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July 30, 2009

zabadak@Osaka Muse

090730_zabadak_muse_001 相変わらずのライヴレポです。今日行ってきたのは、zabadakのライヴ。4月初頭の渋谷のライヴ以来です。場所は大阪心斎橋の「Osaka Muse」。 このライヴハウス、僕は本当に久しぶりです。前に来たのが何と、19年前の1990年8月の、このzabadakのライヴなのです。大学入学で上京して初めて行ったライヴが、今は亡き日清パワーステーションでのzabadakのライブ(1990年6月)、そしてその延長のライブを追っかけて帰省したんだよなあ、と年寄りらしく感慨にふけります。
今日のメンバーは吉良知彦さん(G,V)、小峰公子さん(V,Aco)、難波弘之先生(Key)の三人編成。

090730_zabadak_muse_005 さて、僕は早めに心斎橋に着き、一応ライヴハウスの場所を押さえるために下見に行き、すんなり見つけて安心した僕は、ライヴ前に軽く腹ごしらえをすることにしました。どこか適当なところはないかな、と周辺をうろうろしたら、ある文字が目に入りました。それは「KARAKU(果楽)」。思わず目を疑ったのですが、末尾に「U」がちゃんとあります。フルーツパーラー兼カレー屋さんのようで(夜は結構お酒も飲めそうなところでした。つまみにこれだけドライフルーツの類がある店は少ないと思いますが)、この店の名前に運命を感じてしまったので(笑)、僕はこのお店に入り、タイカレーセット・ミックスジュース付きを食しました。
090730_zabadak_muse_002 食べ終わった時、まだ開場まで時間がありましたが、うろうろしていてもしょうがないと思い、およそ開場30分前にMUSEに戻り、まだ並ぶのは早いと思ってビルの一階の外で一人携帯とかをいじって時間つぶしをしていたら、ここでハプニング(事件)発生。何と、ラフなカッコをした吉良さんがお一人で登場(外で買い物でもして帰っていらしたのでしょうか?)。慌てて僕も帽子を取り「きききき吉良さん、こんにちは」と思いっきり挙動不審な挨拶をしてしまいました。吉良さんは「こいつ、何か見覚えあるかも」と思ってくださったのか、鷹揚に「あれ、まだ開場始まってないの?」とおっしゃり、僕は「ああああと30分後くらいです」とお答えしました。「こんな(ラフな)カッコでごめんね、また後で」と颯爽と吉良さんは楽屋の方に・・・。いやあ、早く来て良かった(笑)。
開場は時間通りに始まり、僕は番号が良かったので、最前列の左側に座ることができました。舞台は機材から左から難波弘之さん、吉良さん、公子さんと判りました。僕は難波さんと吉良さんのちょうど中間あたり。僕の後ろには、以前京都のRAGでのライヴで顔見知りになった方がいらしたので、一年ぶりにご挨拶。ドリンクチケットを缶ビールに替え、飲みながら周りの席の方と喋っているうちに開演です。吉良さんは足に鈴をつけ、ギターのチューニングを始めます。
以下では、セットリストを書いていきます。一応ツアー途中の「ネタバレ」要素も含みますので、ご承知おきください。

1)Prologue(『賢治の幻燈』)
吉良さんが登場したとき、片手にリコーダーを高く掲げていたので、どうしたのかな、と思ったら、この曲で吉良さんはリコーダーを!そして曲の中間では、何と吉良さんの朗読が!これにもビックリ。朗読されたのは、以下のものです。

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。
 ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。(注文の多い料理店・序)

公子さんは鉄琴、というかグロッケンを。このライヴでは、このグロッケンが大活躍(僕も欲しくなった)。

2)Still I'm Fine(『Signal』)
2曲目は爽やかなこの曲を。

3)星ぬ浜(『COLORS』)
おお、夏らしい、というか、沖縄だー。吉良さんはギターの前面に三線をおいて弾き、「ダブルネックです(嘘)」と言いつつ、ギターと三線両方を弾いてしまいました。公子さんはヴォーカル及びティン・ホイッスル。

4)COLORS(『COLORS』)
一転して、しっとりしたこの曲を。

5)はじめてうたったうた(『平行世界』)
これは、ライヴで映える曲だと思いました。
この曲が終わったとき、MCで吉良さんが「今回は、時々夏っぽいものが混ざります(笑)」と言い、公子さんが「次のもそうだよね?」と言って始まったのが、

6)夏至南風(『COLORS』)
でした。再び沖縄フレーヴァーの曲。この曲の後半部の盛り上がりは見事。持って行かれました。

7)線香花火(『回転劇場』)
というわけで、「夏」シリーズは続きます。でもこの曲を始める前に「あれ、これはどーゆー組み合わせだっけ?」と吉良さん。コーラスパートとかのことなのか、自分と公子さんを指さして「こうでこうだよね」難波先生も「そうそう」、我々観客から笑みがこぼれます。
この曲を終えて、吉良さん曰く「実は、今日、吉良家は車で来たんですが、凄い渋滞につかまって、時間には遅れるわ、大阪に着いても大阪の道が判らないわで、結構オタオタしてしまいました。40過ぎてここまでオタオタしたのは初めてかも(会場爆笑)」とのことでした。こうやって会場を和ませておいて、難波先生のキーボードと公子さんのグロッケンで何が始まったのかと思ったら、

8)Wonderful Life(『Wonderful Life』)
でした。いやあ、この曲、僕は本当に聴けば聴くほど好きになっていきます。のめり込むように、と言うと大袈裟かも知れませんが、そんな気持ちです。ここで前半が終了、一旦休憩に入ります。

さて、十数分の休憩の後、後半が始まりました。そして、一曲目は何と、
9)桜(『桜』)
でした。我々観客は、全身を耳にして、という感じで聞き入ります。何度聞いても、この曲は素晴らしい。昨年のソロツアーでこの曲をお一人でやろうとして、自ら「無謀な試み」とおっしゃっていた吉良さんでしたが、今回は3人。もう、陶然としてしまいました。そしてこの曲に続いて

10)樹海―umi(『平行世界』)
が演奏されたのに、僕などはビックリ。だって、「桜」と言いこの曲と言い、そんなしんどいことを立て続けに・・・と思うのが素人。やはりプロは違います。4月に渋谷で聴いたときは、この曲はまさに音の圧力で圧倒されましたが、今回は難波さんの流麗なアレンジのイントロから始まり、一瞬何が始まったのか判らなかったほどです。
この2曲の連続が、僕としては最も鳥肌ものの展開でした。
でも、終わった後にさすがに「やる度に、違う演奏になりますよね(笑)」「やはり3人では無謀」との本音が(笑)。

11)平行世界(『平行世界』)
でも、そういいつつ、またまたアゲアゲのこの曲をやっちゃうんですから、すげーよなー。で、この曲が終わって吉良さんが堪らず「告知で休もう」と提案(笑)。まずは難波先生から告知があったのですが、8月、9月の関西でのスケジュールをど忘れしたみたいで、結局「ホームページみてね」ということに・・・。吉良さんも「今度関西で、Caramalboxの「風を継ぐ者」の再演、やるんですよね、場所と期間は・・・いつどこでだっけ」とこっちもグダグダ(笑)。結局観客席から正しいインフォメーションがなされて、事なき(?)を得ました。

12)旅の途中(『平行世界』)
13)夕焼け(『平行世界』)
最新アルバムから結局3曲連続になりましたね。「旅の途中」はやっぱいいなあ。「夕焼け」も毎度の事ながら、沁みる歌ですね。

14)この空で会えるよう(『LiFE』、Japanese Version)
おお、これはレア。しかも日本語ヴァージョンです。元々この曲は「満洲」で亡くなった人たちを供養する地蔵を建立するときに作られた曲です。

15)雲の言葉(『回転劇場』)
どんどん音階が登って、こっちのテンションもゆっくり上昇させられます。

16)休まない翼(『桜』)
これ、もしかして結構久々じゃないでしょうか。ばあっと、目の前が開けていくような、そんな曲。これ、聴けて良かったあ。
この曲の後、難波さんから「実は今、タマホームのキムタクが出ているCMで、Deep Purpleの曲のオルガン弾いているのは僕です」との情報提供があり、何でもタマホームの偉いさんに、Deep Purpleの熱烈なファンがいて、彼がギターの音にダメ出しをしまくったとのこと。その難波さんのお話のBGMに吉良さんがしっかりDeep Purpleの曲をつま弾いちゃうから笑っちゃいました。
さて、ライヴもラストスパートの雰囲気に。

17)Deir Paider(『IKON』)
シャンシャン手拍子足拍子、って感じで、僕も思わず手拍子と足を踏みならしてしまいました。でも、実はこの曲「せーの」で入ろうとしたら、吉良さんが「ごめん」と細かいチューニングのやり直しを始めてストップ。公子さんもアコーディオンで「はらほれひれはれ」といった感じの音を出したので会場爆笑。

18)Tears(『Something In The Air』)
「一応、これで最後の曲です」と吉良さんが言うと、当然我々は「笑っていいとも」の客のような反応をするわけですが、「明後日また来ますから」と公子さんが言ったので爆笑(明後日は近江八幡でのライヴです)。締めはCaramalboxでもよく使われた名曲のこれ。

我々のアンコール要求の拍手で3人が戻ってきてくださり、やはり定番のこれが演奏されました。
e1)Easy Going(『Welcome To Zabadak』)
我々も総立ち。そして、よく調教訓練されている我々は、息の合った「合いの手」を入れます(毎度の事ながら、気持ちいいなあ。個人的には、この息の合い方は、矢沢永吉ファンのタオル投げに匹敵すると思っています)。吉良さんが促すので、この曲だけはみんなはじけまくり、声出しまくり。
またまた皆さん一旦引っ込んで、今度は吉良さんと公子さんだけが出てきて「ごめんなさい、一人減ってしまいました」と笑わせておいて、しっとりとした

e2)遠い音楽(『宇宙のラジヲ』)
で本当のラストでした。

なんだかんだで、しっかり2時間半ほど。平日、ということもあって、みんな足早に帰ってしまい、会場は急激に寂しくなりました。僕もアンケートを出してそのまま帰宅しました。ちょっとお酒が飲めなかったのは残念でしたが、仕方ありませんね(このブログ書きながら一人で泡盛飲んでますが)。
とにかく、明後日もあるのかと思うと、自然と顔がにやけてしまいます(今日お会いして喋った皆さんもほとんど明後日再会することでしょう)。この興奮は、まだ続く・・・。

July 25, 2009

観察映画「精神」@京都シネマ

090725_seishin_001 本日は、京都シネマに、想田和弘監督の観察映画第2弾「精神」を見に行きました。このブログでは以前、想田監督の「観察映画」第1弾の「選挙」の感想を書いたことがあります(これもかつて京都シネマで上映されたのでした。これも傑作。DVDもあります。未見の方は是非)。

前も書きましたが、想田さんは、僕の大学時代のゼミの先輩で(そのゼミの指導教官だった島薗進先生が、今回のこの「精神」に推薦の辞とエッセイをパンフレットに寄せていらっしゃいます)、今回の映画も、ずっと楽しみにしていたのでした。何人かに声を掛けたのですが、みんななかなか忙しく、結局僕に付きあってくれたのは、元僕のゼミ生のT野さんとそのお友達、そしてmixiで知り合っていたkijiqさんの3名。この映画は現在全国にどんどん広がって上映されつつありますが、各マスコミにも取り上げられ、前評判も高く、公開初日の今日と二日目は監督の上映後の「ティーチ・イン(質疑応答)」もあるというので、大盛況でした(「選挙」の時と比べて、若い人たちが予想以上に多かった、というのは、この映画の内容のせいでしょうね)。僕も用心して、早めに行ってチケットは確保。二回目の上映を拝見しました。以下ではその感想を述べますので、「ネタバレ」になりますのでご了承ください(といっても、細かい内容には触れません)。

さて、この映画はタイトル通り「精神」を焦点にしたものです。しかし「精神病」ではないことに注意すべきでしょう。確かに、扱われているのは、精神を病んだ人たちが集う施設の中の出来事なのですが、その世界は、驚くほど「健常者(本当の完全な健常者など、この世にはいませんが)」の「隣」にあることがこの映画を見ると判ります。そのような意味も込めてのタイトルなのだと僕は納得しました。そして、そのような「隣」にある世界なのに、カーテンを引いたかのように見えなくなっている世界。この映画は、そのカーテンをそっとよけて、その隣の世界で繰り広げられている「共苦共感世界」を覗かせてくれるものになっていると思いました。「共苦共感世界」とは宗教やセラピー、カウンセリングの現場で「癒し」に向かうために形成される状況を指しますが、想田さんのカメラは、一見冷徹そうに見えて(事実、冷徹な部分もあるのですが)、その世界をしっかり記録していたと思います。

そしてこの映画が扱った「こらーる岡山(コラールとは「合唱の意味」)」は、この施設を作った山本昌知先生の個性(カリスマ、といっても良いかもしれませんが、押しつけがましいところがないところが却って凄みを感じさせます)もさることながら、古い民家を改造したその開放的な佇まいといい、それ自体が現代の精神医療のあり方を鋭く告発しているようにも思えました。パンフレットに辻信一先生が書いている「あの老医師のいる古民家の懐かしい病の風景が、きっと、まともな世界への入り口だ」という言葉は、本当に的確な言葉だと思いました。

そして、特筆されることは、想田さんが「モザイク」やテロップ、ナレーションなどを排除した方法で撮影していることです。この手法は第1作目の「選挙」から徹底しており、ご本人もそれを「観察映画」と名付けていますが、いわば、想田さんのカメラが切りとった、未調理の生肉のような素材を目の前に差し出されて「さあ、ご自身で調理してみてください」と観客たる我々は迫られることになります。これは、ある意味観客に非常に緊張を強いるもので、内容も内容だけに、僕自身も見終わったとき、ぐったり疲れました(笑)。しかし、この方法こそが想田さんの映像の「肝」でもあります。

さて、僕と想田さんはともに宗教学という学問を学びましたが、それから少し話を広げたいと思います。宗教学や社会学、文化人類学などには「参与観察」とか「フィールドワーク」というものがあって、要するに「現場」に取材しに行き、論文を書くということがよくあります。この「現場」というのも千差万別で、「どうぞどうぞ」というところから、よそ者はシャットアウトというところまであり、時には自分の身分を偽って潜入する、ということも過去には行われました(最近は滅多にないですけど)。そこで重要なのは、「対象に入れ込みすぎず、とは言っても突き放しすぎず」という関係性をどう保つか、ということです。これがなかなか難しく、いつまで経ってもこの手の学問の方法論上の難点になっています(最近は自分の立場性positionalityに自覚的であれ、というところで何とか落ち着いていますが)。

090725_seishin_006s 想田さんの御著書『精神病とモザイク―タブーの世界にカメラを向ける』(とりあえずamazonへのリンク)に書いてありますが、想田さんは、まさに「参与観察」で卒論を書いていているんですよね(p.78)。僕などは前回の「選挙」の時も、「想田さんは素晴らしいフィールドワーカーだなあ」と感心して見ていましたが、想田さんが述懐しているように「実際、『選挙』で被写体になってくれた人々は、僕が驚くくらい、カメラの存在を無視、あるいは無視しているかのように振る舞ってくれた(p.73)」とあるように、想田さんは自分をほとんど消して、被写体に過剰に肩入れなどをせず、突き放した撮影ができたと思うのですが(一番僕が「選挙」で感心したのは、車の後部座席から淡々と、主人公夫婦のケンカの様子を撮影したシーンです。あれを見て「想田さん、ひどいなあ(笑)」と思ったものです)、さすがに今回のこの「精神」ではそうはいかなかった(先に、患者さんの語りに感情移入して精神的に参ったのは、撮影の補助をしていた奥様の方だったそうですが)。そこが第一作と第二作の最大の違いだと思います。同じ「観察映画」といっても、今回の「精神」はどうしても想田さんと患者さんたちとの相互作用(interaction)がにじみ出てしまう。想田さんに「フライ・オン・ザ・ウォール(p.73)」であることを、撮られている側が許さない。でも、想田さんの映像はいわゆる「お涙ちょうだい」というような方向には決して流れず、我々観客をある意味ずっと「居心地」の悪い気分にし続けることに「成功」しています。そこが、この映画の最大のポイントだと思います(特に、ラストシーンの「居心地」の悪さったら!)。ということで、僕と同行した皆さんも、良い意味で「モヤモヤ」を抱えたまま帰宅することになりました。「勉強になりました」とか「感動しました」というような安易な言語化を許さない作品であったことは間違いありません。

090725_seishin_004s 上映後の質疑応答でも、あらかじめ大体のストーリーを考えて組み立てるテレビの報道番組とは違うのだ、ということを想田さんは強調していました。そのやりとりを聞いて、あらかじめ練られたストーリーやテロップのある通常のテレビ番組は、なんて「飲み込みやすく加工してくれているんだろう」との思いを新たにしました(その努力が全て悪いというわけではないんですよ。でも、感動や感想はどうしても水路づけられてしまうのは避けられません)。質疑応答のあとは、本やパンフへのサイン会。僕も当然並んで、あらかじめ買って読んでいた御著書にサインをしてもらいました。想田さんは僕の顔を見るなり「変わってないねえ」と言ってくださいましたが、僕から見れば、想田さんの変わらなさも驚異的(笑)。想田さんが卒業して以来の再会ですから、何と16年ぶり。長蛇の列なので、落ち着いて話すことはできませんでしたが、しっかり記念撮影。その後同行してくれた皆さんと一杯飲んで色々感想を語り合い、帰路につきました。

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