなることが多いのですが、今回儀礼をやってくださった方も、大変霊感が強い方でした。というのも、最初この方は「韓国の人が怒ってるよ」とおっしゃったので、何のことかな、と思って聞いたら、「こちら(墓苑)を先にお参りして、自分たち(韓国人慰霊塔)を後回しにしてるって」とおっしゃるではないですか!韓国の人、というのは、「韓国人の魂」だったというわけです。我々は、この方にお参りする順序など教えてもいないのに・・・(韓国人慰霊塔は最後にお参りする予定でしたが、このユタの方には、お会いする時間と場所しかお伝えしていなかったのです)。これには、不信心者の宗教学者たる僕も思わず身震いしてしまいました。「この人は本物だ」と。
この沖縄平和祈念公園は大変広く、ここをぐるっと回るだけで午後一杯が終わってしまい、今日の見学はここまででした。(翌日に続く)

December 17, 2006

A WINTER TRAVELER'S TALE―鈴木祥子ライブ@京都拾得

さあ、またまた鈴木祥子さん(以下祥子さん)のライブに行って参りました(結局今年は祥子さんのライブ、五回行きました)。今年のライブは、これで見納め。思えば、去年も祥子さんのこの拾得ライブで締めたのでした。今回のタイトルは「A WINTER TRAVELER'S TALE」というもの。鬼木雄二さん率いる「YUJI ONIKI BAND」が総出演と言うことになりました。メンバー表を写すと、
YUJI ONIKI(vo.g)、勝井祐二(vln.)、POP鈴木(dr.)、石垣窓(gtr.)、正山千夏(b.)
W/ special guest ...山本精一(vo.gtr)
という面々でした。

まず僕は、このところいつもライブでご一緒しているRさんや有志と一緒に花束でも差し上げようという計画を立て、早めにRさんと拾得前で待ち合わせました。するとRさんが既に花屋さんにて結構ごつい花束を買ってくださっていて、約束通り、その一部のお金をお支払いし、寄せ書きのようにその花束に出資した面々が色紙に一言ずつ書いて祥子さんにお渡ししました(正確にはスタッフに渡したんですが)。入場の時、ちょっとトラブルがありましたが、僕は比較的早めに入ることができて(10人目くらいかな)、またもやかぶりつきの机に陣取りました。

開演時間より10分くらい遅れて、今回のライブはスタート。僕はその直前トイレに行っていたのですが、ドアを開けたら、祥子さんが「こんばんは~」と言っている最中だったのでメチャクチャ焦って席に戻りました(その時ぶつかってしまった方に、この場を借りてお詫び申し上げます)。祥子さんは白のシャツに、赤い巻きスカートとブーツとお下げ髪で登場(40代でお下げ髪があんなに可愛いなんて、反則も良いところです)。祥子さんは僕の眼前1メートルのところにあるウーリッツァーにお座りになり、一曲目がスタートしました。以下セットリストを中心にライブレポを書きたいと思います(今回は洋楽のカバーや、鬼木バンドのオリジナルも多かったので、僕も判らない曲が多く不完全なものです。情報をご存じの方はお教えくだされば幸いです)。

1)東京で生まれた女(一曲目からしっとりと。僕のふるさとって、大阪の堺と言えば言えるんだけど、東京や京都にも愛着があるしなあ。考えさせられる)
2)Blackbird(ビートルズのカバー。去年のここでも同じく演奏。)
3)untitled(「初恋の嵐」のカバー)
4)抱きしめたい(これもビートルズのカバー。これほどメジャーな曲のカバーって却って珍しいんじゃなかろうか。)
5)電波塔(リクエストに応じて。祥子さん曰く「この歌の歌詞、今歌っていて気付いたけど、性格悪いよね(笑)。あなたが独りでいると知ったら安心だなんてさ。未練たらたらでもあるし」)
6)タイムマシーン(CHARAのカバー。これはレア。何でも、あるお店で掛かっていて気に入ったとか。この曲も実は、祥子さんの好きな「C」と「G」のコードの曲)
7)ステイションワゴン(実はここもリクエスト・・・のはずだったのだが、ことごとくリクエストが却下され、結局祥子さんが自分で適当にこれを選ぶことに。まあ、冬っぽい曲ですよね)

ここで祥子さん、本当はヴァイオリンの勝井さんを呼んで二人でやるはずなのに、間違えて山本さんの方を先に呼んでしまうというアクシデント発生。結局勝井さんが現れて事なきを得たんですが(勝井さん曰く「試されているのかと思った」)、まだ出番ではないと思っていた山本さんの慌て振りがおかしかったです。

8)Woodstock(Joni Mitchellのカバー。勝井さんと二人で。勝井さんは、思った以上に背の高い人でビックリ。あと、足下のエフェクターを忙しそうに踏みまくるのにもビックリ)
9)I believe in you(Neil Youngのカバー。『After The Gold Rush』所収。この曲の時は、勝井さんが外れて、山本さんが入る)
ここで鬼木さんが登場。ここで、祥子さんはウーリッツァーからピアノ方面に移動。タンバリンを手に持つ。
10) Ballad of el Goodo(Big Starというアメリカのバンドのカバー。この曲は、鬼木&山本のダブルギター。祥子さん曰く、「このバンドの   アレックス・チルトンの書く曲は、暗いんだけど、マイナスとマイナスでプラスになるような、そういう力を持っている気がする。この前倉敷の大原美術館に行って好きな画家の絵を見たんですけど、絵にはいろいろな思いが込められているのと同じで、この人の曲にもそういうものを感じる」とのことでした。この曲のリードヴォーカルは勝井さん、祥子さんはタンバリン)
今度は山本さんがアウト。その替わりにベースの正山さんとギターの石垣さんが登場。祥子さんはドラムに移動。
11)Back of a Car(これもBig Starのカバー。このライブで、一番大きな音の曲だった。祥子さんの久々のドラムプレイ)
ここで祥子さんが一旦退場&休憩。勝井さんが戻って、ここから6曲は、鬼木バンドの曲です(以下の曲名は、このブログに教えていただきました。記して感謝します。)。
12)If I Should Arrive Soon
13)AM
14)42nd
15)Suncave
16)Place Names
17)Lost Highway PartⅡ
ここで祥子さんが戻ってきて、タンバリンを持ってフロントに。舞台が狭いので、色々けつまずきながら(実際、何度が譜面台から譜面がこぼれて、最前列の我々のいたテーブルに降ってくる事態さえ発生!)。
18)ラジオのように(これだけのバンドをバックにすると、カーネーションの時と同じように迫力あるなあ。)
19) Between beds and clocks
20)忘却(祥子さんはピアノ。この曲の元ネタであった祥子さんのお祖母様が先日お亡くなりになったとのこと。「祖母に捧げます」と一言)
21)Last days(宇宙飛行士が見た風景、と鬼木さんが言っていたような・・・)
ここで山本さん再登場。
22)One Bright Summer Day

一旦本編はここまで。以下はアンコールです。
23)Little Drummer Boy(鬼木さんとドラムのPOP鈴木さんの二人だけで。クリスマスソング)
祥子さんが再登場。
24)The Weight(The Bandのカバー。『Music from Big Pink』所収。祥子さんは鬼木さんに連れて行かれて、Tha Bandがレコーディングした跡地に遊びに行ったことがあるそうな)
25)have yourself a merry little christmas(祥子さんがウーリッツァーでソロ。クリスマスソング。めんちかつ様、情報ありがとうございます)

と、今日はここまで。当初、このライブ告知の時のイメージでは、鬼木バンドが祥子さんのバックを務めるのかなあ、と思っていましたが、ほとんど「対バン」でしたね。今回は、洋楽のカバー及び、今まで聞いたことのない鬼木バンドの曲が多くて、もうちょっと祥子さんの曲が聴きたかった、と言うのがファン(信者)としての偽らざる感想ですが、鬼木バンドもさすがの音でした。

そして、その後は拾得の豆カレーをいつものようにぱくつき、ビールを軽く引っかけ(その横では祥子さんも色々片付けをしておられました。その時の祥子さんのサンタのような赤いコートが可愛かったです)、一緒のテーブルにいらした常連さん達と(この方々とは、前回の磔磔のアフターでもご一緒した方々です)タクシーで四条木屋町に出て、二次会へなだれ込みました(東京や名古屋近辺からいらっしゃった方が多く、しっかり宿泊なさるというので)。そこで「あの時は」「あのアルバムが出た頃に」「あの時僕はまだ高校生で」というような昔話且つマニアックなお話を拝聴し、夜も更けたので、三々五々解散となりました。

祥子さん、来週のライブも頑張ってください(僕は行けませんが)。そしてライブ会場でお知り合いになった方々、ありがとうございました。またお会いしたいと思います。

December 15, 2006

「杞憂」になることを祈る

前々回のエントリと少し関わるが、この15日に、教育基本法の「改正」案が参議院本会議で、そして同様に防衛「省」への昇格も決まってしまった。この二つが同時に決まってしまったことは、後から見ると、もしかしたら「象徴的」な事件として取り扱われるかも知れない。

ということで、数年後、もしくは数十年後に「あの時が時代の転機だったよなあ」と振り返ることがないようにと祈っている最中だ。僕がこのブログでグチャグチャ言っていることは、基本的に杞憂であればこれ以上ない幸せ、という類のものだ。数年後、もしくは数十年後、まだ僕がブログをやっていたとして「あの時は過剰に心配したけど、杞憂でしたね、心配性で済みませんでした、ワハハ」という謝罪日記が書ければ、何も言うことはない。

でも、もし、僕が心配していたようなことが次々と起こってしまったら、僕にこの件で色々反対意見をくれた方々、忘れていなければで良いので、僕宛の謝罪メールか、そのニュアンスのブログでも書いてTB送ってください(慌てなくて良いです。最低数年以上お互い待ちましょう)。
とりあえず、自分に対する備忘録として、二つのことが決まってしまった今日を書き残しておきます。

December 08, 2006

上野洋子ソロライブ@Rain Dogs

さて、今日は僕にとっての永遠の歌姫の1人である上野洋子さん(以下、洋子さん)のソロライブに行って参りました(今年は洋子さんのデビュー20周年という記念すべき年でもあります。ちなみに僕は、約17年前にZABADAKの存在を知りました)。洋子さんは人とのセッションを数多くこなしていても、自分の曲だけ歌うというソロライブは、ZABADAKを離れてから(1993年)何と初めて。本当は風邪気味で体調は良くなかったのですが、これは這ってでも行かねばならない(折角抽選に勝ち抜いてチケットを手に入れたし)、という使命感でもって、梅田のライブハウス「Rain Dogs」に向かいました。ここは、阪急東通りという風俗街を抜けたところにあります(まんだらけ大阪店のもう少し向こう側ですね。裏の方には、今は亡き「バナナホール」がありました。去年は、ここに鈴木祥子さんのライブを見に来たんだよな、嗚呼)。ライブハウスのホームページには、二通りの行き方が書いてあったのですが、恐らく、風俗街を通り抜けたくないというお客のために、表通りからの行き方も並記しているのでしょう。

何事も慎重な僕(嘘)は、開演一時間半前に、とりあえずライブハウスの位置を確認するべく一旦このお店に向かったのですが、最初は上手く見つけられませんでした。おかしいなあ、確かこの辺だ、と思って地図をもう一度見ていたら、リハーサルの音が聞こえたのでそこに猛ダッシュして発見しました。リハーサルの音が漏れ聞こえるのって、やはり得した気持ちになりますし、一気にテンションが上がりますよね(しかも、その時聞こえたのはZABADAK時代のある曲でした。後述)。

ではここから、ライブレポートを書きたいと思います。
早めに夕食を食べて、開場15分前に行くと、既にそこは長蛇の列。年齢層は、予想通り、そこそこ高かったです(僕も平均年齢を上げている方に入るでしょうけど)。男女比は、パッと見で男女比4:6くらいだったと思います。意外と男性も多かったですね。一昔前のZABADAKのコンサートでのファン構成と、ほぼ一緒という気がします。僕は整理番号70番台だっだのですが、もうその時点で一階のフロア席は満席で、否応なく二階席に誘導されました。いやあ、この会場、悪いけど狭いっ!(あと、ドリンクは二つもいらない)バンドのメンバーが多いせい(あと、色んな楽器を使うので、機材の置き場が必要)で、一階のフロアの半分以上がステージという大変なことに・・・。二階も立ち見がぎっしりの超満員。僕は二階席(コの字型)の左手の真ん中あたりに座りました。そこからだと、ちょうど洋子さんの左側の横顔を見下ろすこととなると思ったからです(事実そうなりました)。
さて、まずはバックのメンバーを書き写すと、
海沼正利:Percussion
鬼怒無月:Guitar
仙波清彦:Drums
武川雅寛:Vln,tp,mandolin
棚谷祐一:Keyboard
中原信雄:Bass
という超豪華メンバー。僕が以前に拝見したことがあるのは、仙波清彦師匠だけですが(大分前ですが、今は亡き六本木Pit Innでのライブでした。その時のゲストが、ZABADAKの吉良知彦さんと、元モダンチョキチョキズの濱田マリさんだった)、武川さんは「ムーンライダース」のメンバーですし(バイオリンにトランペットと、八面六臂のマルチプレイヤーぶり)、他もセッションミュージシャンとして色んなところに顔を出している方々ですね。

予定より約10分ほど遅れてライブはスタートしました。僕は、生の洋子さんを拝む(こう表現したくなるのです、僕としては)のは、1993年の、忘れもしない、日比谷野音の「のれんわけ」コンサート(洋子さんがZABADAKを脱退したコンサート)以来です。洋子さんとバックメンバーがぞろぞろと登場。洋子さん、相変わらず小さい(失礼)。でも、ホント年取らないよなあ(もっと失礼?)。洋子さんは暖かそうな素材でできたワンピースとキャメル色のブーツで登場。セットリストは、判ったり調べたりした範囲で、以下の通りでした(間違いもあるかと思います。正しい情報をお教えいただければ幸いです)。カッコの中の楽器は、洋子さんが使ったものです。

1)星の祝祭(ニューアルバム『asterisk*2』所収、アコーディオン)
2)水(『SSS』所収、アコーディオン)

久々に聴く洋子さんの生の声に、ふるえが来ました(特に一曲目は、いかにも洋子さんらしい作りの曲だと思いました。事前にニューアルバムを買って「予習」できなかったことが悔やまれます。僕はこの日の物販で購入)。十数年前、この声に出会ってしまったんだなあ、と感慨ひとしきり。
ここで洋子さんが初MC。洋子さん曰く、「このライブハウスは外見とお酒の多さで決めたのだけど、思った以上に狭くて済みません。でも、近くてお得と思っていただけると」ということで、みんな賛同の意を込めて拍手。でも洋子さん、そんな安易な決め方だったんですか?(笑)

3)わたしの畑で(『Nursery Chimes』所収、ティン・ホイッスル、スプーン)
4)出会いのページから(渡瀬悠宇の『ふしぎ遊戯』イメージアルバムから。鈴)
5)赤い月(ニューアルバムから。アコーディオン)
6)Hide in the Bush(超懐かしい。ZABADAKの最初のフルアルバム『Water Garden』所収)

この五曲目と六曲目は変拍子で、上野さんや仙波師匠曰く「上級者向け」だそうです(笑)。最新作と、20年前の変拍子の曲を連続してやってくれたわけですが、実は、僕が数時間前耳にしたリハーサルの音は、この曲だったのです。これが聞こえてきたときは、鳥肌立ちましたよ。何曲か、洋子さんだけヴォーカルを取ったZABADAKの曲をやってくれるだろうとは予想していましたが、これは予想外。このちょっと「外した」選曲が、いかにも洋子さんらしい気もしますが。
そして、その直後は洋子さん曰く「お仕事三連発(笑)」。要するに、アニメなどの主題歌として作ったものという意味のようです。

7)海のオパール(最近放映が始まったばかりのアニメ「奏光のストレイン」の曲。まだCDが発売されていないので、二番以降は「本邦初公開」だそうです(笑))
8)忘れる水(「灰羽連盟」イメージアルバム『聖なる憧憬』より。インドっぽいノリのイントロ。洋子さんは、カサカサ音の鳴る小さなパーカッション)
9)ムシとフラワー(折笠富美子嬢への提供曲、『flower』所収。縦笛)

ここで洋子さんがメンバー紹介。1人1人が濃い人ばかりなので、自然と楽しい紹介となりました。でも、笑ったのが仙波師匠の紹介。「仙波さんは、いつも私の舞台衣装にダメ出しをするんです。ショートパンツをはけだとか肩は出さないといけないとか、色々。おかげで仙波さんと一緒の時はいつもは着ないような服を着て、体験できないようなステージを踏むこととなりました」とのこと(実際、ZABADAK時代の洋子さんも、舞台では可愛らしい衣装でしたが、普段着はざっくりしたものだったとの証言あり)。ベースの中原さんとは「遊んでいるときの方が、音楽を一緒にやっている時間より長い。真夜中に卓球しようと言えば来てくれる」とのことですが、どういう環境ですか(笑)。レコーディング中の煮詰まったときの遊び相手なのでしょうか?

10)メドレー(全6曲をメドレーで。洋子さん曰く「自分で墓穴を掘った(笑)」。洋子さんは珍しく弦楽器を抱えて演奏スタート。ブズーキだったかな?よく判りません)
Tower of Hanoi(『Puzzle』所収)
→対角線(Vita Nova『Shiawase』所収。「Voces Iberica」の一部)
→猫の地図(『Nursery Chimes』所収)
→届けたい、トトへ!(「小さき勇者たちガメラ」オリジナルサウンドトラック)
→Raspberry Heaven(アニメ『あずまんが大王』エンディングテーマ、アコーディオン)
→アジアの花(ZABADAK時代の名曲。『桜』所収、アコーディオン)

僕としては、後半の二曲が生で聞けたのには、感激しました。特に「アジアの花」は、「のれん分け」コンサートでも聴きましたしね。「Raspberry Heaven」は、この曲をきっかけに僕はあずまきよひこの『あずまんが大王』という漫画を手に取ったくらいですから。

11)パラフィン(『asterisk*1』所収。鬼怒さんのギターだけをバックに歌う。しっとり)
12)カモメの断崖、黒いリムジン(『asterisk*1』所収、途中インプロビゼーションっぽいノリが)

ここでMC。「さあ、ここから後半戦になりますが、このバンドは平均年齢が高くて(笑)、体力的にも色々大変です」と洋子さんが言うと、仙波師匠から「こらっ」というツッコミシンバルが(ちなみに最年長は、武川さん)。洋子さんは「私はライブよりも、レコーディング室にこもっていることの方が多くて、疲れたら今日はやーめた、また明日にしよう、というノリで生きているので、ここに来てツケが来たようです(笑)」、と自己反省。

13)光さす、希望の彼方へ(折笠富美子嬢に提供した曲。彼女のアルバム『Lune』所収。鈴)
14)天使に近い夢(ZABADAK時代の曲。『私は羊』所収。大人しい人が多いファンも、この曲では手拍子足拍子とノリノリ。僕も涙腺が緩みました)
15)Root A(『asterisk*1』所収。変拍子のインスト。仙波師匠のドラムソロがすごかった。今回のライブは、パーカッションの海沼さんがいたせいか、仙波師匠はいつものような「飛び道具」的なパーカッションは無しでしたね(笑))
16)約束の花(『asterisk*1』所収。縦笛)

さて、ここで最後の洋子さんのMC。ここで何と重大な発表が。洋子さん曰く「一度やってみたいことがあるんですが、良いですか?」と前振りして、「実は、アンコールをやらないコンサートっていうのをやってみたいんです。映画のように、構成を考えてこのコンサートは作っているので、そのまま綺麗に終わりたいなあ、と思うんです。アンコールはあって当たり前で、やる側もアンコールにはこういう曲をやってやれ、と最初から考えるような、そういう悪しき習慣は止めたいな、と」とおっしゃるではないですか!!さすがに、ファンの僕たちは落胆を隠せませんでしたが、まあ、女神様のいうことだから仕方がない、と思いました。最後にこういう「うっちゃり」を出すところが、さすがちょっぴりへそ曲がり一筋縄ではいかない洋子さん(相変わらず男らしすぎるとも言えましょうか)。仙波師匠が後ろから「早くお酒飲みたいっていうのもあるしね」とツッコミ。それを受けて洋子さんも「そうなんです。このコンサートの準備で、このところ全然飲んでないのよ!!」と本音を暴露(笑)。洋子さんが知る人ぞ知る酒豪(というかお酒好き)なのは有名ですからね(確か、昔ファンクラブの会報で「スタジオでお酒がなくなって、エタノールにまで手を出した」という話に驚愕したことを憶えています)。というわけで、

17)Seven Swan Songs(『SSS』所収。しっとりと歌い上げる)

を最後に、今日のコンサートは以上のような形で、潔く終了したのでした。座っている場所の関係上、洋子さんの声が聴きにくいときもありましたが、それでも彼女の声は相変わらずで、改めて一生ついていこうと思いました

会場については、正直もっと大きなハコでやって欲しかったところですが(洋子さんが思っている以上に、潜在的な洋子さんファンは多いと思います。ましてやバックも豪華なんですから)、満足して帰ったのは言うまでもありません。無類のテクニシャンが本当に楽しんで演奏しているというのを見せつけられて帰ってきた、という感じです。
こうして、忘れないうちに書きながら思いだして行くうちに、風邪も治りそうな気がします(錯覚でなければいいのですが)。

追記:僕が判らなかった曲名は、このブログで教えていただきました。記して感謝します。

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