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October 20, 2007

Lovejoy feat. S. S.@磔磔

今日は京都の老舗ライブハウスの磔磔に、bikkeさんのバンドLovejoyのライブを見に行きました。というのも、ゲストが、鈴木祥子さんだったからです。
チケットも、発売日にわざわざ磔磔にいって買い込み、僕は何と整理番号1番!こんなの生まれて初めてです(「1番」のチケットを、一緒にチケットを買いに行ったりゅうさんに譲っていただいたのですが)。先日ホームページ上で祥子さんが京都から東京に戻る事が発表されましたが、こうなったら、可能な限り近畿圏で行われるライブは見てやろうと、「祥友(祥子さんのライブでと知り合いになった皆さん)」一同張り切っており、張り切りすぎて、最前列や壁側の良い席に見知った「祥友」の皆さん(りゅうさん、つかさん、K口さん、めんちかつさん、shineyokoさん、U西さん、U田さん、僕)がゾロゾロということにあいなりました(笑)。

さて、最初にお断りしておくと、僕はLovejoyのライブは初めてで、Lovejoyのソロパートはセットリストだけを簡単に記して(情報提供K口さん、多謝)、祥子さんが関わった部分を中心にお伝えしたいと思いますのでご了承ください。

まずはLovejoyの皆さん5名がステージに並び、定刻通りにライブはスタート。思った以上に大きな音を出すなあ、というのが第一印象。bikkeさんの声を活かすために、バックはもう少し遠慮するかな、なんて思いましたが、そんな事はありません。改めてbikkeさんの声は良い声だなあ、と思いました。MCで知りましたが、今年48歳だそうで(僕とちょうど一回り違う・・・)、そんな風には全く見えません。えええ、48って、僕の同僚でいえばW先生やA先生だよな、あの人達と同い年なの、この人、とそのアンチエイジング振りにビックリ。祥子さんも大概お若く見えますけど、bikkeさんもそれに優るとも劣らないお若さです。うーん、これは恐らく「精神的なものが表に出ているんだろうな」と思いました。40超えたら自分の顔に責任を持てと、確かリンカーンか誰かが言っていたと思いますが、恐らく「そういう顔」なのだと思いました。

1)富士
2)百人の人に嫌われても
3)野の人の野のうた
4)日々の彼方
5)オレンジ

この5曲を終えた後、祥子さんが登場。今日の衣装は黒のワンピースに茶色のブーツ。ワンピースはビロード地というか、ベルベット地というか、そういう感じの素材。髪の毛の一部には緑色の筋を入れており(マニキュアもそういう色)、胸には十字架のネックレス、手首にはbikkeさんと恐らく色違いのブレスレット(水晶を数珠つなぎにしたもの?)。bikkeさんはまず「私、昔から『優しい雨』がカラオケの十八番やったんですよ。それが、その作曲者と友達になって、祥子と呼び捨てにできる関係になるなんて・・・」と祥子さんを紹介。祥子さんも「京都での生活で、本当にbikkeさんにはお世話になって・・・」と返答。祥子さんは一曲目、ドラムの植村さんと交代する形で、ドラムセットに腰を下ろします。お、一曲目からドラムか、と祥子さんのドラムが好きな僕は興奮したのですが、ここでちょっとした問題発生。僕は最前列のちょっと右寄りに座っていたのですが、ドラムはステージの左端にあり、ちょうど対角線上にある感じで、譜面台で完全に僕の席からは祥子さんのお顔が見えませんでした。ま、仕方ないですよね。

6)Tonight (Raspberries)
祥子さんが若い時に好きだったバンドだそうで。結構直截的な歌詞もあり。ドラムをバカスカ叩けるところを見ると、足も完全に治ったようですね。良かった良かった。

7)Come on, come on (Cheap Trick)
祥子さんはこのバンドの『Cheap Trick at Budokan』というアルバムをいまも愛聴しているのだそうです。これもドラム叩きまくり。かっちょいい!

8)きのう夢の中で(鈴木祥子)
祥子さん自身の歌をLovejoyをバックに。祥子さんはここからヴォーカルオンリー。

9)What a bastard the world is (Yoko Ono)
オノ・ヨーコの歌。これは面白い試みがなされました。祥子さんが元の英語の歌詞を歌い、それと同時に日本語の歌詞をbikkeさんが読み上げるというbilingualな合唱。祥子さんは読み終わった歌詞カードを床にそのまま落とし疾走するような感じ、bikkeさんも負けじと激しく日本語の歌詞で祥子さんの歌を追いかけ、ポエトリー・リーディングのバトルの様相を呈してきました。でも、元々のタイトルが凄いよね。「世界はなんてくそったれなんだ」てな感じでしょうか。' Woman Is the Nigger of the World 'に優るとも劣らないインパクトあるタイトル。

10)Frederick (Patti Smith)
ご存じ、祥子さんのパティ・スミスのカバー。横に揺れながら歌い上げる祥子さん。‘ Maybe I will come back someday ’という歌詞が、京都を離れる祥子さんの事を思って、個人的に胸に染みました

11)Love/Identified (鈴木祥子)
やっぱりやってくれました。感激。ステージにしゃがみ込んで、カッと顔を上げて歌い始める祥子さん。祥子さんはこの曲を演劇的に歌う事を色々試みているような気がします。今日の衣装の雰囲気に良くあった一人芝居だったと思いました。

一旦祥子さんはここで退場、その後は休憩無しでLovejoyの曲が演奏されました。

12)山の青年
13)世界で一番好きな顔
14)Manna
15)ゼロ

ここでLovejoyの皆さんも一旦退場して、アンコールを求める拍手と共に、メンバーが戻ってきてくれました。でも、bikkeさんも祥子さんもいません。あれれ?「女の人は楽しみもあって、色々時間が掛かるようで」と意味深な事をギターの服部さんが言ったと思ったら、何と、カツラをかぶった二人がバタバタと遅れて登場。これにはマジでwigり、じゃなかったビックリしました。というのも、bikkeさんは茶髪のいわゆる分かり易い「外人変装用のカツラ」だったのですが、祥子さんは、何とピンクのロングヘアー(参考商品はこちら)。何このコスプレ、というか魔法少女は(こちらのブログに写真あり)。はっ、この扮装はもしかして、しょこたんこと中川翔子ちゃんへのオマージュですか?ギザカワユス。また、黒のワンピースと妙に合ってしまうところが何とも。ちなみにピンクはしょこたんの好きな色で、ファンクラブの名前は「ギザぴんく!」です。
ともかく、そういう恰好でアンコールは2曲。

e1)そこに行くのだ(Lovejoy)
e2)at home(Lovejoy)
Lovejoyの曲を立て続けに。祥子さんはピンクの髪を振り乱しつつ、タンバリンを叩きました。ラストの曲は、前の拾得のライブでもやってくれた曲なので憶えていました。

これで今回のライブはつつがなく終了。で、後ろを振り返ったら、勝井祐二さんとか、山本精一さんとか、大友良英さんとか、ミュージシャンの方々がゴロゴロいらしてビックリ(実はこのメンバーで、Cocon烏丸のshin-beでトークイヴェントをしていてそのまま流れてきたわけですけど、かつて祥子さんと共演した事のある方ばかりだよな)。
僕は終わった後、そそくさと物販コーナーに行き、早速LovejoyのCD『かけがえのないひととき』を購入しました。

磔磔を出て、そのまま四条の方に流れ、「祥友」の皆さんと軽く飲んで帰宅。明日予定のある方が多く、無茶はできませんでしたが、また2週間後の再会を約してお別れ。

October 04, 2007

「声の大きさ」ではない

僕はこのブログで、歴史教科書の検定で、沖縄戦についての記載が枉げられたことに抗議してきたわけですが、先日沖縄での大規模な抗議集会を始め、全国的に広がる動きを見た政府が、その抗議を受け入れようとしていることは報道されているとおりです。

僕も勿論、このように事態が推移したことを歓迎していますが、しっくり来ないものも感じています。それは、今回のことが「声の大きなものが勝つ」という誤った先例として後年利用されはしないか、という心配といえば判りやすいでしょうか。
そもそもこの教科書検定問題は、当の検定自体に問題があったのであって(動機も検定委員も検定意見も)、「沖縄県民の声に配慮して」という物語に還元させることができる性質のものではありません。このような物語に回収されてしまっては、却って本当のことが隠蔽されてしまいかねません。

ということで、例えばある新聞の社説

「しかし、史実に基づいて執筆されるべき歴史教科書の内容が、「気持ち」への配慮や、国会対策などによって左右されることがあってはならない。」

というのは、言葉だけ見ればその通りで正しいのです(まあ、この社説は検定そのものの問題には頬被りしていますが)。僕だって、国民の「ご機嫌取り」として、教科書や教育現場に対して不当な政治的介入が起これば当然腹も立ちます(実際、今回の検定はそのような性格が強いことも大きな問題でした。その元凶が辞任したおかげで、こんなにもドラスティックに動いているわけですが)。たとえ、僕の信条に近い方向に動いたとしても、やはりそれはある種の「政治的介入」と見なさざるを得ません。それが僕のわだかまりになっているのです。今回の政府の対応を手放しで喜べないのはそのためです。

その時々の政治的要請で教科書の記述がどうとでも動いてしまうということ。先日の検定がまさにそれだったわけです(「戦後レジーム」からの脱却を計りたかった人たちの意向を汲んでの検定だったのでしょう)。そして今回のことが「県民の声という圧力によって動いた」とされてしまい、心ならずも「先例」を踏襲してしまうと、また近い将来「やっぱりそんな事実はなかった、という声が大きくなっているのでね」とオセロのようにひっくり返されはしないか、というのが僕の心配なのです(杞憂であればいいのですが)。

ですから僕は改めて「声の大きさ」ではないのだ、と強調したいのです。

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