さて、今日も鈴木祥子さんがらみのイヴェントに参加して参りました(大学から出る時教え子から「先生、またですか」といわれながら)。
今日はライヴではなく、トークイヴェントでして、京都精華大学の「shin-bi」というプロジェクトがcocon烏丸に置いているイヴェントスペースで、「感覚を拡げる―鼎談・「POP考―女性とソングライティング」」というタイトルで開かれたものでした。トークイヴェントの主役は、鈴木祥子さん、勝井祐二さん、bikkeさんの三名。お二人とも鈴木祥子さんのライヴのサポートメンバーとして、我々ファンには馴染みの深い人たちです(bikkeさん曰く「今日のゲストはロック界ダントツ・随一の美男美女」)。でも、ライヴでもなく、ただお話を聞きに行くなんて、ますます「信者」と化しつつありますね、僕は。宗教学者の端くれのくせに、ようやく信者さんの気持ちが今更わかってきたような気がします、なんて言ってちゃまずいですよね。
大学を出たのは六時ちょうど、六時半開場なのでちょっとやばいかな、と思って走ってみたら、到着した時、まだほとんど人はいませんでした。いらっしゃったのは祥友(祥子さんのライヴで友達になった方)のりゅうさん、YOHさんと、あと名前を存じ上げない人の三名だけ。ちょっと拍子抜け。僕が到着したあと、これまた祥友のよしみさん、つかさんがいらっしゃいまして、僕たちが最前列(棚を転がしたような簡易椅子)に陣取ってしまいました。
トークイヴェントでしたので、細かいメモは取っておらず、僕の記憶に残っていること、連想したことだけを以下に大雑把に書いていきたいと思います。
総合司会(?)はbikkeさんだったのですが、ノホホン(失礼!)というかふんわりとしているように見えるこの方、凄い経歴をお持ちです。約30年前、伝説のパンクバンドといわれた「アーント・サリー」のメンバーで、80年代のカリスマ歌手のPhewとそのバンドで組んでいた人なんですよね・・・。そしてbikkeさん曰く「Phewが坂本龍一とやりたいからって言ったのでバンドは解散」し、その後「町田町蔵(=町田康)くんと「フナ」というバンドを組んで・・・」と、その穏やかな風貌からは想像もつかない濃すぎる交友関係。そんな人たちと付き合っていたら、もっととんがっていそうなものですが、それがほとんどないところ(ライヴ会場でも、スタッフと見まがうようなカッコで良く下働きをやっていて驚かされます)が却ってbikkeさんの凄みを感じさせます。bikke、恐ろしい子。
まずは、ミュージシャンに対してはある意味ありがちな質問ですが、「最初に買ったレコードは?」という質問からトークはスタートしました。勝井さんは、何とラモーンズのレコードだったそうです。初めてのレコードがこれとは、凄い。本人曰く、「早寝の習慣があって、歌謡曲とかに触れる機会がなかった」そうなのですが(中学か高校時代、当時の彼女とテープの交換をしあっていたそうで、その時松山千春を手渡され困ったと言っていました)。祥子さんは従兄弟のお兄さんが教えてくれた荒井由実『ひこうき雲』。これまたある意味なるほどねえ、という感じ。bikkeさんはエルトン・ジョンだったそうです。自分を振り返ると、恐らくアニソンかアイドルだったはずなので、思い出したくありません(笑)。
さて、今回は「女性とソングライティング」というのがメインテーマですので、祥子さんが挙げた荒井由実(松任谷由実)の話でひとしきり盛り上がりました。勝井さんに水を向けると
「僕、八王子に住んでいて、仕事の時はいつも中央高速使うんですよ。で、ユーミンの「中央フリーウェイ」、あれ聞いた時フリーじゃねえよ、片道600円だよ、とこだわってしまって、ダメですね(会場爆笑)」
と、やはり日本のニューミュージックや歌謡曲には弱いご様子。祥子さんは「ユーミンが作った「恋愛の幻想の世界」、というのにドップリはまってしまっていた」と告白。つまり
「恋愛というのはこんな素晴らしいものなのだ、という刷り込みですよね。十代の終わり頃なんか、彼女の「ダンデライオン」を聴いて、恋したり失恋するたびに「(本当の)彼に出会うまでの大切なレッスン」なんだわ、と思っていましたよ。って、何度レッスンしてるんじゃい(これまた会場爆笑)」
と、「恋愛の教祖」とかつて言われたユーミンの布教の力を語っていました。他にも「ユーミンの世界は、実は結婚至上主義なんですよね。そのせいか、私も結婚というのは女の子の人生の最重要課題、ってずっと思い込んでいました」とも。
その後、話は「女性性」という方向へシフトしていきました。
祥子さんは勝井さんのヴァイオリンを「女性的なものを感じる」と言い、それは何故かと聞かれ「揺れ動き、でしょうかね」と答えていました。
「インプロとか、思いつきの部分みたいな所、揺れ動きの中から何かを生み出すというか、natural born 反体制的な所って女性性にはないですかね(祥子)」
「確かに俺も余り考えずに勘で弾くことありますよね(勝井)」
最初からカッチリとした計画を立てずに、ライヴならお客との、そして演奏でも共演者とのその場その場のやりとり(interaction)を大事にするって言うのは、この数年の祥子さんのライヴを見ていれば納得ですよね(うまくいく時とそうでない時の落差があるのは確かですが、それもまた「味」なわけだし)。
そして勝井さんが数々の女性シンガーと共演してきた体験を語り、いわゆる「巫女性」というか、「(何かが)降りてくる」タイプの人と共演してえらいことになった事例(例:一曲目から客席にダイヴして、客のチャーハンを奪った人もいたそうです・・・)を出しつつ、「祥子さんはどっち?降りてくる方、楽器いじって作る方?」と訊くと、祥子さんは
「半分半分ですかね。でも、若い時竜飛岬に行って、落ちたら死にそうな断崖絶壁をのぞき込んで着想を得たり、この前、和歌山の串本って所に行って、海に急に入りたくなって、水にそのまま溶けちゃいたい、っていうような気持ちになったりするのはありますねえ」
と答えていました。
bikkeさんはそのような祥子さんの「生理的な躍動」を見つめる目がドライで格好いい、という表現をしていました。bikkeさんがお気に入りの祥子さんの曲に「三月のせい」というのがあり、あの曲がbikkeさん曰く「女の肉体的なことをドライ突き放しつつしっかりと見据えた曲(ちょっと表現が違っていたかも知れませんが、大体こういう趣旨のこと)」と言っていました。
このトークイヴェントの最初と最後で祥子さんは、今年亡くなったお父さんの話をしていました。祥子さんは20年近くお父さんと会わず、その亡くなる直前の二日間だけ看取ることができたそうです。祥子さんは、幼い時からお父さんがいないという「欠落感」、「空洞」がずっとあって、それを埋めようと色々してきたのだが、結局埋まらなかったままその当の父親が死んでしまい、とうとうその欠落感は埋めようがなくなった、と言って
「でももう、そういう空洞は埋めなくても良い、そのままでも良いって思えるようになったんですよね。それが大きい」
と言っていました。それを受けて、勝井さんとbikkeさんが「鈴木祥子の人生第二章のスタートなんじゃないの」とまとめていました。「もうこんな年になっちゃったけど、これから第二章ですか?(笑)」とご本人は言っていましたが、まんざらでもないご様子。
最後は、最近祥子さんが読んで勇気づけられた以下の言葉の朗読で締められました。
「屈服するな。未来のために戦え。自立が唯一の解放。女と男は同じ価値を持つ。前へ進め。自らの道を切り拓け。」
これは、女優のキャサリン・ヘップバーンが、母親から言われていたことだそうです。時代を考えると、凄いお母さんですよね。
祥子さん、これからも田中美津が言うような「欲望を持ったぎらぎらした目を持つ女」でいてください、ってぼくがお願いするようなことでもなく、自然とそうなっているでしょうけど(田中美津の『かけがえのない、大したことのない私』も祥子さんの愛読書で、今日のイヴェントに持ってきていました)。
トークイヴェントのあとは、上記の「祥友」の方々の軽く一杯のみ。そしてほろ酔い気分で帰りました。
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