居直るしかないことの不幸
作家の片岡義男さんのウェブでのエッセイで、以下のようなフレーズがあり、深く肯くところがあった。「空虚な言葉の人とは」、という題名のエッセイだ。
言葉の裏づけとなり得るほどの確かな実体とは、いったいなにか。正確で深く、しかも範囲の広い知識をもとに、自前で考えて到達した方針や信念あるいは作 戦などにもとづき、有効な行動をとってそれを積み重ね、その人の実績として誰もが認めるようになったもの。簡単に言えば実体とはこういうものだ。
こういうものがいっさいなく、ただ単に口先だけの言葉がある場合を、空疎な言葉と呼ぶ。正確で深く、範囲の広い知識などまるでない、だから自前で考える ことが出来ない。したがって方針や信念、作戦などには、いつまでたっても到達することが出来ない。そのことの当然の結果として、有効な行動をとろうにも、 きわめて稚拙にしか動けない。だから実体はなにひとつ蓄積されていかない。空疎な言葉の人は、じつはこういう人なのだ。恐ろしいではないか。
この言葉は、じつは「我らが」小泉首相を批判しているわけだが(詳しくは本文に当たってください)、別に小泉さんに限らず、結構日本を覆っている「雰囲気」そのものにも当てはまるのではないか?これは、僕自身を含んで、そう言っている。
とにかく、何かを言わなければならない、なぜなら、沈黙は黙認と一緒だから、もしくは無能さの現れに過ぎないから。誰もが「知らない」「判らない」という言葉が怖くて言えず、場当たり的な「原因」を話して得々としている。内心は小心翼々、戦々恐々としていながら。
このような強迫観念に煽られて、いつの間にか、僕も、口先だけの空虚で無意味な言葉を紡ぎ出してはいないか。そして、無意味な言葉を紡ぎ出していったら、以下のような事態になる。
これでは遅かれ早かれ、追いつめられる。そうなったとき、空疎な言葉の人は、どうするのか。居直 るしかない。あらゆる責任をあらゆるところに押しつける。そして、あとは次のかたにがんばっていただきたい、というひと言で逃げていく。空疎な言葉の人と は、信頼出来ない人、さらには、信頼などしてはいけない人のことだ。そのような人をも、信頼出来そうだ、となんの根拠もなしに思うことは、いつだって、誰 にだって、たやすく出来る。
今、我々は、そのしっぺ返しを喰らっているのかも知れない。いや、「かもしれない」という無責任な言い方は、卑怯だ。そして我々は「居直るしかないことの不幸」のただ中に生きている。しかし、それを不幸と感じる(難じる)人は、どれくらいいるだろうか。
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片岡義男さんの小説は、若き日に1~2冊読んだ事しかないのですが、このようなウェブエッセイも書かれているのですね。
自分の身の回りの些細な事で、政治問題など大きな事ではないのですが、ここ数年、自分の意見を言う事で、後から後悔したり、色んな問題が起きたりして、結局「沈黙」「空虚で無意味な言葉」だけを発していた方が良いんだと思っていた私なので、身につまされました。
それと、うちの1500人目の訪問者はタカヤさんでした。
どうもありがとうございました!
Posted by: なつめ | April 27, 2005 11:02 PM
なつめさんへ
コメントありがとうございます。今回のエントリは、「片岡さんの言葉に感動したので、皆さんにお伝えしたい」というのと、このところブログについて色々考えるところがあったので(中国の反日デモを巡るブログ世論を巡回して、考えざるを得ませんでした)、未消化のまま提出してしまった、というのが正直なところです。
色んなブログを見て回って、僕が疲労感を感じたのは、おそらく、多くのブログが「じゃあ、どうしろって言うんだよ」という「居直り」の言葉で語っていたからではないかと思います。もうそこには対話への意志とかも見られないわけです。
そして、己を振り返ってみても(二つ前のエントリですが)、聞きたいもの、見たいものだけを選択的に選んでいる自分に気づき、僕だって対話の回路を閉じてはいないだろうか、と思ったのです。
>それと、うちの1500人目の訪問者はタカヤさんでした。
どうもありがとうございました!
そうでしたか。それはそれは。
Posted by: 川瀬 | April 28, 2005 12:56 PM
「居直るしかないことの不幸」とありますが、さてその実態は「居直りによる幸福」なんじゃないかなあってコトを、「森教授脳」の前あたりにの書いたような気がします。
もう少し書いてみるも吉かなあ、とも。
ですが、
うちのブログは今は、まだまだ「ゲーム脳」ブームに沸いておりますので、書き込むタイミングがはかれておりません。
三日で1万PVって!!
Posted by: umeten | April 29, 2005 08:29 PM
umetenくん
>「居直るしかないことの不幸」とありますが、さてその実態は「居直りによる幸福」なんじゃないかなあってコト
そうです、それを「幸福」と感じているであろうからこそ、「不幸」という刺激的な言葉で指摘したかったわけです。ということで、君と問題意識は共有していると思っています。
このところのエントリは、色んな人の影響を受けすぎて、消化不良のまま提出しちゃって反省。
Posted by: 川瀬 | April 29, 2005 09:03 PM