戦後の「貯金」を使い切るのか?
このところ、政治がらみの話題では、僕にとっては暗くなるニュースばかりが飛び込んできて、気が滅入る。
「教育基本法」改悪問題もそうだが、最近気になっているのは防衛庁の「防衛省」昇格という話題。タウンミーティングのやらせ問題や、いじめ問題をどうするか、という声に紛れて、いつの間にやら民主党まで賛成に回ったので、衆議院を通過するとのこと。暗澹たる気持ちになる。
さて、防衛庁が防衛省に昇格することで、どんなメリットがあるのだろうか。
そのメリットの数々は新聞報道でも多少解説されているのだが(自衛官の士気が上がるなんていうけど、今までの活動や災害救助では上がらなかったのかね?)、僕などは、戦後の日本が、一度も(本当に幸いなことに)海外に出向いて人を殺していないという実績が崩れるのも時間の問題だ、という気がする。要するに、この60年ほど、日本がとりあえず営々と築いてきた(はずの)信頼の「貯金」が崩される、ということだ(そんな信頼など最初からないというなら、話はそれまでだが)。
例えば、僕が日本の隣の某国の国民なら
「日本は確かに自衛隊という欺瞞的な名称の巨大な軍隊を持っているけど、それを取り扱う官庁が、第二のランクっていうことは、軍隊を中心にするような国作りはやらないという意思表示なんだろうな」
という形で、とりあえず「納得」はすると思うし、これまでもそうだったと思う。そのような外国からの視線を捨てるほどのメリットは、この「省」への昇格にあるのだろうか?僕はないと思う。「仮想敵国」の敵意を和らげることができれば、それに越したことはない。無用の火種を作ってどうするのか。
よく「日本はなめられている」という表現がされているが、日本は経済力と政治(外交)力でなめられないようにするだけの力と実績がないとでもいうのだろうか?僕はあると思う。少なくとも、それを模索するのが筋だろう。
闘わずして勝つことが最上と、戦の天才の孫子さえ言ったではないか。
凡人の僕は、この孫子の驥尾に付したいと思っている。


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