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June 17, 2007

Sho-Co-Motion@磔磔

Takutaku070617_001 今日は久々に学会とか研究会とか残業とかがない休日。
しかも、夜には鈴木祥子さんのライヴが京都の老舗のライヴハウス「磔磔」でありました。僕にとっては完璧な休日といえましょう。
このブログもライブレポートが増え、特に「鈴木祥子」というキーワード検索でいらっしゃる方が多いので(このところ、検索ワードの1位にもなっています)、思い切って「鈴木祥子」というカテゴリーを作成しました。祥子さんのライブレポをまとめてご覧になりたい方は、左のカテゴリからお入りください。

というわけで、今日は「Sho-co-motion Live Series 2007 @ TAKUTAKU」でした。今日はシンガーソングライターの豊田道倫さんとのジョイント企画でした。会場30分前くらいに着くと、そこにはいつもの、祥子さんのライブで仲良くなった皆さん方が既に集結(りゅうさん、よしみさん、K崎さん、H瀬さん、I熊さん、K山さん、K口さん)。お互いブログを参照し合っているYOHさんも既に到着されており、先日の名古屋でのライブの写真を一枚頂きました。多謝。そのほか先週僕が行けなかったライブの模様やら、その時撮った写真とかを頂いておしゃべりしているうちに、入場です。
Takutaku070617_004今日は舞台に向かって左からドラム、ウーリッツァー、ピアノ、奥にギターという配置でしたが、どの楽器も見たいと考えた欲張りな僕は、真ん中より少し左の席のドラムの真っ正面に座りました。すると、ライブ友達のめんちかつさんが、「そこ、先週つかさん(仮名、彼女もライブ友達です)が座ったところだよ」とおっしゃったので、ちょっとビックリ。

以下、いつものようにセットリストを記して感想を挟み込んでいきたいと思います。アルファベットはいつものようにW=ウーリッツァー、P=ピアノ、EG=エレキギター、AG=アコースティックギターです。

祥子さんは肩の出た黒のドレスで登場。防寒用でしょうか、赤のカーディガンもまとっていました。
1)My Best Friend(Queenのカバー、W)
いきなりカバーからスタート。友達の大切さを最近しみじみ感じたから選んだとのこと。
2)Get Back(W)
2曲目から「いきなりですが、リクエストあります?」(笑)。会場の真ん中あたりから出たこのリクエストが採用。
3)両手いっぱい(P)
実は、これは直前に却下されたK山さん(仮名)のリクエスト。これも拾えてもらって、良かったですね。
このあと祥子さんは、先月亡くなられたお父様のことを少し語り「今日は父の日ですよね。親孝行、したいときには親は無し、って本当ですよ」と我々に説教。頭を垂れる我々。
4)何がしたいの(P)
いきなりサビからはいる変形パターンで。「暗くなっちゃったね。何か明るいの、リクエストあります?」と祥子さんが問いかけたのですが、シーンとしてしまい、「じゃあ、やっぱ暗くしちゃえ(笑)」とこの曲に。
5)あたしの場所で(EG)
この曲で、ようやく明るい曲へ。しっかり「今日、後ろで売っているSho-Co-Journeyに入っているから、よろしく」としっかりアピール。このアルバムに関して「1枚目は若くて明るいのが揃っていて、2枚目はちょっと年取ってやさぐれた感じ。でも、これからも「旅」は続きますよ、という思いを込めました」というようなことを言っていました。
6)光の駅(EG)
明るい感じの曲をエレキで2連発。
7)Swallow(W)
これもリクエストに応えて。そして、ここでゲストの豊田さんが登場して、これからは交互に二人が歌っていく、というスタイルでした。ちなみにお二人の初対面は、佐野元春の武道館コンサートの楽屋だったそうです。豊田さんは登場するなり、「今日の雰囲気では(選曲とか色々)難しいぞ」などと言いつつ、結構「心のない発言」でみんなを笑わせていました。僕は豊田さんの人となりを知らないので、彼の性格なのか、はたまた高田純次の生霊でも取り憑いたかは知りませんが、祥子さんと繰り広げられていく会話で祥子さんが「○○は~ですよね?」と話を振っても「そうだっけ?」「いや、別に」という蒟蒻問答。ある意味、祥子さんの素の姿は却って引き出されたかも知れませんが・・・。
8)東京の恋人(豊田、AG)
祥子さんが「豊田さんの歌を聞くと色々思い出が湧いて来ちゃって泣けちゃう」と言うと、「思い出は重いでえ」と大阪人のオッサン丸出しの心のないダジャレで応酬。同じ大阪人の僕も「それはないで」と突っ込みそうに。
9)東京で生まれた女(W)
東京つながりで、次は祥子さんのこの曲。「故郷は何処にも無いんだと、本当は知っているのです」という歌詞が胸に迫ります。例えば、両親がいなくなっても、僕にとって大阪の堺市はふるさとたり得るのか、などと考えてしまいます。祥子さんはこの曲の後のMCで「京都に引っ越すとき、豊田さんに観光気分で来るとノリが違うと言われていたんですよね~」と言っていました。
10)90年代(豊田、AG)
豊田さんにとっての90年代の姿か?「鈴木さんにとって90年代はどうでしたか?」と振られて祥子さんは「曲はヒット、結婚してハッピーって状態から煮詰まった状態への移行(笑)」などと答えていました。
11)そしてなお永遠に(EG)
このギターは格好良かった。さっきの続きで結婚について「当時事務所から結婚に反対されたり、それを発表することに反対されたりした」などという生々しい話も。芸能界は怖い。
12)雨のラブホテル(豊田、AG)
13)黒毛和牛上塩タン焼680円(大塚愛のカバー、W)
これは公式掲示板でリクエストしていためんちかつさんに応えたもの。「この曲のように、女性の欲望をぶつけられたらどうしようと思った」とは豊田さん。その後「携帯電話によって待ち合わせのときめきが無くなった」とか「メールだけを頻繁にやりとりする人間関係って」という「携帯・メール談義」が続きましたが、割愛。
14)情けない週末(豊田、佐野元春カバー、AG)
お二人を引きあわせた佐野さんのカバー。デビューアルバムに収録。プロポーズの歌なのだけど、佐野さんはこの曲を歌っても振られたそうです(笑)。オチがいいよね。
15)サンデーバザール(W)
リクエストに応えて。歌い終わって「わあ、暗っ!!」。お二人の80年代についてのMCが続いたので、僕はこの曲を聴きながら、大学時代の友人(正確には90年代初頭なんだけど)を思い出していました。
16)35の夜(豊田、AG)
短い曲。このタイトル聞いたら、誰でも尾崎豊を思い出すことでしょう。祥子さんも、まだ曲を付けてないけども短い詩を書いたそうで、楽しみですね。「女の歌」というべき濃い内容のようです。
17)焼け野が原(COCCOのカバー、P)
そういえば、祥子さんがCOCCOのカバーするのは、僕は初めて聞くなあ。相通じる世界がある気がしますが。ここから祥子さんのピアノが炸裂。
18)愛の名前(P)
豊田さんが「それが愛の名前」という歌詞を間違えて「空が~」と思っていたことが判明。まさしく空耳。変に文学的な歌詞になっているし。
19)Goodbye Melody(豊田、AG)
20)メロディ(P)
「メロディ」つながりで。
21)Sweet Thing(P)
リクエストに応えて。僕としては、この曲が今日のベストパフォーマンス(偉そうですが)。

ここからはアンコールです。
e1)僕たちの旅(W)
e2)この愛を(W)
これもリクエスト(僕の真後ろのお兄さん。すごくアグレッシヴだったなあ・・・)。
e3)Adios(W)
名前の通り、この曲で締め。これはライブ友達YOHさんのリクエスト。最後に通じて良かったですね(笑)。

全体として、今日の祥子さんは非常に声の出が良く、高音も伸びやかで素晴らしかったと思います。本当に今日の声はしみじみ良かったなあ。会場の雰囲気も、僕を含めてオッサンが多いのはともかくとして(笑)、穏やかな雰囲気でしたしね。
Takutaku070617_011_1 そして、今回は終了後、公式サイトの掲示板で祥子さんが予告してくれていた「サイン会」がありました。当然僕もニューベストアルバム「SHO-CO-JOURNEY」を購入して列に並びます。以前拾得でのライヴ後のサイン会の時もライナーノーツに「キスマーク(ちゅーまーく)」のサービスという驚愕の大盤振る舞いがあったことはお伝えしましたが、今回もやってくれました!僕は小心者だし、家庭不和の原因にはなるべく作らない主義なのですが、今回はやってもらっちゃいました。済みません(謝る相手は、この世で一人だけなんですが)。その後、調子に乗って写真も撮っていただきました(掛け声は「はいチーズ」ではなくて「ショコ・モー・ション」です(笑))。
そして東海方面から来られて、今日宿を取っていたI熊さんとU田さん(ともに仮名)のお二人と木屋町で軽く飲んで解散しました(さすがに明日仕事のある方が多く、早く帰られた方が多かったです。残念)。
二日間連続でこんな贅沢なライヴ体験をしてしまい、明日から通常生活に戻れるか心配です・・・。

追記:YOHさんの詳細なレポートも是非ご参照ください。僕が書けなかったお二人の掛け合いやちゅ~マークが!!。

June 16, 2007

難波弘之30周年プラスワン@RAG

このところ、土日が学会や研究会でつぶれてヒーヒー言っていますが、今日は同志社大学で行われた某研究会が終わるとすぐ、木屋町三条のライブハウスRAGに向かいました。
今日はキーボーディスト難波弘之さんのプロデビュー(約)31周年記念ライブというのがお目当てです。僕は熱心な難波さんのリスナーではありませんが、サポートメンバーがすごく、「これは京都でやるからには見に行かねば」と思い立ちチケットを買ったのです。今日のメンバーを以下に示しますと、

出演:難波弘之(Key)
上野洋子(Vo)
仙波清彦(Ds Per)
鬼怒無月(G)
田辺モット(B)

という方々。このブログで去年末、仙波師匠と鬼怒さんとがバックに入った上野洋子さんのライブレポートを書きましたが、僕の最大の目当ては僕にとっての永遠の歌姫、上野洋子さんでした。というわけで、今日のレポートはそういう視点で書きますので、あらかじめ難波さんのファンの方には申し訳ないと謝罪いたします(ちなみに熱心なファンではありませんが、難波さんの音楽も好きですよ、念のため)。以下、セットリストも交えながら、感想を書きたいと思います(全く不完全なセットリストですので、情報をご存じの方はよろしくお願いいたします)。

Rag まず、僕の座った席が最高でした。このライブハウスは、チケット購入時に自分が座りたいエリアを適当に指定して、空きがあればそこに入る、というシステムなのですが、僕は真ん中最前列のテーブルに案内されました。ラッキー。何たって、目の前2メートルの所に上野洋子さん。こんな至近距離で洋子さんを拝むのはむろん初めて。ありがたや。その右手には仙波師匠のドラムセット。難波さんはステージの一番左。後列にギターの鬼怒さんとベースの田辺さんが並んでおり、どの人もちゃんとそのプレイを拝見することができました。ライブは予定通り7時半から開始されました。

1)妖精写真(難波弘之)
1曲目のこれはすごかったです。いきなり心をわしづかみにされました。あとでこの曲が収録されているアルバムを物販で慌てて買いました。それくらいインパクトのある曲です。

ここで早速難波さんがメンバー紹介をなさいましたが、ビックリしたのは何と難波さんの方が仙波師匠より一つ年上だと言うこと!!(公式サイトの写真を見比べてみましょう。実際の仙波師匠はますます真っ白な頭になっておいでですが)うそーっと叫びそうになりました。いや、まず何よりも難波さんが年を取らなさすぎ。というより難波さんのアンチエイジングぶり自体がもはやsense of wonderというかSFの領域だと思いました。

2)薔薇と科学(難波弘之)
この曲では、上野さんはヴォーカルでしたが、残念ながら僕の席では良く聞こえませんでした。近いのですが、他の楽器がすごすぎて。これも複雑な曲で、難波さんは「自分の曲なのにリズムを見失いかけた(笑)」と。
3)ホーハイ節(上野洋子)
ここからは各メンバーが持ち寄った曲をオンパレードで演奏していったのですが、まず洋子さんが持ち寄ってアレンジした青森県のホーハイ節(僕はこの民謡は、仙波師匠の「はにわコンサート」で知りました)。これもすごい。民謡がこんな事になるなんて、しかも変拍子入っているし。難波さん曰く「今日はまともな拍子(4分の4とか)が3曲しかない(笑)」とのことでしたが、このアレンジからしてもう・・・。この曲に関して、難波さんの口から「ピンク・フロイド風」というのが聞こえたのですが、確かにそういう感じの盛り上げ方だったような。
4)My Lagan Love(上野洋子)←情報提供neroli様
『SSS』に収録されていた曲。
5)ナチュラルハート(田辺モット、NUOVO IMMIGRATOの1st所収)←情報提供庚様
元々「女性向きに作った曲」ということで、上野さんがヴォーカルを。
6)シルエット/トニー・レヴィン from『ダブル・エスプレッソ』(田辺モット)
7)ポンタ・ジ・アレイア/ミルトン・ナシメント(仙波清彦&上野洋子)
この曲名から村上“ポンタ”秀一さんの話題が。「ポンタって、ポルトガル語か何かで尖った先とか岬といか、そういう意味らしい」と師匠の解説。
8)It's a beautiful day(難波弘之)

ここまでが前半ですが、どれもこれも超絶技巧を要するもので、一曲一曲も長いし、けっこう「おなかいっぱい」という感じでしたが、ちょっとの休憩を挟んで後半戦です。

9)パラフィン(上野洋子)
難波さんのピアノと洋子さんのヴォーカルだけで。しっとりした曲ですが、ますますしっとり。
10)右に偶然、左に運命(上野洋子)
これがすごかったです。原曲を聴いたとき難波さんも「どうすればいいんだ、こんな吹奏楽プログレ」と頭を抱えたそうですが(笑)、この曲をこのメンバーでやるとすごいことになりました。言葉ではもう表現できません。ただただ圧倒。悶絶。ライブでこの曲を聴けるとは思いませんでした。
11)ゲルコロイド(鬼怒無月)
12)Three colors of the sky(鬼怒無月)
13)セルバゲーム(鬼怒無月)
鬼怒さんが持ち寄った曲もどれもこれもすごかったです。まさに鬼弾きというか、超絶早弾きの嵐。この三曲が終わったあと、他のメンバーは虚脱状態に(笑)。鬼怒さんはにこやかに「お疲れ様でした」と言っていましたが・・・。
14)クラゲ注意報(難波弘之)
これも変拍子だよなあ。皆さん、すごすぎる。難波さんはエチゼンクラゲの大発生に着想を得たそうです。
15)カタピラの花(仙波清彦)
ご存じ(?)「はにわちゃん」の名(迷)曲。作詞は小川美潮、作曲は久米大作。まさか洋子さんの声でこの曲が聴けるとは・・・。生きていて良かった(笑)。
ここまでが後半で、その後アンコール。
16)Root A(上野洋子)
これも12月の洋子さんのソロライヴで演奏されたものですが、仙波師匠が前にも増して大暴れ(笑)。あっけにとられるドラムソロ。そして、その勢いのままライブは終了。

終わったあと、しばらく虚脱状態になるライヴは久々です。演奏された皆さんは尚更でしょうが、見ているこっちも心地よい疲労状態になりました。
感想をまとめて一言で言えば、ジャズも、プログレも、ロックも、そういうカテゴリーは無関係、ただひたすら格好いい音楽が津波のように押し寄せてきた、そういう感じでした。あ、一言で言っていませんね、済みません。ひたすらテクニシャンの業を堪能した夜でした。

追記:不明の曲名は、このブログとこのレビューサイトに教えていただきました。記して感謝します。

June 03, 2007

「日本の青空」鑑賞

今日は、「日本の青空」という映画を見に行きました。これは一言で言うと「護憲映画」と呼べるもので、僕も組合から割引券を購入して、護憲派の「たしなみ」(笑)として見に行ったわけです。場所は同志社大学寒梅館の立派なホールでした。

以下、ネタバレ注意です。

内容などについては、公式サイトをご覧くださればいいと思うのですが、簡単に言うと、ある出版社の派遣社員がひょんな事から雑誌の「憲法問題」の特集に関わっていき、そこで鈴木安蔵(やすぞう)なる民間の憲法学者が描いた「憲法草案」がGHQに影響を与えたという事実を発掘する・・・という筋書きです。
映画での描写は、ちょっと僕でも気恥ずかしくなるような、典型的な「左」っぽい描写があったりして、少し閉口したのですけど(つまり、あまりにもベタだったのです。もうちょっと間口を拡げた方が・・・とお節介ながら思ってしまいました)、これはそのようなベタな表現を取らざるを得ない監督をはじめとする制作者側の危機感の表れだと捉えました。僕がここで「危機感」といったのは、つい先日、内容が「偏向」しているということで東京都調布市の教育委員会がこの映画の上映会の後援を拒否したというニュースを見たからです。まあ、これは恐らくどこからからやってくる「ゴタゴタ」を恐れるお役所体質からでしょうけど(最近、ちょっと「左」っぽいイベントや、在日コリアン関連のイヴェントを公民館が拒否、などというニュースをいくつか聞きますし)、とにかく、この程度の穏健な映画に対しても神経をピリピリせざるを得ない世の中であることは確かなのです。

映画についていうと、この映画の肝である「終戦直後の憲法委員会の再現ドラマ」がやはり出色でした。終戦直後、かつて治安維持法などで辛酸を舐めた学者や文化人が集まった会合で、鈴木が活動する「憲法研究会」が結成されるのですが、その他にも熱に浮かされたように全国のあちこちで多くの人々(政党も含めて)が憲法を考えた、という事実は、やはり忘れてはならないものでしょう。
キャストに関して印象をいうと、「再現ドラマ編」主役の高橋和也も、なかなか味のある男闘呼男になったなあ、と思いました。妻役の藤谷美紀も、いい年の取り方していると思いました。あと、白洲次郎役の宍戸開は、「あ、彼はこうして白髪にしてみると格好いい」と思ってしまいました。まあ、美味しい役柄だからそう思ったかも知れないですけど(なんたって白洲次郎だし)。
で、「現代編」の主役の田丸真紀は、スタイル良過ぎ(笑)。やっぱ、元モデルは違います。でも編集長役の伊藤克信の大袈裟な芝居を含めて、抑え気味の「再現ドラマ編」とのコントラストがちょっときつかった、と思ってしまいました。

さて、この映画では、鈴木たちの構想がGHQの憲法草案に決定的な影響を与えた、つまり現行憲法はアメリカからの「押しつけ」ではなく、日本側の意向も大いに反映されているのだ、ということを論じています。勿論、僕は「なるほど」とも思い、GHQに感心されるくらいの草案を書いた鈴木たちの努力と能力に対し、敬意を表しますが、いわゆる今論じられている「押しつけ憲法論」に対してどれだけ有効か、疑問だなあと思いながら見ていました。押しつけ憲法論(改憲論)者は、「鈴木たちのを参考にしたといっても、短時間でそれを翻訳してGHQが押しつけてきたというのは変わらない」というでしょうから(まさか鈴木たちを「非国民」だから日本人が考えたものとはいえない、とはいわないでしょうけど)。
でも、映画の中ではもう一つ重要な描写がありました。それは、最初GHQから命令されて、大日本帝国憲法を改訂するようにと言われていた松本烝治大臣(この人は元東大教授で法学博士なんですよね、実は。ちょっと前に読んだ丸山眞男の回顧談でも、憲法制定時の東大法学部の教授たちの動向が語られていたのを思い出しました)をはじめとする政府首脳部の「頭の固さ」です。いわゆる「欽定憲法」における天皇の地位について、頑として譲らず、これがGHQとの溝になったことがしっかり描かれています。僕は実はこちらが重要ではないか、と思っています。一言で言うと、「押しつけられるような事態を招いた責任」ということです。この辺りについて、英文学者の中野好夫が既に40年前、こう指摘しています。

とにかくこんなふうに、まことに情けない、いわゆる「押しつけ」ということになったわけです。が、わたしはもう一度申し上げたいのです。もしあのとき、松本さんだけでなく、日本の支配層の人たちが、なんとか現状維持にキュウキュウとする上層の声ではなく、むしろ明治憲法の乱用によって大きな犠牲を強いられたほんとうの国民の声に耳を傾けていたならば、まさかあんな松本案というものはできなかったでしょうし、またそうであれば、いろいろめんどうな折衝、修正はあったかもしれませんが、まさかかれらとても欲しなかった「押しつけ」などにはならなかったろうと思えるのです。くりかえし申しますが、事情はどうあれ、「押しつけ」みたいなことになったのは、ほんとうに残念でもあり、情けないことだと思います。だが、それには「押しつけ」たアメリカを責めるのもいいが、それよりも前に、まずそうした情けない事態に立ち入らせた、敗戦によって何物も学ばず、何物も忘れようとしなかったわたしたち自身の支配層のものの考え方に、まず責任の尻をもっていかなければならないのではないでしょうか。(中野好夫「私の憲法勉強」、『中野好夫集 Ⅲ』筑摩書房、1985年、p.182。原著は1965年発行)

全く同感。ついでに言うと、僕は「いい物を押しつけてくれてありがとう」と考える「押しつけ憲法論者」ではありますが(笑)、この60年、この憲法は常に有効に働き、そしてそれを国民も認め続けてきた重みがあると考えています(押しつけ憲法が日本の国情に合わないのでしたら、とっくに改憲されていて然るべきでしょう)。今のところ、まあまあうまくいっているものを無理に変える必要性をまず感じませんし、そもそも憲法のせいで日本人の「品性」が悪くなった云々というのは、「風が吹けば桶屋が儲かる」くらいの信憑性しかないと思ってもいます。
というわけで、ベタな描写にちょっと照れつつも、改めてベタに戦争放棄条項は「護持」すべきと思いました。今やこれこそが日本の「国体」なのですから。

(追記)
この映画の大澤豊監督って、「GAMA―月桃の花」の監督でもあったんですね。僕はこの映画、まだ見たことがないのですが、沖縄研究者の佐藤壮広さんからこの映画を教えられて、チャンスがあれば見ようと心にとめていたのでした(余談ながら、昨年12月末の出張の夜、僕が佐藤さんに連れて行かれた那覇の飲み屋で、この映画に関わった方が偶然いらして名刺を交換する、というハプニングがありました。これもあって憶えていたのです)。

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