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November 22, 2007

「何故人はそう考えるのだろうか」という問い

今日は、大学で僕のゼミ(討論形式の授業)を取っている学生さんに向けての、ちょっと抽象的な「お説教」です。

最近、ようやくゼミや基礎ゼミ(基礎講読)で「自分の意見」というか、とにかく「声」が上がってきたのはよい傾向だと思います。僕は気が弱くて、ゼミでシーンと沈黙が一分以上続こうものなら、ついついおしゃべりを始めてその間を埋めようとしてしまいがちなのですが(僕の雑学が最も活かされる瞬間でもあります)、この頃はそういうことをしなくても良くなってきて、僕としては、少し楽になってきました。
当然君たちが口にするのは「私の意見」なわけですが、ちょっと皆さん、「私の意見」を言うのと同時に考えて欲しいことがあります。それは「他人の意見」というか、自分とは違う見解を持った人への想像力です。
「私はこう思います」、もちろんこれは重要です。ここから全ては始まりますが、「私は何故こう思うのだろう」という自己省察、そして「何故他の人は私と同じように考える(もしくは考えない)のだろう」というところまでいって、ようやく「学問的」になるのです。「私はこう思う」だけでは、残念ながらダメなのです。

例えば、現在2年生の基礎ゼミでは、明治以降の「天皇制」の問題の簡便な本を今読んでいます。そしてコメントとして「私は天皇(制)には関心がありません」「皇位継承なんかよりももっと大事なことがいくらでもあるだろう」と言うのは簡単ですが(僕だって、そうは思っています)、「何故、ある人にとっては、天皇の跡継ぎ問題があたかも日本の死活問題のように語られるか」「何故天皇制は昔あれほどの力を振るったのか」というところまで考えて欲しいわけです。「私の感覚」をとりあえず一旦棚に上げて、自分とはある意味対立するような意見にはどんな論理が隠されているか、というのを考えることも大事なのです(論破するのはその後です)。

自分の意見を言うのは第一段階、他人の意見を聞くのは第二段階、そして、その場にいないような人の意見をも忖度し、その上で自分の意見を述べる第三段階まで行って欲しいと僕は思うのです(別に「弁証法」とか、そういう言葉は覚えなくても良いから)。
要するに、せっかくの発言ですから、一方的なものではなくて、双方向的なものを目指して欲しいってだけの話なんですけどね。

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Comments

直接はこのエントリと関係ありませんが、触発されて日記を書きましたので、TBさしてもらいます。なんか、ゼミの様子が目に浮かぶようで、読みながら笑ってしまいました

ダメ院生君
ニフティが不調なのか、TBが届いていませんが、まあいいや。さっき拝読しました。なるほどね。

>ゼミの様子が目に浮かぶようで、読みながら笑ってしまいました

齋藤孝じゃないけど、やっぱ「質問力」って大事なんですよね。「私はこう思う」って言いっぱなしジャーマンは簡単だから、その先に進んで欲しいという教員側のわがままです。僕が「手取り足取り導くこともできませんしね。

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