信仰と愛国の間―イエスはナショナリズムの夢を見るか(書評 松谷基和『民族を超える教会―植民地朝鮮におけるキリスト教とナショナリズム』明石書店、2020年)
松谷基和『民族を超える教会―植民地朝鮮におけるキリスト教とナショナリズム』本体3800円、明石書店、2020年
川瀬 貴也
そこではもはや、ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。(「ガラテヤの信徒への手紙3:28」)
よく知られているように、現在の韓国はキリスト教人口が多く(カトリック・プロテスタントを合わせて人口の約30%)、キリスト教国の植民地になったことのない地域としては例外的な広がりを持っている(長老派とメソジストが二大教派)。その淵源を辿れば、朝鮮王朝末期及び日本の植民地支配の時代に行き着くのだが、ここで一つの大きな「物語」が語られる。すなわち、朝鮮におけるキリスト教は、抗日ナショナリズム(愛国・独立運動)や近代化(教育や医療)と結びつき、宣教師の下でその培養器となったという物語(通説)である。宗主国(日本)と宣教国(主にアメリカ)のズレがこの朝鮮半島におけるキリスト教に民族主義的な色彩を加え、信仰と愛国が合致するその伝統は今も生き続けている、という通説はこの半島の特異性を説明してくれるような気がするが、果たしてそれはどこまで実証されているものなのか。本書は一言でまとめると、上記のような朝鮮近代を貫く「語り」に対するアンチテーゼを、数々の当事者の証言や、アメリカに残る宣教団史料を博捜して提出したものである。
著者はまず、植民地期にも一貫していた西洋人宣教師たちの存在の大きさを指摘する。教会運営はもちろんのこと、医療、教育など全ての活動の中心は宣教師であり、朝鮮人信徒ではなかった、という冷徹な事実を突きつける。つまり宣教師と朝鮮人の間には極めて垂直的かつ非対称的な権力関係が存在していたのである。例えば長い間、朝鮮人の牧師は認められず、西洋人宣教師は、朝鮮教会に対する決定権を保持しながら、朝鮮教会に所属せず(本国の母教会の所属を維持)、朝鮮教会自身の決定には何ら拘束されないという「治外法権」的な地位を得ていた。これまで朝鮮では宣教団に頼らず現地人主体で教会を運営する「ネビウス方式」という宣教が奏功した、という「伝説」があったが、実際には朝鮮人信徒が自主性を発揮する機会は限られていたのである。また、朝鮮半島は「宣教地の分割」が行われていた。これは各宣教団が競合しないように、あらかじめ各教派で宣教領域を分割した一種の「紳士協定」だが、これは朝鮮人信徒に教派替えを強いることにもなり、朝鮮人の権利や意思は尊重されなかったのである。これは朝鮮人信徒が教派の壁を越えて交流したり全国的な教会組織を作ったりすることを不可能にした。
教育に関していえば、長老派はキリスト教に導くための教育、という考えを否定していた。あくまでキリスト教への「改宗」が先であり、教育は後、という方針だった。これは西洋的な近代教育機関を作ることでキリスト教信仰に導こうとした日本でのキリスト教宣教のあり方とは大きく異なっていた(現在も信徒の数に比して日本ではミッションスクールが多く存続している)。要するに長老派ミッションは自分たちを西洋近代文明に接近する窓口として提供する考えも、朝鮮人信徒に近代的教育を施して朝鮮の近代化のリーダーを育成する、という考えもなかったのである。長老派が教育に力を入れるのは、植民地朝鮮において日本の学校との競争にさらされるようになってからであった。一方メソジスト派ミッションは最初から朝鮮人に対して近代的教育を施すという方針を持ち、彼らの設立した「培材学堂」では官吏候補生も近代的教育を施された。しかしこれもソウルのごく限られた階層にのみ享受できた教育であり、朝鮮の開国から植民地化されるまでの約30年間、プロテスタントミッションは知的に優れた朝鮮民族の指導者を養成することには限られた実績しか残せなかったのである。
次に政治との関わりを見ると、宣教師は政治との関わりに一線を画すことを基本原則としており、信徒にも政治活動を抑えるように説いていた。近代的知識を身につけ、「独立協会」になどに関与していた朝鮮人クリスチャンは一般国民からは浮いた存在であり、宣教師からも快く思われていなかった。また、日韓保護条約以降の抗日武装闘争(義兵運動)にもキリスト教会は冷淡な態度を取り、霊的な救済を重視する傾向を示し、その結果熱狂的な集団改宗である「大復興運動」が起きたが、日本の侵略、日韓併合には沈黙したのである。
もちろん、朝鮮人信者が既存教会に対して批判的な声を上げるときもあった。その中で実は、日本人と連携して宣教師に抵抗するという動きもあったのである(この動きは後に日本の組合教会に合流するという帰結を招く)。本書は既存研究で等閑視されていたこのような動きにも注目している。民族意識の高い朝鮮人知識人も、反知性主義的で朝鮮人をまともに扱わない教会に対して批判を強めいていた。つまり「ナショナリズム」と「キリスト教」が手を携えていたというのはごく少数なのである。このことが明白に現れたのは「三・一独立運動」においてであった。この運動の中心にはクリスチャンがいたが、彼らの行動は多くの宣教師にとっては教会に害をなすものとされ、肯定はされなかったのであり、「ナショナリズム」と「信仰」が単純に結ばれた、ということはなかったのだとこの書は示唆する。
「キリスト教信仰とナショナリズム」の関係は、日本においても、例えば内村鑑三の「二つのJ(イエスと日本)」に現れているように、東アジア共通の問題であろう。韓国における両者の親密さ、という通説に見直しを迫る本書を、東アジア近代宗教史にご興味のある方にお勧めする。(京都府立大学文学部教授)
(『図書新聞』2020年8月15日、第3460号掲載)


少し大きめの画像を入れ込みましたが、これが表紙です。『
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今月に、




昨日、もと読売新聞記者の田村洋三さんの著書『沖縄の島守―内務官僚かく戦えり』(中央公論新社、2003年)を読みました。これは、戦争末期、沖縄で最後まで奮闘した島田叡(あきら)沖縄県知事と、荒井退造県警部長という二人の「文官」の足跡を、生き残った周りの人々の証言から再構成したもので、非常に感銘を受けました。ちなみに田村さんは、同じく沖縄戦で自決した海軍司令官大田實の伝記も書いています(『沖縄県民斯ク戦ヘリ』講談社)。なお、島田知事に関して一番有名な評論は、島田知事の第三高等学校の後輩であった英文学者で評論家だった中野好夫の「最後の沖縄県知事」でしょう(中野好夫集8『忘れえぬ日本人/人間の死に方』、筑摩書房、1985年)。僕も島田知事についてはこの評伝で知りました。
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