小島の夏―邑久光明園訪問
8月20日から22日まで、二年に一回開催される「日韓宗教研究フォーラム」に参加していました(僕はその日本側の運営委員のひとりです)。場所は岡山県浅口市。金光教の誕生した場所です。二日間にわたる大会は無事(?)終わり、22日は恒例の「見学遠足」です(大体学術大会の後、宗教と関係のある施設を訪問させてもらっています。二年前についてはこのエントリを参照してください)。
今回訪れたのは、瀬戸内市にある国立療養所邑久(おく)光明園。ここはハンセン病の療養所で、同じ島に長島愛生園があります。ハンセン病は、つい最近まで非常に法律的に理不尽で人権を無視した政策の対象となっていた病気です(らい予防法が廃止されたのは、つい10年ほど前の1996年です。ハンセン病という名称もこの時から正式に使われだしたそうです)。古くは「天刑病」とさえ言われ、宗教的な意味さえ持っていたこの病気ですが、現在は完全に病原菌たるハンセン菌を撲滅する薬もでき、不治の病ではなくなりましたが、いまだに元患者さん(既に体内の菌は消滅しているので、こういう表現が正しい)達はひどい偏見に苦しめられています。障害をもっていたり、故郷に縁を切られてしまったり、高齢化してしまったという理由で、病気がこれ以上進行することがない患者さん達ですが、療養所に
ずっととどまっておいでなのです(全国のどの療養所も同じような状態と聞きます)。まずはこの邑久光明院の園長先生から、ハンセン病に関するレクチャーを受けました。先生は細菌学がご専門で、らい菌についても詳しくお話を聞けました。まずこの菌は体温の比較的低いところを好む傾向があり、それが顔、手足と目に付きやすいところに症状が出やすい原因であること、そしていわゆるハンセン病の特徴である体の変形は実はらい菌が原因ではなく、この菌で末梢神経が麻痺してしまうために(この末梢神経麻痺で、まぶたが降りたり手首、足首が曲がったまま、ということは引き起こされますが)、痛覚や温度覚がなくなってしまい、やけどや怪我をしても何も感じず、それで二次感染や化膿によって一部が壊疽を起こしたりといった障害を負ってしまうということだそうです。
さて、近代東アジアの「救癩」活動は、まずクリスチャンの伝道活動の一環として発足し、後には文明国・一等国を目指す日本の「体面」を整えるために国家が率先して隔離・強制収容を行っていった歴史を持ちます(植民地朝鮮でも、強制的な隔離政策が行われました。全羅南道の「小鹿島(ソロクド)」という島の収容所が一番有名です)。
最初にハンセン病にキリスト教が関わったのは、宣教師達が医師の資格を持っていたり、ハンセン病患者が宗教的にキリスト教で大きな意味を持っていたからでもありますが、その後もハンセン病は宗教と切っても切れない関係を持ち続けました。それを今回拝見しに行ったのです。最初に種明かしをすれば、それは「慰め」と「葬式」との関係です。「慰め」というのは、勿論宗教的な慰め、救いを隔離された患者さん達が求めたのは想像に難くないでしょう。しかし、それ以上に大きな問題は「葬式」でした。
というのも、患者さんはかつて一旦療養所に「収容」されれば、その多くはそこで死を迎えたので、「何式での葬式をして欲しいか」というのを事前に聞いておくことが重要であり、入所したら、必ずどの宗派が良いか、というのを決めさせられたと、ある方が証言なさっていました。あまりの重い言葉に、一同首をうなだれてしまいました。
まずは納骨堂と、その周りの各宗派の集会所を見学させていただきました。この納骨堂には、故郷に帰れない方々の遺骨が納められているわけです。そこで黙祷して、まず仏教宗派の集会所を見学。日蓮宗、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真言宗の建物が納骨堂の周りを囲んでいます(今日は無人でした)。その隣には天理教と金光教の建物があります。案内してくださったのは所内の金光教の方。この方は入所した当初(まだ少女の時)文通していた相手が金光教の方で、それが縁で信仰に入られたそうです。
その後、これらの施設と少し離れたところにあるキリスト教の教会にお邪魔しました。ここでは信者の方と牧師さんが何人かいらして、貴重なお話をお聞きする事ができました。先ほど述べた「葬式のやり方を決めておくために、強制的にどれかの宗派に所属させられた」というのもここでお聞きしましたし、在日コリアンのハンセン病患者についてのお話もここで聞くことができました。実際何人かその場にいらっしゃいましたし(この療養所は近畿圏からの患者が集められたので、勢い在日コリアンも多かったそうです)、その在日コリアンの方々は大体日本の宗派に馴染めず、キリスト教を消去法で選んだということで、教会のメンバーの半数近くが在日コリアンだった時期もあったそうです。
ホンの短い時間しかお邪魔できませんでしたが、焼き付くように暑かった「小島の夏」は、しばらく忘れられない経験になりました。お邪魔した光明園の皆様、ありがとうございました。あまりも考えさせられることが多くて、まだ頭の中がすっきりしていませんが(すっきりさせずにずっとじっとり感じ続けるものでもあるのだと思いますが)。
追記:僕が過去に書いた荒井英子著『ハンセン病とキリスト教』(岩波書店、1996年)という本の紹介と、この療養所訪問をご一緒した弓山先生とmonodoiさんのブログもご参照ください。




































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