「顕彰」はする、でも「慰め」にはしない
昨日、もと読売新聞記者の田村洋三さんの著書『沖縄の島守―内務官僚かく戦えり』(中央公論新社、2003年)を読みました。これは、戦争末期、沖縄で最後まで奮闘した島田叡(あきら)沖縄県知事と、荒井退造県警部長という二人の「文官」の足跡を、生き残った周りの人々の証言から再構成したもので、非常に感銘を受けました。ちなみに田村さんは、同じく沖縄戦で自決した海軍司令官大田實の伝記も書いています(『沖縄県民斯ク戦ヘリ』講談社)。なお、島田知事に関して一番有名な評論は、島田知事の第三高等学校の後輩であった英文学者で評論家だった中野好夫の「最後の沖縄県知事」でしょう(中野好夫集8『忘れえぬ日本人/人間の死に方』、筑摩書房、1985年)。僕も島田知事についてはこの評伝で知りました。
戦況は絶望的になり、沖縄は本土の「捨て石」とされ、多大な被害と悲惨な記憶を持たされることとなったわけですが、何と言っても聞くのが辛い証言は、戦争末期の日本軍の県民に対する「暴力」です。食料を奪う、住民が避難していたガマ(洞窟)から追い立てる、鳴き声が聞こえるとまずいからと赤ん坊を殺す、というような酸鼻きわまる事件はこれまでも繰り返し語り継がれてきました。
そしてこの書では、そのような「この世の地獄」の中で最後まで冷静さと優しさを失わず、今も沖縄県民に慕われている島田知事と荒井部長が「顕彰」されているわけです。もちろん、僕もこのお二人の人柄に感銘を受け(まさに「noblesse oblige」を地でいくような人たちです)、思わず涙ぐんでしまった口ですが、気をつけなければならないのは、「こういう希有の存在」を内地(ヤマト)の「免罪符」にしてはならない、ということです。内地から派遣された官僚や軍人にも素晴らしい人材がいた、という事実を持ち出して、安易に慰めにはしてはいけないのではないか、と思いました。もっと言えば、こういう素晴らしい人材を犬死にさせた大きな時代状況をやはり「憎む」必要がある、ということです。この書を読んで思ったのは、以上のようなことです。
追記:現在、沖縄戦の生き残りの元軍人が「私は住民に集団自決を命じてなどいない」と、『沖縄ノート』を書いた大江健三郎氏と出版元の岩波書店を名誉毀損で訴えるという裁判を起こしているそうです(この裁判の原告を支援する人びとの顔ぶれを見ると、なるほど、こういう運動か、というのが判りますが・・・)。「命令などしてない」という一点突破を計りたいようですね。ここに書かれているように、「命令」があったかどうかは、問題ではありません。そのような時代背景のもと、どのような「力学」が働いていたかどうかが問題なのです。これは、例えば従軍慰安婦に軍が関与しているかどうか、というのを命令書の有無だけで片付けようとする流れと軌を一にするものといえるでしょう。









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