February 11, 2008

「ひたすら反対する」という依存

このところ、なかなかに忙しく、こちらのブログには新しいエントリを書けなかった。
書きたいことがなかったわけではないのだが、今日はこのところ気になっていたニュースを振り返りつつ、ちょっとだけ抽象的に「反省」してみたい。

さて、政治の世界では、僕の「気に入らない動き」が矢継ぎ早に起きて、脱力していた。先月の大阪府知事選、そして先日の岩国市長選は、このブログを読んでいる皆さんならお判りのように、僕の傾向からして「残念な結果」に終わってしまった。この結果については、あまり言及もしたくないところだが、次々と公約を撤回するような言葉の軽い府知事を戴いてしまったのだ、ということを大阪府民の皆さんは少しは考えておいたほうがいいだろう(たまたまだが、僕は堺市出身で、両親や兄夫婦も大阪府民である。決して他人事と思っていない)。そして岩国市の方は、あまり暗い話をしたくはないのだが、国のテコ入れが、沖縄の各市町でどれくらい有効であったか、ということを少し振り返ってみるべきだと思う(すこし聞くところによると、土建屋栄えて商店街滅びる、という例があるそうな)。

あと、気になる動きとしては、茨城県つくばみらい市で、DVに関する講演が、やたら騒ぎ立てるグループによって中止に追い込まれたこと(詳しくはこちら)と、日教組の全体集会が某ホテル側から一方的にキャンセルされた事件。これらは、まさに「テロ」の一種(成功したテロ)だと思う。何か事件が起こるかもしれないという恐怖によって、人々を支配したのだから。この二つの事件をもし「我々の正しい主張が認められた」などと誇りに思っているような人がいるなら、その思考方法は、爆弾を背負っていなくても、自爆テロ犯と選ぶところはないだろう。皮肉をこめて言うのだが、日教組の集会現場に集まって気勢を上げる皆さんは、自分たちが「政治的な主張」を堂々と行う貴重な機会を失ったということで、ホテル側に少しは文句を言ってもいい。
この二つは反対グループの思想的傾向性も似通っているので、当然僕からすれば気に食わないわけだが、ロクな代替案を提示できなかった自分も歯がゆい。一言で言うと、向こうの動きに反対するのが精いっぱいで、「ひたすら反対する」ということで、彼らに依存していたとさえいえるかもしれない。もちろん、彼らの側も「ひたすら反対」ということでぼくたちに依存しているのだが、向こうと合わせ鏡のような関係になったことが腹立たしい。
今日街中で、「建国記念の日」に反対するグループに、威圧的な恰好と街宣車で罵倒を繰り広げる連中を遠巻きに見つつ、そんなことを思った。

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October 04, 2007

「声の大きさ」ではない

僕はこのブログで、歴史教科書の検定で、沖縄戦についての記載が枉げられたことに抗議してきたわけですが、先日沖縄での大規模な抗議集会を始め、全国的に広がる動きを見た政府が、その抗議を受け入れようとしていることは報道されているとおりです。

僕も勿論、このように事態が推移したことを歓迎していますが、しっくり来ないものも感じています。それは、今回のことが「声の大きなものが勝つ」という誤った先例として後年利用されはしないか、という心配といえば判りやすいでしょうか。
そもそもこの教科書検定問題は、当の検定自体に問題があったのであって(動機も検定委員も検定意見も)、「沖縄県民の声に配慮して」という物語に還元させることができる性質のものではありません。このような物語に回収されてしまっては、却って本当のことが隠蔽されてしまいかねません。

ということで、例えばある新聞の社説

「しかし、史実に基づいて執筆されるべき歴史教科書の内容が、「気持ち」への配慮や、国会対策などによって左右されることがあってはならない。」

というのは、言葉だけ見ればその通りで正しいのです(まあ、この社説は検定そのものの問題には頬被りしていますが)。僕だって、国民の「ご機嫌取り」として、教科書や教育現場に対して不当な政治的介入が起これば当然腹も立ちます(実際、今回の検定はそのような性格が強いことも大きな問題でした。その元凶が辞任したおかげで、こんなにもドラスティックに動いているわけですが)。たとえ、僕の信条に近い方向に動いたとしても、やはりそれはある種の「政治的介入」と見なさざるを得ません。それが僕のわだかまりになっているのです。今回の政府の対応を手放しで喜べないのはそのためです。

その時々の政治的要請で教科書の記述がどうとでも動いてしまうということ。先日の検定がまさにそれだったわけです(「戦後レジーム」からの脱却を計りたかった人たちの意向を汲んでの検定だったのでしょう)。そして今回のことが「県民の声という圧力によって動いた」とされてしまい、心ならずも「先例」を踏襲してしまうと、また近い将来「やっぱりそんな事実はなかった、という声が大きくなっているのでね」とオセロのようにひっくり返されはしないか、というのが僕の心配なのです(杞憂であればいいのですが)。

ですから僕は改めて「声の大きさ」ではないのだ、と強調したいのです。

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August 03, 2007

学歴ではなく「批判する友人」の有無

何か、安倍政権がダッチロール中である(もちろん、同情などしないが)。特に先日の赤城農水相の辞任はタイミングといい態度といい、政権与党にとっては考えられる最悪の「置きみやげ」だったといえるだろう。赤城さん、ニュースで知ったけど、東大法学部出て、官僚も経験した人だったんですね。やれやれ。

さて、安倍氏が首相になってから、ネットのあちこちで彼の「学歴」を云々する声を聞いた(というか、読んだ)。まあ、僕も彼のやり方や答弁があまりに稚拙なので、「安倍は所詮成蹊で(しかもエスカレーター)」というネット上の揶揄もそれほど気にとがめず聞き流して、時には「あの我妻栄と東大法学部の首席を争ったお祖父ちゃん(岸信介)を尊敬するのは良いけど、もうちょっとお祖父ちゃんを見習って(もしくはお父さんでも良いけど)お勉強しなかったのかね」と冷笑していたのも事実(念のため付け加えておきますが、僕は成蹊大学に対して含むところは全くありません。優れた卒業生は山ほどいるし、優れた先生もたくさんいらっしゃいます。僕の親戚もいたし)。

だが、そういう問題じゃないということが、この数ヶ月で明らかになったと思う。

そもそも学歴なんていうのは、十代の終わりに、ある「クイズ解答能力」の出来不出来を競っているだけの話であって、それだけで全てを語ろうとするのは勿論できない。日本人が過剰に学歴にこだわるのは、血筋や家柄を否定した近代国家の宿命だとは思うが、僕は学歴、というより大学というのはどのような場所かというのを考えて、一つ思い至った。
それは「自分を批判してくれるような友人に出会う場所」ということである(高校とかで出会う可能性もあるけど、やはり大学の方がそういう友人には出会いやすいだろう)。田舎で一番だった秀才が大学に入ってみたら、それこそ大学内偏差値が50くらいである自分に気付き落ち込む、というパターンは良くあることだが(実は、僕もそうだった)、そこで腐るか、めげずに友人から何かを吸収するかということで、その後の人生は大きく変わると思う。そういう友人(時には教員の場合もあるかも知れぬ)、自分をある意味知的に叩きのめしてくれる人に出会わなければ、大学に入った値打ちは半減すると僕は思っている。そういう人に出会えなかった人、そういうのはどんないい大学出ていようが実は「使えない人」であるとさえ僕は思う。

「僕は、あの人に、勝ちたい」とアムロ・レイのようにメラメラと闘争心を燃やすもよし、もうちょっと消極的に「あの人には、バカにされたくない」と見栄を張って難しい本にチャレンジするもよし、それが大学生活ってものです。この「見栄」っていうのは自分を高めるときに不可欠なもの。僕もそうしてサークルの先輩に「なかなかやるじゃない」といわれることを目標に成長したと自分で思っています。そういう意味で、「壁」になってくれた先輩や友人に感謝です。

で、安倍首相の話に戻るが、彼のあの「頑迷さ」は、それこそ大学で傾聴すべき意見を言う友人、現在なら自分の至らなさを批判してくれる人に、これまでの人生で恵まれなかったからではないか、と想像する。勿論、彼にも友人はいくらでもいるだろう。ただし、古諺にいうように「忠言、耳に逆らう」を体するような友人か否か、ということだ。安倍さんのこのところの言動を見るに、人から意見を聞き、自分を省みて自分を変えていくという「身構え」が、彼には欠落しているのではないかと疑いたくもなる。
恐らく赤城さんもそうではないか?つまり「人から見て自分はどのように見えているか」という視点を得る機会を逃し続けたなれの果てが、ああいうみっともない姿ではないのか、と失礼な推定をしたくもなるのだ。そういうのに、学歴もへったくれもない。

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July 19, 2007

クーラーは我慢してでも・・・

新潟柏崎周辺を襲った地震、大変でしたね。被災者の方にはお見舞い申し上げます。

この地震で注目されたのは、やはり柏崎原発でした。実は、放射能漏れなどの色々な情報を隠蔽していたなどという、芳しくない話も聞こえてきていますが、やはりこれだけの地震多発地帯にこれだけの原子炉を集中させているというのは単純に危険きわまりない話ですので、できることなら数年間は柏崎の諸原子炉を停止するくらいの処置を執って欲しいところです。この原発が停止するせいで、8月は電力不足が予想されるという報道がなされていますが、電気は貯蓄できないものなのですから、その供給量に合わせた消費の仕方を、関東地方は模索すべきだと思います。少なくとも、冷房の設定温度を上げるとか、自宅では極力控えるとかくらいはできるはずです。それがどれだけの節約効果になるかは知りませんが、ちりも積もれば何とやら、でしょう。

かくいう僕も、原発の恩恵に与っていることは自覚しています。このパソコンの電源も、福井県のどこかの原発から送られてきたものかも知れません。一気になくせ、というのも無理とは承知していますが、それへの依存レベルをゆっくり下げる、というのは全くの不可能事とも思えません(ついでに言うと、原発問題は安全面が最大の問題であることはもちろんですが、それを設置した自治体がそれ無しではやっていけなくなる体質に変わる、という麻薬性も実は大きな問題だと思います)。
去年の今頃も、「弱冷房がcool」という記事を書きましたが、もう一度、「小さなことからコツコツと」を、この原発事故をきっかけに確認したいと思っています。安易なシニシズムよりも、ポジティヴな自己満足で生きていきたいだけですけどね。

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May 02, 2007

新聞掲載エッセイ

このところ忙しくて、こちらのブログはご無沙汰しておりました。
さて、4月30日の『京都新聞』の「フォーラム京」というコーナーにエッセイを掲載してもらいましたので、こちらにも転載したいと思います。これは京都の大学教員が、自分の専門に絡めて色々語る、という趣旨のコーナーで、僕もひょんな事から紹介していただき、書かせていただきました。新聞ということで、ちょっと大きく一般的な話題にしましたが、改めて読んでみると「僕はどうして宗教学なんかやっているのか」という告白に近いものがありますね、こりゃ。

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「心の時代」にみえる宗教性

川瀬 貴也

「衣食足りて礼節を知る」というが、ある程度の豊かさを達成した日本社会で「これからは心の時代である」と唱えられてから久しい。これは単なるスローガンや世間の雰囲気の問題ではない。例えば教育現場では小・中学生に対して『心のノート』が配布され(この副読本の課題として、お子さんに突然深遠な質問を受けて、戸惑った方も多いのでは?)、教育行政上も、昨年末改訂された教育基本法の条文を改めて読むと、「豊かな情操」「道徳心」「我が国と郷土を愛する」「人格を磨き」「自立心」など、「心」に焦点が当たっている部分が多いことが判る。「教育再生会議」という首相の諮問機関においてもボランティア精神などが説かれている。その他には、ニートやいわゆる「引きこもり」の問題についても、「コミュニケーション能力」など当人の「心」のありようが問題視され(筆者はそういう側面ばかりが喧伝されることに違和感を持っているが)、そしてテレビをつければ、「スピリチュアル」と銘打った番組や、占い師に芸能人が説教されている番組も見ることができる。そして大学においても「臨床心理学」という科目は非常に人気のある科目であり、カウンセラーを目指す者も多い。医療現場においても「スピリチュアルなケア」の必要性が説かれている。比喩ではなく、現在の我々の社会はまさに「心のありよう」が日常生活において大きな比重を占める「心の時代」となっているのだ。

さて、宗教社会学においては、科学の進展や、かつての共同体の絆が弱まることによって「宗教」の力は衰えると考えられていた。これを「世俗化」と呼ぶが、現実の世界を見ると、それに反するような動き、例えば新宗教の発展や「原理主義」の台頭、いわゆるオカルトの流行などが目白押しで、世俗化理論は何度も修正を迫られてきた。その有力な修正案の一つが「宗教とは呼ばない(呼べない)宗教性」を人々は様々なルートから補給しているのではないか、というものである。つまり、かつての教団中心の「宗教」ではなく、個人的な霊性を高めようとする活動(これが昨今話題となる「スピリチュアリティ」である)や、臨床心理学のように「心」を扱う学術的言説、カウンセリング、そして占いなども、現代社会において失われた「宗教性」の補給源なのではないか、ということである。このような視点から見ると、現代社会は実は「心」や「スピリチュアル」という表現を取る「宗教の代替物」で溢れている時代と診断することも可能である。

また、思わぬ方向から「宗教性」が要請されることもある。例えば生命科学の発達によって、従来想像もできなかった技術が可能になったが、その倫理的な線引きをどうするかということも重要な現代的課題である。とりわけ先端医療の現場における脳死臓器移植、安楽死、遺伝子治療や余剰胚、ES細胞などをめぐる議論に、科学者のみならず宗教家も多数発言をしており、その是非に関して理由付けがなされている。特定宗教の立場からでなくとも、これらの問題に我々が感じているかすかな違和感、これこそが「現代人の宗教的感覚」と言って良いかもしれない。

いわゆる「宗教」離れは、1995年のオウム真理教の事件が非常に大きな影を落としている。既成宗教に対する不信感も、あの事件をきっかけに顕在化したと言ってよいだろう。しかし、ここまで述べてきたように、我々は実に「宗教的」なものに囲まれて日常生活を送っている。単に「宗教」を嫌うのではなく、言葉は悪いが宗教性を「飼い慣らす」方向を模索するときに来ているのではないだろうか。その「飼い慣らし方」によってはいわゆるカルトの「ワクチン」になるかも知れないし、「心の時代」と言いつつ人間性が疎外されていく情勢へのワクチンにもなるのではと、かすかにだが期待したい。

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January 28, 2007

「麻痺」しつつある自分

このところ忙しくて、なかなかまとまった文章を書く気が起こらず、このブログもご無沙汰していました。済みません。

本当は現在の安倍政権に対して、言いたいことが山ほどあったはずなのに、言いたいことが多すぎて全部を憶えきれず、いつの間にやら忘れてしまいました。
記憶力がなくなりつつあるのは加齢のせいで、ある程度仕方ないですが、もう一つ減退しつつあるのが、「怒る気持ち」だと思います。ちょっとやそっとのことでは動揺しない、というと聞こえが良いのですが、「麻痺している」と言っても良いかもしれません。年を取るとは、「世間とはこういうもの」という形で自分を言いくるめることも含まれているのでしょう。

このところ、安倍政権の閣僚やらブレインの人に、様々なスキャンダルやら、問題発言やらがあったというのに「あー、はいはい、またですね」という感じでスルーしてしまっている自分に気付きます(一番最近のだと、柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言ですね。男性は精子を作る機械でしょうか?)。対する民主党も角田参議院副議長の辞任で味噌をつけていますけど、まあ、あまりに矢継ぎ早にスキャンダルやら問題発言が起きるので、どれが誰のスキャンダルだったかさえいつの間にか忘れちゃうんですよね(愛人だとかえらく安い宿舎だとか家賃をろくに払っていない事務所だとか、他にもありましたっけ?)。それであきらめの境地になっている。

教育基本法改悪にしても、ホワイトカラー・エグゼンプション政策(これはお流れになりそうですが)にしても、今度は参議院選挙の争点にすると公言している 「改憲問題」にしても、「腹のふくれない」ネタでごにょごにょしているこの内閣に、もうちょっと怒らなくちゃまずい、と最近は素朴に思いつつあります。

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December 15, 2006

「杞憂」になることを祈る

前々回のエントリと少し関わるが、この15日に、教育基本法の「改正」案が参議院本会議で、そして同様に防衛「省」への昇格も決まってしまった。この二つが同時に決まってしまったことは、後から見ると、もしかしたら「象徴的」な事件として取り扱われるかも知れない。

ということで、数年後、もしくは数十年後に「あの時が時代の転機だったよなあ」と振り返ることがないようにと祈っている最中だ。僕がこのブログでグチャグチャ言っていることは、基本的に杞憂であればこれ以上ない幸せ、という類のものだ。数年後、もしくは数十年後、まだ僕がブログをやっていたとして「あの時は過剰に心配したけど、杞憂でしたね、心配性で済みませんでした、ワハハ」という謝罪日記が書ければ、何も言うことはない。

でも、もし、僕が心配していたようなことが次々と起こってしまったら、僕にこの件で色々反対意見をくれた方々、忘れていなければで良いので、僕宛の謝罪メールか、そのニュアンスのブログでも書いてTB送ってください(慌てなくて良いです。最低数年以上お互い待ちましょう)。
とりあえず、自分に対する備忘録として、二つのことが決まってしまった今日を書き残しておきます。

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November 15, 2006

失ったもの

松坂投手のレッドソックス入団やら、択捉島沖で大きな地震だ、というニュースと共に、教育基本法改正案が、衆議院特別委員会で与党によって、野党欠席のまま強行採決された。与党はこのまま衆議院本会議に持っていって、そのまま通したいようだ。まあ、それは判っているけど、タウンミーティングのサクラ(しかも謝礼まで渡していた)の事実がボロボロ発覚している最中に、こういう強行採決ができるという神経に、素で驚く。このようなことで驚いている僕がもしかしたら純情すぎるか、それとも与党議員の皆さんを買いかぶりすぎていたのか、どちらかか、もしくはどちらもだと思うが、与党議員各位の神経の組成は、僕の想像を超えていらっしゃるようだ(恐らくワイヤーロープ製の神経だと推測される)。「美しい国、日本」を作るためには、何らかの犠牲(例えば廉恥心)も必要という訳か。

さて、話は急にパソコンゲームに飛ぶが、僕もご多分に漏れず、歴史シミュレーションゲームの「三國志」シリーズ(光栄)が大好きで、何作かをやり込んでいる。大体このゲームでは、君主は自分の領民達の忠誠度を上げるべく、時には食料を振る舞ったり、治安を維持したり、商業を発展させて国を富ませる政策を行わねばならないシステムになっているのだが(そうしないと徴税できなくなったり、時には反乱を起こされる)、僕が今回この強行採決(本会議ではどうなるか知らぬが)を見て思いついたのは「この人達、「民忠(民の忠誠度のこと)」を上げる努力を放棄したな。ゲームの三國志なら農民反乱が起きるぞ(笑)」ということであった(本当は笑っている場合ではないのだが、もうこうなったら、笑いたくもなる。本当に嗤いたいのは、無力な自分だが)。

上記の与党の皆さんは、自分を支持している人以外は、全く視野に入っていないのだろうか。支持者以外の国民が少しでも自分たちに味方してくれるように何らかの手を打ったり、彼らの怒りを回避するべく、偽善でも良いから「(こんな時期に強行採決だなんていう)みっともない真似」はしないでおこう、という気は起こらなかったのであろうか(これは「ええカッコしい」の僕だからこその発想か?)。

この強行採決によって、これから失われるであろう事は多いと思う。僕はそれを心から惜しむ。だが、彼らの失ったものも、また多いのだと思うし、多くなければ(多くしなければ)嘘だろうと思う。

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September 21, 2006

「踏み絵」としての日の丸・君が代

入学式や卒業式で、日の丸・君が代を強要し、従わなかったことにより処分されたのは不当として東京都立の高校の教職員が起こした訴えは、とりあえず東京地裁では勝訴を勝ち取った。「左」側の人間として(笑)、まずは嬉しいと思うが、実は僕はこの判決にちょっとだけ違和感を持っている。

判決理由は、「日の丸・君が代はかつて皇国思想、軍国主義の精神的支柱とされてきた歴史があるから」その強要はよくない、という論理構成になっている。確かにそれはそうだろうが、僕はもっと身近というか、「俗っぽいもの」としてこの裁判を捉えている。

このブログでも何度か言及したかも知れないが、この「日の丸・君が代」問題は、基本的に「踏み絵」の構造を持っている。日の丸・君が代そのものを尊重するかどうかが問われているというよりは、そのような命令を出す人間、すなわち校長などの管理職や自治体の教育委員会などの「お上」に従順か否かということを確認する「踏み絵」として使われているだけだと思う。そこが非常にいやらしい。国のシンボルという、なかなか否定しがたいものを正面に据えて、国のシンボルに従わないというのは、私にも従わないことと同じだと言い募るその心根が、腹立たしいし、いやらしい。

であるから、僕などは都の教育委員会の言い分などは、「俺の酒が呑めねえっていうのか」と宴席で絡んで、後日、酒を拒んだ部下をいじめたり、降格させるようなものと同質のものに見える。つまり、強要する側に、思想的な深みが全然感じられないのだ。
今回の判決は、訴える側も訴えられる側も、それなりに思想的なバックボーンがあるものとの仮定で進められていると思う。確かに訴えた側はそうだが、訴えられた側はそんな上等なものはなかった、というのが僕の見立てである。だから「負けるだなんて1%も考えていなかった」などという愚かな発言が出てくるのだ。

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July 31, 2006

弱冷房がcool

皆さん、ほぼ梅雨明けの今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?こちらのブログはご無沙汰しました。

毎日暑いですね。昼間カンカン照りで、夕方にスコールのような夕立、というのがもはや日本の定番になっているような気がするのは僕だけでしょうか。なんか、これも地球温暖化なのでは、と疑ってしまいます。「日本印度化計画」、というのが筋肉少女帯の歌でありましたが(笑)、日本はそんなことしなくても、亜熱帯化していますね。

でも、僕は昨日あたりから夏風邪、というか、「クーラー風邪」を引いてしまい、調子が悪いです。熱がないのは幸いですけど。

実は土曜日、大学の行事で「オープンキャンパス」というのがあって、そのために一日中クーラーのガンガンに効いた部屋に居続けなくてはいけませんでしたから(オープンキャンパスの後の会議で、クーラーの部屋に閉じこめられたのが致命的)、半袖の「クールビズ」だった僕は、覿面に喉をやられてしまいました。ゲホゲホ。
でも、こういうのは、僕だけではなく、何でも片山善博鳥取県知事も「クールビズのせいで風邪を引いた」と言っているそうです。実際、日本はどこも冷房を効かせすぎですよ。特にレストランとか(環境管理型権力、という話は一旦脇に置くとして)、新幹線の中とか。僕は新幹線で移動することも多いのですが、あの寒い中に、2、3時間閉じこめられることを考えて、この季節に乗るときは、いつもジャケットは用意してしまいます。でも、鬱陶しいですよね。

さて、現在ニューヨークにお住まいの、僕の大学の先輩のお話でも、とにかくニューヨークも冷房を効かせすぎだそうです(地下鉄とかお店とか、まるで冷蔵庫みたいだとか)。先輩は、今セーターを持ち歩いているとのこと。この季節に防寒服なんて、ホント、ばかばかしい話だと僕も思います。

その先輩のうまい言い回しを勝手にお借りしますが、「だから、冷房をガンガンかけるのはダサイ、弱冷房がクール(笑)」とみんなが思わないことには、省エネとかはダメですね(Sさん、勝手に引用させていただきました。済みません)。

というわけで、僕は今のところクソ蒸し暑い京都でずっとエアコン無しで暮らしており(今住んでいるアパートにエアコンがない、ということです)、それをちょっぴり自慢してきたのですが、この生活を今後も続けることを誓っちゃいます。ついでに、職場の設定温度も当然高めに設定します(あまりつけないけど)。なんか、『よつばと!』(あずまきよひこ作)の恵那ちゃんみたいになってきたな(笑)。

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July 08, 2006

同窓会

今日、大学時代の同窓会がありました。場所は銀座の「ニャーヴェトナム・プルミエ」というヴェトナム料理店(銀座5丁目のニューメルサの8F)。僕にとっては、本当に久しぶりの銀座です。それに、銀座に飯を食いに来るなんてことは、貧乏な学生時代は考えられませんでした。学生時代にわざわざ銀座に来るのは、映画を見に来るくらいしかありませんでしたから(そのときなどは、立ち食い蕎麦屋とか、牛丼屋でかっ込んでいたものです)。小さな子どもがいる人間の都合に合わせて、昼からのスタートとなりました。

僕の出身大学では、教養時代の語学クラスの結束が強く、今日集まったのも、90年に入学して中国語を選択した「同志」たちです(30名中11名が集まりました。2名ドタキャンでしたが)。今日集まったのは、今月末にドイツに3年ほど赴任する予定のN野さんの壮行会と、今年ご結婚したS藤さんと、U野くんの祝福が名目でした。A美くん、Aさん、S藤さん、U野くん、N野さん、Y川くん、K林くん、M本くん、F元さん、Y田さん、川瀬が今日の面子でした(これで、このブログを読んでいる元同級生は分かるでしょう)。 卒業して、すでに12年ほど経ってしまいましたが、会った瞬間に砕けた話しの出来る友人はありがたいものですね(ろくにサークル活動をしていなかった僕のような人間にとっては、この語学クラスの友人と学科の友人が大学時代の思い出の大きなウェイトを占めます)。でも、実は疎遠にしているのも多く、社会人らしく、最初は名刺があちこちを行き交いました。その名刺を見ると、みんなそこそこ偉そうな肩書きを持っていたりするのですが(この点では、僕が一番「いつの間に」とか「信じられねえよ」と責められました)、いったん酒が入ると、言いたい放題、好き放題。この「気の置けなさ」が、昨今言葉を選んで飲み会に赴く僕にとってはありがたかったです(笑)。

二次会は近所の喫茶店に(この喫茶店は冷房がきつすぎて、大変でした。これも1つの「環境管理型権力」か?)。そこで、U野くんとS藤さんのそれぞれの結婚式の写真を拝見。30過ぎのいい大人が喫茶店で騒いでしまいました。お店の方、済みません。そして夕方になり、「元気でね」と帰路につきました。「けっこう淡白に別れちゃったかな」と思いましたが、この淡白さが友情を長引かせる秘訣なのかも、と思いました。

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June 19, 2006

「人」に群れるか、「場」に群れるか

土曜日と日曜日は、僕が日本側の運営委員の一人を仰せつかっている「日韓次世代学術フォーラム」の第3回国際大会が立命館大学であった(主幹は立命館大学文学部東西大学校日本研究センター)。

大学院生諸君の発表を聞いたり、夜は韓国側の先生、学生の皆さんと飲むことに忙しかったわけだが(笑)、二次会で、一緒に運営委員をしているI井先生からある話を聞いて、ちょっと考えさせられた。それは、一言で言うと関東と関西(もっと具体的に言うと、東京大学と京都大学)の学風の違いについての話だった。

もちろん、単純な二分法で語られる問題ではないが、I井先生の言うには「東京は人に群がり、関西は場に群がる」違いがあるという。これはどういう事か。かつて、ノーベル賞を東大出身者があまり取れず、京大出身者の方が多いことを「東大は官僚的だが京大は自由奔放な学風だからだ」などと説明をされたりもしたが、その「自由奔放」の内実を考えると、それが「場に群れる」ということだとI井先生はいう。東京は偉い先生のもとに弟子たちが「先生~」と集まるが、京都は、一種のサロンが機能していて、学部や専攻に関係なく「話の面白いやつはこっちへ来い」とばかりに学際的な雰囲気が醸成され(昔から、例えば京大人文研の共同研究は有名だ)、それが柔軟な発想の元になっているのではないか、というのである(まあ旧制高校的なホモソーシャルな側面はこの際敢えて無視)。

現在もそうであるかはともかくとして、かつての京都の学風にそういうものがあったのは、恐らく確かだろう。個別に見ていけば、東大でも「場に群れる」ことはあっただろうし、京大でも「人に群れる」ことは多かっただろうが、「場に群れる」ということの重要さは改めて考えてみるべきではないか。

以前「「素人の集まり」としてのゼミ」というエントリを書いたが、その時も「素人が集まるがゆえの生産性というのもあるのではないか」と書いた。今もその気持ちは変わらない。ただ、僕は単なる素人ではなく、「何か専門を持っている人間が集まること」に重きを置いている。

要するに、僕はI井先生の話を聞いて、またどこかでそういう集まりに参加したい、させてもらいたいと気付いたのだ。なかなか自分でそういう「場」を作って仕切るほどの力量はないけれど。

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April 15, 2006

言ってることとやってることが・・・

今日はちょっと「衝撃的」な事件を目撃してしまいました。

夜、大学の近所のうどん屋さんで夕飯を摂っていたのですが、突然少し化粧のきつめなお嬢さん二人組が入ってきて、おかみさんが「いらっしゃいませ」を言い終わらないうちに、一人が入り口近くのトイレにバタンと入ったのです。これにはお店の人間も、僕たちお客もしばし呆然。僕以外の皆さんも、はにわ顔になって呆れました。
ドアの外で待っていたもう一人の子におかみさんが、当然ですが「あなたたち、食べに来たの、それとも単にトイレを借りに来たの?」と聞くと、「あの~、トイレの場所が判らなくて、借りに来ました」とその場で事後承諾を求めたわけです。まあ、無礼な振る舞いですわな。「トイレ借りて良いですか?」の一言もなくいきなり入ってきてと入れにバタン、でしたから。「何言うてるの、うちは公衆便所ちゃうんよ」との言葉に「でも~、もう入ってはりますから~」とクネクネしながら答える彼女。そして用を足した彼女が出てきたら、ころびまろびつするように「失礼しました~」の一言であっという間に立ち去ってしまいました。

恐らく彼女たちは、近所の河原かどこかで花見でもしていて、夜冷えてきてトイレに行きたくなったけど、公衆便所の場所が判らない、酔いの勢いも手伝って「あのお店で借りればいいやん」とばかりに走って来た、単に無礼な若い子だと思います。無礼な奴は、どの世代にも一定数いるものでしょうから、仕方ないな、とその時は思いました。

この二人の行動を取り上げて、一般論として若者の精神の腐食や退嬰を言いたててもいいのですが、僕はそういうことをするつもりはありません。でも、彼女たちの行動にイライラしたのも事実。というわけで、僕の心がざわついた理由をつらつら考えてみて、あることに気付きました。それは、言い訳をしていた彼女が、一貫して「丁寧な言葉遣い」をしていたということです。用を足している友人に「~してはる」と不要な敬語を使っていることはご愛敬だとして、rudeなふるまいの割には言葉が丁寧だったもので、我々は怒りのハシゴを外された感じになって、怒るに怒れなくなり、それがイライラの真の原因ではなかったかと思います。もしも彼女たちが「トイレくらい貸せや、こらあ」というような感じで闖入してくれば、行動と言葉遣いに一貫性がありますから、彼らが立ち去ったあと、お店の人や我々お客の間に「いやあ、さっきのは酷かったですなあ」「今の若い子は、みんなああですかね」などと一種の連帯感まで生まれて、彼女たちの無礼なふるまいをひとしきり話題にして、気持ちを昇華できたかも知れませんが、それができなかったので、お店の中には、その後奇妙な空気が流れました。結局、お勘定の時、僕もおかみさんに話題を振ることもせずさっきのことを「なかったこと」にしてお店をあとにしました。

丁寧な言葉遣いで無礼な振る舞い、計算ずくならすごいですが、恐らく天然(偶然)でしょう。彼女(達)は、何度かこれで危機を乗り切ってきたのでしょう。でも、これだけは言っておかねば。お嬢さん、上目遣いの「ごめんなさ~い」が通じるのは、あと数年だよ(笑)。

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April 09, 2006

「役に立つ」「役に立たない」って

今日、学者の先生方やお坊様との研究会があり(僕が発表者だった)、その後の懇親会で、「公益法人」改革についての話題となった。

僕も法律に明るくないから、容易に説明はできないが、要するに、宗教法人を含めて「公益法人」のあり方が、小泉政権の「構造改革」の一環として、著しく変化するかも知れない、という話だ(と思う)。特に、問題となるのは、宗教法人の場合、「公益性」。今日の話題もその点だった。何をもって「世の中に役に立つ」というのか。宗教法人も、それがある程度問われるのは仕方ないにしても、その「目盛り」がどのような目盛りかが、問題となる。

僧侶の方の「一連の構造改革はおかしい」という話を横で聞いていて、非常に身につまされた。と言うのも、僕が所属している文学部なんか、「何の役に立つの」と、やいのやいのと外から言われる(運命の)学部だからだ。つまり、立場としては、公益性を開陳することを迫られている宗教法人と、共通する点が多いのだ(実際、そういう作文もちょっと書いたことがある)。大学は一種の「申し開き」として「市民講座などを開催して、市民に知の果実を還元しています」などと言っているが、なかなか納得してもらえなかったりする。

で、考えたいのは、「公益性」、「役に立つ」とはどういうことか、ということである。大学の学問では、即戦力となる学生を育てたり、分かり易い例で言えば、医学や薬学、工学などで、「実用化できるアイディア」を出したりすると、「公益性がある」と見なされるだろう。僕もこの点は異存がない。しかし、まさにそのような「目盛り」で、特に文学部などを見てもらっては困る。「役に立たないことが、結局は役に立つのだ」という禅問答が通用しないなら、こう言い直そう、「文化の多様性を担保するために、ムダに見えることも必要なのだ」と。
これは、宗教にも当てはまると思う。宗教は、日本の諸宗教がどれだけその課題をクリアしているかは議論されるべきであろうが、「世の中とは違ったものの見方」すなわち世間と外れたものを提供することにこそ、その存在意義があるといえるだろう(聖とか非日常といっても良いが)。これも「文化の多様性」を担保していることだと思う。もっと過激に「反社会性こそが、宗教の社会性であり、存在意義なのだ」と言いたいところだが、そこまで言うと、角が立つだろう(笑)。
大学も、世間からちょっと遊離(浮世離れ)しているくらいの方が、却って「存在意義」が生じると思うのだが、どうだろう。上記のいわゆる「実学」と呼ばれる分野にしたって、じっくり腰を据えて行う基礎的な研究があってこその「成果」である。

「公益性」という法律では制定できないようなこと(公益性というものを構成する「要素」なんて、どうやって定義するのか)を錦の御旗みたいに振り回す考えは、ちょっとどうかと思って、つらつら書いてみました。

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February 17, 2006

「ゲーム脳」よりひどい

数日前のニュースだが、読んでいて、思わず脱力するのがあった。なんじゃこれ。いやあ、はっきりいって、笑うしかない。とびきり悪質な笑劇(farce)として

まず、以前天皇陛下に叱られてしまった将棋プロは、なんと言っていいのか。「ゲーム脳」ならぬ「将棋脳」を疑ってしまいますが、そんなこというと、他の棋士に失礼ですね。
僕のイメージだと、棋士って何十手先、もしくは何百手先まで読めるすごい人だと思っていたのですが、ある分野に関しては、数手先も読めないようです。

あと、一番イデオロギッシュなこの校長先生のような人が、ご自身の偏りを自覚していないというのも何ともはや。自分のことを客観視できない人を、我々はとりあえず「終わっている人」と呼んで良いことになっています。
こんな人でも名門日●谷高校の校長になれたということが、世に言う「学力低下」の証拠そのものじゃないか、とも言いたくもなります。僕がOBなら、泣くね。まあ、数々の秀才を産んできた●比谷高校の諸君は、校長先生のお話は、話半分(以下)に聞いていることと思います。最大の「反面教師」を得たと思って、精進なさることを期待しております。

わたしはいつだつたか、子供のしつけのことで愚痴をこぼしたことがありました。食事のときの行儀を教へ込むのが大変だ、と言つたんです。すると菊池さんは
「なーに、何でもないさ、そんなこと。爺さんがきちんと坐つて食べる。親爺もきちんと坐つて食べる。さうすれば、子供もその通りするんだよ、自然に」
とぼくをたしなめました。つまりぼくは、まことに手きびしい批判を下されたわけであります。(丸谷才一「菊池武一」、『低空飛行』新潮文庫、1980年、p.147)

僕は丸谷さんのエッセイのファンですが、この記事を読んだときに、急にこの言葉が思い出されました。果たしてこの校長先生(および棋士)は、「きちんと坐って」いたでしょうか。

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January 30, 2006

ただ、瞑目するのみ

妻からの情報で、僕と同世代の(卒業年度は一緒。さっき大学の卒業アルバムを見たら載っていた)研究者、横山文野さんという方が亡くなったということを知らされる。実は、半年も前にガンでお亡くなりになっているのだが。彼女の闘病記及び彼女の夫君のブログなどもホームページには掲載されていて、今日一日掛けて、ほぼ全てを読んでしまう。彼女は2002年の健康診断で肺に影が見つかり、その後3年に及ぶ闘病生活を送った(イレッサも使用なさったとのこと)。

ブログを一気読みして、深くため息をつくと共に、今更ですが、ご冥福をお祈り申し上げます。卒業アルバムを見たら、何か見覚えのある顔だった。恐らくキャンパスで幾度となくすれ違っていただろう。僕も長々とあのキャンパスにいたからね。学部は違うけど。

ただ、同世代の学者が、その才能を振るうこともできず病魔に倒れてしまったことが、他人事とは思えず、動揺してしまった(自分でも、面識もない横山さんのことでこれほど動揺するとは思ってもみなかった)。どれほど口惜しかったことだろう。
ついでにいうと、彼女の夫君であるTOMさんの「喪の仕事」をブログでトレースすることとなり、つい自分だったらどうするだろうか、と思ってしまった。
僕がこれほど動揺したのは、それなりに年を取ってきたからかも知れない。もちろんまだ若いつもりだし、亡くなった横山さんも若いが、もっと若いときには「お気の毒様」で済ませていられたことが、結婚したり、社会に出て働いたりして、それなりに人生、というと大袈裟だが生活を積み重ねていくうち、その「生活」の貴重さが実感されてきて、文字通り「他人事」でなくなったからだろう。

ただ、瞑目するのみ。

R. I. P.

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December 26, 2005

「すっきりしないこと」が大事

昨日本屋で色々物色していたら、例の『マンガ嫌韓流』の解説本のようなものが出ていたので少し立ち読み。あ、これだ。出版社は同じですね。
パラパラ見たけど(胸くそ悪くなって、数ページで止めた)、ディベート形式で「白黒つけましょう」という姿勢を貫いているわけだけど、この姿勢こそが怪しいと思う。ディベートでは「あなたはこう言いましたね」と相手の議論を単純化させて、矛盾をついたり例外を提示してやりこめるという手法が採られがちだけど(向こうの意見を単純化させてからなんだから、簡単だ)、そういうのって、端的にアンフェアだと思う。「するの、しないの、どっちなの」とパネラーを問い詰める人相の悪い深夜番組の司会者を見れば、判ると思うんだけど。

あのね、歴史ってそんな単純なものじゃない。一つの歴史的事象も、立場が変われば全然違うものに見えるっていうのは、嫌ほど実感していることでしょ?判りやすい例を出すなら、「加害者」と「被害者」ではまるで見えた「風景」が違っていた可能性すらある。
そもそも『嫌韓流』的思考の最大の矛盾は、「一方的な押しつけられた歴史観はイヤだ」「今までマスコミとかに色々と僕らは一方的に騙されてたんだ」という当の本人が、別の一方的な歴史観(日本人及び我々若い世代は被害者である、という歴史観だよね。向こうが被害者面をするから、こっちも被害者の立場を取ってやれ、という同種報復の原理で動いているわけだ)を押しつけていて、ちっともアウフヘーベンしていないことにあると思うんだけど、どうかな?アウフヘーベンしない会話は、「対話」と呼べない。自分から「対話」の回路を切っておいて、取って付けたようにそのあたりの重要性を巻末あたりで説くのは、欺瞞だよね。

もし君が二ヶ国間を鳥瞰するような大きいことを言いたいなら、自分の出身国の立場を一旦離れてものを考えなくちゃいけない。そして、過去の歴史をふり返るときは、例えば当時の「列強」の立場からも一旦離れて、「植民地側」から同じ事象を見つめてみてはどうかな?多分違った「風景」が見えるはずだよ。例えば、韓国の「親日派」の問題だって、僕がもし当時の朝鮮人エリートだったら、頑張って良い成績とって、日本が作った社会機構の中で出世しようと一所懸命になったかも知れない。「日本人を見返してやる」ってね。
僕が必要だと思うのは、こういう想像力だ。

「すっきりしたい」のは、気持ちとしては判る。もやもやを抱えて生きるのは苦しいからね。実際、人間って、もやもやを抱えたまま生きることが出来ないほど弱くて、もやもやを解消するためなら平気で嘘をついたり自分を騙したりする生き物なんだってことは、数十年前の社会心理学者が証明しちゃっているんだよね(詳しくはフェスティンガーっていう人の「認知的不協和の理論」というのを調べてみてください。結構身につまされるよ)。
でも、すっきりしたいが故に、お互いが「何だよ」といがみ合って、結局は対話すらしなくていい、という覚悟があるかどうか、一度自分の胸に聞いてみるといい。それで良い、というなら、僕はもう何もいうことがない。僕なんかは、勝手にすっきりされたくはないから(「要するに日本人って、こういう連中だよね」と一方的にくくられたくないから)、こっちもすっきりした態度はとらないように心がけたいと思う。

大げさにいうと「すっきりしないこと」って、倫理とか人間性と深い関係があると、僕は思っている。「ためらわない」ことって、大体において「暴力的」じゃない?
だから、「すっきりしないこと」を大事にしたいと思っているだけなんだけど。

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November 04, 2005

うまくコントロールすること

人の相談に乗ると、いろいろなことを、これまでうすうす感づいてはいたのだけど、直視しようとしなかったことを考えさせられるきっかけになることがある。

昨日、そういう体験をした。

具体的なことは書けないので、抽象的な言い方に終始することになるが、相談しに来た彼も、それに乗る僕も、色々語り合いながらも結局「ルサンチマン」やら「ナルシズム」をうまくコントロールできるかできないか、というところをぐるぐる回っていたような気がする。
彼は相談の原因となった「ルサンチマン」を吐露する。それに対して偉そうに訳知り顔で「説教」してしまった僕は、あのとき「ナルシズム(要するに、相談されるほど信頼されている自分、という自画像だ)」を制御できていなかったと思う。共感に先立って、自分の言いたいことを、彼を待つ間に用意していた、といえばいいか。それを思い出して、少しだけ自己嫌悪に陥っている。これじゃ、まるで脅迫的言辞を弄ぶ某占い師みたいだ。しかも偉そうに「説教」しながら、いつの間にが自分の愚痴まで聞いてもらっている始末。

例えば無能な上司がいる。話の合わない同僚がいる。自分のことをバカにする友人がいる。こんな事はどこにでも転がっている話で、別段取り上げるほどの価値もない。
しかし「どこにでもあること」として処理できる人間と、処理できない人間がいる。恐らく僕も彼も、後者のタイプだ。処理するには、恐らくプライドが高すぎるのだ。
そして当然、ルサンチマンは発生し、それをルサンチマンの原因になっている人間に向けることもできない気弱な僕(たち)は、結局その呪いを自分に向けて、胃を痛める結果となる。そしてそんな弱い自分に自己嫌悪を抱くという負のループ。しかも、その負のループに陥っていること自体を何かしら誇りに思わずにはいられないというナルシズム。出口無しだ。やれやれ。

自分のナルシズムをうまくコントロールして、ルサンチマンへの回路を簡単には開かないようにすること。これは恐らく僕(と彼)の課題だろう。今はそれしか言えない。

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October 11, 2005

受け止めて、変化できること

今日、僕の勤務校では、卒業論文の中間発表会だった(明日も一日つぶして行われる)。
それぞれ面白い発表、良くできた発表、イマイチだった発表、準備不足だった発表など、色々あったが、それはまあいい。いつものことだ。一応「プロ」および「セミプロ」が集まっているはずの学会ですら、目を覆いたくなるような発表があるんだから(自分のことは思いっきり棚に上げています)。

さて、今日の発表を聞いていて、脳裏によぎっていたのは、今日のエントリのタイトルで挙げた「受け止めて、変化できること」ということだった。これはもちろん、僕ら教員のコメントやアドヴァイスを学生が受け止めて、欠点を修正してくれる、ということが第一義だが、逆に、僕ら教員の側も、学生の発表をどのようにして受け止めて、変化できるだろうか、という問題でもある。
それなりの経験を積んでいる我々教員は、学生が提示する今まで目にしたこともない題材や、切り口に関して、ただ「未熟」という一言で斬って捨ててはいないだろうか。もちろん「料理」の腕を磨いてもらわないことには、話にならないのだが、「そんな野菜、見たことがないから食べる気が起こらない」というかたちで、捨ててしまってはいないだろうか、ということである。
つまり、「頭が固い」というのは、実は学生・教員共通の問題ではないかと思ったのだ(学生だって、自説に固執して頭の固いのはいくらでもいる。若さとかは、あまり関係がない)。「話を聞かない教員・論文の書けない学生」とか、そういうことを言いたいわけではないけど(笑)。

僕は、今日の発表のいくつかのやりとりを聞いていて(僕もたくさん質問したが)、なんとなく、漫画家榛野(はるの)なな恵の『Papa told me』の一節を思い出していた。これは作家と編集者の会話で、「作家への批評」というものがどのような形を取るか、という話題をめぐっての会話だ(「シャーベットオレンジ」、『Papa told me』26巻、p.141)。「急にボールを投げつけられるみたい」に批判の言葉が投げかけられることについて、

北原(編集者)「別に投げた側に責任は無いんですけどね、ボールって投げて遊ぶためのものですし」
宇佐美(作家)「そーそ、どーせ重たく受け止めちゃった方がバカなのよ」
北原「いえ、バカというか・・・・・・弱いんです。でも困ったことにその弱い部分がきっと創作に必要不可欠なものなんでしょう」
宇佐美「いたちごっこだよね」

「人の心ない批評に本気で傷ついてしまうこと」、それこそが作家としての資質なのだ、という会話なわけだが、この部分は非常に僕の印象に残っている。
ぶれない人は、確かに頼りがいがあるだろう。でも、良い意味で、「心が揺れる」ということも、やはり大事なのだと思う。それはまさに「変化の可能性」そのものなのだから。

そんなことを疲れ果てた頭で、ぼんやり思っていた。(下の画像は、同じく『Papa told me』3巻、p.207)

papatoldme03

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August 27, 2005

クールビズは有害

今朝の朝日新聞を読んでていて、思わずコーヒーを吹き出しそうになる一面広告が。
去年の今頃、このブログでも取り上げましたが、埼玉県にある全寮制の秀明中学校・高等学校が、またまた驚くべきコピーの広告を打ってくれました。曰く

クールビズは子どもの教育に有害です。
全寮制の秀明は、日本の歴史と伝統をふまえ、「形・姿を正した」教育を行います。

なんの脈絡もなく、学校の広告でクールビズ批判。まあ、「大人がだらしないから、子どもまでだらしなくなる」ということが言いたいんだろうなあ、と思いますが、いきなりすぎです。恐らく、秀明にはジャージで一日中構内をうろついているような先生はいらっしゃらないのかも知れませんね。「日本の伝統」云々は、つっこんでもつまらないので却下。
学校のドレスコード、というのは、僕も実は経験したことがあります。僕が6年前、韓国の短大で日本語教師として働いていたとき、「男性教員は必ずネクタイを締めること」とのお達しがあり、僕らはそれを守らされていました。今の勤め先は、もちろんそういうことはなく、入試業務や、壇上に上がって講義するとき以外は、ほとんど普段着です。まあ、大学って、大人がいいかげんな格好をしても許される場所なので、あんまり参考になりませんね。

さて、もう一度この秀明の広告に戻りますが、実は、僕、この意見に結構賛成の部分があります。クールビズそのものを否定しているんじゃないですよ。でも、「先生は先生らしく振るまい、生徒(学生)はそれらしく振る舞う」という役割演技が、教育という場においては重要だと思うからです。ですから、古くさいかも知れませんが、僕は、学生が僕にタメ口をきくことを、基本的に許しません。まあ、そういう学生は滅多にいませんが。
あと、クールビズ、という外見の問題を考えると、真っ先に思いつくのが、当然最近の小泉首相を中心とした、国会議員の皆さんでしょう。確かに、だらしなく見えるんですよね、申し訳ないけど。逆に言うと、ネクタイを締めてなかったら、こんな人の話なんか聞いちゃいられないよ、と思わせるものがあったりします。クールビズにしていて、それでも威厳を保っていられるかどうか、というのは、結構シビアな問題です。そこまでの境地に達することができれば良いんでしょうけど。僕もそれを目指して頑張りたいと思います(笑)。

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August 12, 2005

「追悼」の後

「追悼」ということを、ぼんやりと考えることが、このところ多い。
8月は、どうしてもそのような季節だし、今読んでいる赤澤史朗先生の『靖国神社』(岩波書店、2005)の影響もある。まだ途中だが、なかなか面白い。以前、恥ずかしながら、靖国問題に関しては、卒業論文でも触れたりしたことがあるのだが、要点をいえば靖国神社はやはり「特殊な宗教施設」なのであり、「特殊でありながら、普遍的・国民的であること(国民というのは、「非国民」も含むのだ)」は無理、ということだ。
閑話休題。
今晩は日航機事故、すなわち「御巣鷹山」20周年という事で、特番やニュースで、その映像が流れまくった(余談だが、父とつきあいのあった象印の社員の方も、この事故で亡くなっていたはず。父の書斎で、その追悼文集を見つけたことがある)。「あの20年前を忘れない」と言ったかと思ったら、それにあわせるかのような日航機のエンジントラブル。これは何かの警鐘か?

暑さで働かない頭でもやもや思ってネットサーフィンしていると、ジャーナリストの綿井健陽君の文章に出会った。引用すると、

このところの8月6日、9日の広島・長崎、12日の日航ジャンボ機墜落から20年、そしてまもなく迎える15日の終戦記念日を前に、いろんな追悼や祈りの 光景があちこちで続きますが、追悼の次、祈りの次に、何をするのか、何をすべきか、何をしてはいけないのか、何を記憶すべきかが、いま最も重要なことに違 いないのでしょう。

そうなのだ。「追悼」とは、実は死者の側を向いているのではなく、生者に相対する「行為」なのだと思う。時には痛切な自己反省、ということも含めて。

我々は、死者の冥福を祈った、何を今までしてきただろう。

我々は、想像力によって、死者の声を聞く、いわば「依り代」になることができる。しかし、「憑かれた」ふりをして、死者の言葉だと偽り、自分の気持ちを述べる者の、なんと多いことか。僕はそのような「墓暴き」に積極的に関わるつもりはない。しかし、我々を見守ってくれているであろう死者に対して、恥ずかしくないような生き様を見せたいと思う。そして、死者をして安らかにせしめたいと思う。ただそれだけだ。