国葬が指し示す「価値」―国家による「公共宗教」構築
安倍晋三元首相が遊説中殺害されたことは、それ自体世の中に大きな衝撃を与えたが、事件の背後に某教団信者だった家族の崩壊ということが関わっている可能性(しかもその某教団と安倍氏は浅からぬ関係があった)が示唆されてから、「政治と宗教」「国家と宗教」、もっといえば「いわゆるカルトにどう対処していくか」というようなさまざまな問題を惹起させた。しかし、それとは別の「宗教的問題」も起きてしまった。それが元首相の「国葬」問題である。本稿執筆中の現在、市民団体、研究者、複数の自治体議会や、教団、超宗派の宗教者たちなど、多方面から国葬に対して反対表明されているところである(超宗派の宗教者の反対声明についての記事は、本紙八月二四日号、九月一四日号に掲載されている)。
近代日本における国葬については、宮間純一氏(中央大学教授)が『国葬の成立―明治国家と「功臣」の死』(勉誠出版、二〇一五)という書物でその来歴を紹介してくれている(今回の問題に関しても、宮間氏は各種マスコミで積極的に発言をされている)。宮間氏がまとめているように、近代日本における国葬は「国家に対し特別な功績のあった人物(つまり「功臣」)に、国家(天皇)から与えられる栄誉」としておこなわれるものであった。明治初期の大久保利通、中期の岩倉具視、三条実美の葬儀が国葬の原型となり、戦前には「国葬令(一九二六年制定)」が設けられ(戦後にこの法令は廃止)、戦前には二一回おこなわれ、戦後は今のところ吉田茂の一回のみである。
国葬はいうまでもなく、その対象者の業績を褒め称える(しかもそれを国民に半ば強制する)行事であり、それにより国民統合を図るものであった。簡単に言えばある人物に「国のお墨付き」を与えるわけであるが、このことを宗教学、宗教社会学で用いられている「公共宗教」という用語を用いて考えてみたい。「公共宗教」とは、端的にいえば「公的領域で機能して、何らかの社会統合や政治活動に関わっている宗教」を指すが(詳しくはホセ・カサノヴァ『近代世界の公共宗教』ちくま学芸文庫、二〇二一、参照)、大きく分けて「国教」「政治参加する宗教団体」「当該社会で尊重するべきとされる宗教的モラル(市民宗教とも言う)」という三つの次元で考えられている。国葬が問題になるのは、それを支える法的基盤が脆弱だということもさることながら、国葬対象者を称揚すること自体、この「公共宗教」を構築・強化してしまうからである。このことは、例えば靖国神社や伊勢神宮への「政治家の公式参拝」についても同様のことが言える。他の事例を挙げれば、ある文化財を「国宝」「重要文化財」と指定することなども、ある意味「国のお墨付き」を与えることによって、「守るべきもの(尊重するべき文化価値体系)」を作るのである。それほど「国のお墨付き」は、我々の日常生活を左右する重要なものなのである。公共宗教それ自体が「悪」というわけではないが、国家によるそれの構築には敏感であってしかるべきであろう。
(「時事評論」『中外日報』2022年9月30日号掲載)


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