水俣からドミニカへ
本日、ドミニカ移民政策の国の過失を問う裁判が東京地裁で開かれ、国の法的義務違反及び賠償責任は認定しましたが、時効により賠償そのものは棄却、という判決が下されました(原告側は控訴の予定)。原告代表の方は「祖国とは、国民を騙し、殺し、捨てるものなのですか」と声を絞って訴えていらっしゃいました。
このブログで以前、たまたま深夜のドキュメンタリーでこの事件を知って、書いたエントリもありましたが、非常に僕個人としても残念な気持ちになりました。
今晩テレビニュースでこの事件の映像を見ながら思い出していたのは、石牟礼道子さんの『苦海浄土』(講談社文庫)でした。この作品はご存じの方も多いでしょうが、水俣病を彼女独特の手法で扱った名作です(石牟礼さん自身も「アニミズム」と「プレアニミズム」という言葉を使っていますが、まさに石牟礼さんは患者に憑依され、患者の声を語る巫女です)。
彼女のこの作品では、国会議員や大臣が来ると「お願いします!!」とすがりつく患者達の様子が描かれています。そのような人に、いかに「国」は冷酷だったことか。
今回の裁判を見ても、「この国のかたち」はあまり変わってはいないのでは、と思ってしまいます。
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Comments
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>「祖国とは、国民を騙し、殺し、捨てるものなのですか」
こう言わしめる国だからこそ、
他方で愛国心を押し売りするしかないのかな。
情けないです、ホントに。
Posted by: ひつじ | June 08, 2006 11:32 PM
ひつじさま
特に今回の事件は、当時の日本政府とドミニカ政府がいわばグルになって騙したに等しいことが資料でも明らかになっているのが大きいと思うんですよね(だから国の責任や義務不履行を裁判所も認めざるを得なかったわけですし)。
確か原告団の一人は「誰が祖国を訴えたいものですか。でもこれしかないんです」という旨を話していました。このような人に「愛される理由」なんて、今の日本にはないでしょう。
そして僕も、当然ながら無理矢理国を愛することを何らかの形で表明することを強いられるであろう教育基本法改正(改悪)には反対です。
Posted by: 川瀬 | June 09, 2006 12:45 AM